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オーエンが笑いながら言った。
「明日はエマがキディ・フォードとして教会を訪問してくれ。ダメ押しだ。おそらくスミス牧師は話を合わせてくれる。念のためリアも陰からついてくれ」
「了解です。何か差し入れを持っていきましょう」
「そうだな。アノヤロウの口に入ると思うと癪だが、金も少しだけ渡してやれ、さっさと消えてもらおう」
三人はそれぞれの部屋に引き取った。
そして翌日、起きようとするキディを宥めながら、オーエンが事の顛末を話す。
「ニックが来たですって? どうしましょう……」
「大丈夫だよ。今エマがキディとして教会に行っている。スミス牧師も詳細はわかっていないなりに、キディさんのことを話すつもりは無いようだから」
「怖いわ……もしバレたら……」
「この村の者はそれほどヤワじゃないさ。絶対に守れるからここに連れてきたんだからさ。心配しなくて大丈夫だよ。でもアノヤロウが完全に出て行くまでは部屋から出ないでくれ」
「うん、わかった。ホープスは? ホープスが見つかったら大変よ」
「大丈夫だよ。ホープスも外には出さないし、もし出るとしても私が必ず同行する。それにアノヤロウは成長したホープスがわからないんじゃないか? 陽にも焼けているし背も伸びたしね」
「もともとあまり関心は示さなかったし、あの子は私の祖父に似ているから……でも念のために絶対に外には出さないでね」
「ああ、わかったから。安心してもう少し眠りなさいよ」
キディを無理やりベッドに戻してオーエンが部屋を出る。
オーエンがリリアンヌの部屋に向かおうとしていたら、エマとリアが戻ってきた。
「おう、お疲れさん。首尾は?」
「あのクズは金を渡してやったらさっさと出て行きましたよ」
エマが吐き捨てるように言うと、リアが続ける。
「村を出たら排除します。生かしておく価値もない。でも楽には逝かせませんよ? 鉱山に売ろうかな~」
「ああ、良いわね。小金にでもなればお義母様のベッドカバーを新調できるし」
「でしょう? ついでに何かおいしいものでも買ってくるよ。絶対に逃亡不可能なところに売るから、もう二度と顔を見なくてすむわ」
二人がうんうんと納得している。
オーエンは口を挟まなかった。
「スミス牧師はどうだった?」
「兄さんの予想通りよ。否定も肯定もしなかったわ」
「奴は何者だろうな……」
「そうね。あのクズを叩き売った帰りにでも、ちょっと探ってみるわ」
オーエンより先にエマが答える。
「じゃあ一週間の出張ね? あとは任せといて! お土産期待してるから」
リアはニヤッと笑って親指を立てて見せた。
あれほどキャンディを傷つけ悩ませたニック・レガート侯爵令息が、人生の表舞台から姿を消して半年、王都で仕事をしていたオーエンが眩暈を起こすほどのニュースが飛び込んできた。
「おいオーエン、大丈夫か?」
オーエンとバディを組んで仕事に当たっていたフォード村の男が聞いた。
オーエンは黙って読んだばかりの手紙を渡す。
「マジかよ……拙いじゃん」
その手紙には帝国唯一の王位継承者であった第三王子崩御という文字が踊っていた。
帝国に潜伏している仲間からの知らせだから、信憑性は高い。
おそらく帝国側は後継者を連れてくるまで、このニュースは隠ぺいするだろう。
「拙いな。すぐに戻らないと。代わりの奴を寄こすまで一人で頑張ってくれ」
返事も聞かず飛び出したオーエンが向かった先はドーマ子爵邸だった。
「どうした? オーエン。かなり慌てているが」
出迎えたのはこの屋敷の執事であるレッドフォードだ。
「父さん、帝国の第三王子が死んだ。キャンディとホープスが危ない」
「なるほど、遂にこの日が来たか。お前はすぐに戻れ。俺も後を追う。まずは王弟殿下に報告しなくてはな……どう判断されるか……」
今この国は深刻な資源不足に悩まされている。
隣国の皇太子と第二王子の覇権争いが激化し、思うように輸入ができない状態な上に、命綱ともいえる鉱山で大規模な落盤が発生したのだ。
「帝国に恩を売るなら絶好の機会だ。王弟殿下のお立場としては難しい判断になるだろう」
「キャンディとホープスを売るということか?」
「売ると言ってしまえばそうなるが、取引材料として囲い込みたいという思いは抱いたとしても仕方あるまい? まあ、我らは雇われの身。雇用主の意向に逆らうことはできないさ」
「しかし父さん、キャンディたちを守るのも契約だ」
「ああ、その通りだ。でも考えてみろ。その件も依頼主は王弟殿下だぞ?」
「あっ……」
レッドフォードがオーエンの肩を叩いた。
「安心しなさい。俺たちにはもう一人切り札があるじゃないか。そうだろう?」
「でもそれは……」
「全てを守ることは不可能だ。優先順位を守れ。領地民を守れるのはお前しかいないんだ」
オーエンは俯いたまま小さく頷いた。
「すぐに行け、俺も明日には着く」
オーエンは無言のまま走り去った。
レッドフォードは屋敷に戻り、ロミット夫人に報告した。
「そういうことならお前もすぐに向かいなさい。むざむざ帝国に連れ去られるようなことの無いように。まあ百歩譲れば帝国ならまだ良いが、絶対にレガート侯爵や隣国には渡してはならない。良いな?」
「はい、必ずお守りいたします」
ドーマ子爵邸からレッドフォードの姿が消えると同時に、王宮への密書を携えた騎士が馬を駆った。
ロミット夫人はマーガレットを呼んだ。
「ねえマーガレット、キディ先生にはお手紙を出しているの?」
「はい、お母様。先月頂いたお手紙にお返事を差し上げたのが先週のことですわ」
「そう、先生はお元気そうなの?」
「新しく作りになった学校がとても楽しいと書いてありました。でも教材が足りず情緒教育が進まないとボヤいておられました」
「まあ、先生でもそんなことがあるのね。新しい先生のことは相談してみましたか?」
「はい、この度のお手紙に書いてみました。お返事が楽しみです」
「そうね、早く届くと良いわね。ありがとう、もういいわよ」
「はい、お母様。失礼いたします」
マーガレットは優雅に頭を下げて母親の部屋を出た。




