産声、帝国憲法、叫ぶ
流石に魔界で憲法の話ってできないよね?
という訳で小春の高校編。
スターッッッツ!!
☆
『産声、帝国憲法、叫ぶ。』
「はーい、席につけー!教科書出せー!目覚ませーッ!!」
朝のホームルームが終わるや否や、教室の後ろから風のごとく現れたのは、社会科担当・嵐山先生だった。スーツのボタンは常に一つ外れていて、髪の毛は寝ぐせかパーマか判別不能。そのハイテンションと共に、今日も何かが始まる予感がした。
「……また、元気ですね先生」
小春は筆箱を開きながら、目を細めた。周囲の生徒たちもすでに半ば諦めた顔で、席につき始めている。
「さあて今日はァ!満を持して登場ッッ!!その名もォ──!」
バァンッッ!!
先生は黒板を殴って粉チョークを舞わせながら、巨大な文字を書き殴る。
《大日本帝国憲法》
「────うわあ、なんか来た」
小春の呟きは誰にも届かず、先生の独演が始まった。
「お前らァ!憲法って聞いて何を思い浮かべる?人権?三権分立?パリピの自由?違うッ!」
「……最後のだけ違う」
「今から話すのは、現行の“日本国憲法”じゃない!これは……!明治天皇が!自らの御意思によって国民に与えたッッ!!」
バァァン!!
《欽定憲法》
と、また板書。
「“欽定”とはつまりッ!『オレが作ったルールを、お前らに与えてやるぞ』という意味だ!そう、この憲法は国民が勝ち取ったものじゃない!明治天皇が、国家の主人として、臣民に“下賜”したものなんだああああ!」
「テンションが王政復古なんですが……」
小春の突っ込みをよそに、先生の口からは怒涛の説明が続く。
「そして最大のポイントは……天皇大権!!」
《天皇大権=天皇のすごい権限集》
「軍隊の指揮、条約の締結、法律の公布、裁判官の任命、ぜーんぶ天皇陛下の“ご聖断”によって行われる!すごいぞ明治天皇!国家の全ボタンを一人で押せるモード!スーパーコンボ発動中だ!」
「なんか、天皇陛下がロボットの操縦者みたいな説明になってますけど……」
「つまり、立憲君主制って言ってるけど、実態は天皇が超パワーを持ってた!ということだ!」
《立憲君主制(ただし大権は天皇)》
「で、ここからは統治機構の話だ!」
パッと黒板に模式図を描く。お世辞にも上手いとは言えないラクガキのような絵に、生徒たちは笑いをこらえていた。
「議会には貴族院と衆議院がある!貴族院は華族とか皇族とか、つまり“えらい血筋の人”がメンバー。対して衆議院は選挙で選ばれる!」
「……ってことは、国民が直接関われるのは衆議院だけってことですよね」
「そうッ!でもな、法案を通すには両院の賛成が必要だったから、実質的に“貴族が通さなきゃ意味ない”状態だったんだ!」
《衆議院→選挙 / 貴族院→貴族様ご一行》
「“民主主義のコスプレ”って感じですかね……」
「いいツッコミだ小春!正直、当時の制度は“君主制+議会制度もどき”くらいに思っておいて構わん!」
「言い方!」
「さあて次!臣民の権利と義務、いってみよー!!」
黒板に書かれたのは:
《臣民の権利と義務》 ・法律の範囲内で言論の自由 ・法律の範囲内で信教の自由 ・納税・兵役の義務
「見ての通り!“法律の範囲内で”っていう制限がある!つまり、法律で制限されれば自由なんて消し飛ぶってこと!」
「え、じゃあ自由って言えないんじゃ……」
「その通り!だからこそ現代の“人権”とは全く別モノだったんだ!権利はあくまで“許された範囲”の話!それが臣民!」
「国民じゃなくて“臣民”なんですよね」
「YES!天皇の臣下だから臣民!国家の構成員というより、君主の家族的な存在として扱われてたのだァ!」
先生は黒板に“主従関係”と大きく書き、ハートマークまで添えた。
「なんでハート……」
「さあ!最後に……この制度が実際に“揺らいだ”事件を紹介しようッ!」
《大津事件(1891)》
「これはロシアの皇太子が日本を訪れたとき、警察官が斬りつけたっていう事件だ!これ、明治政府は大パニック!“まずい、外交問題だ!その警察官、死刑にしろ!”って政治家たちが騒いだ!」
「……あれ?まだ裁判もしてないのに?」
「そう!でも当時の大審院のトップ・児島惟謙っていう裁判官がこう言った!『裁判は法に基づいて行う。政治が口出すな!』」
「か、かっこいい……!」
「なあ小春……このときの判決が“皇太子は外国の人間だから、日本の法律で“皇族”としては扱えない”って内容だったんだ」
「つまり、死刑にはできない、と?」
「YES!そしてこの一件が、日本の裁判が“法に基づいて独立して行われる”ことを世界に示すきっかけになった!まさに司法の独立の萌芽だァ!」
「これだけは、立憲主義っぽいですね……」
「そう!そこが面白いところなんだ!」
先生はチョークを置き、ひときわ神妙な顔になった。
「……大日本帝国憲法は、権力が集中した制度だった。でもな、その中でも法を守ろうとした人たちがいた。“法律”と“憲法”の意味を真剣に考えた人たちが、いたんだよ」
小春は、先生の熱っぽい目を見ながら、そっと手帳を閉じた。
「──先生、たまにはいい授業しますね」
「たまにはって言うなァァァ!!」
教室に笑い声が響く中、チャイムが鳴った。
今日の社会は、少しだけ熱かった。