39
その頃教会では、スミス牧師と浮浪者となったニック・レガートがテーブルを挟んで座っていた。
ニックの目の前に置かれているのは、蒸したジャガイモと林檎、そして少し固くなったライ麦パンだ。
紅茶は無く、お湯に薬草を浮かべたものが出された。
「申し訳ないですが、これが今ご用意できる全てです」
食事を提供した側が恐縮しているのに、ニックはそれを指先で突いている。
「せめて温かいシチューとかないのですか? 出し惜しみしてません?」
「出し惜しみなどしていませんよ。これが私の普段の食事です」
ニックはジャガイモにフォークを突き刺した。
少量のバターが載ったそのジャガイモは、程よい塩かげんでまだ湯気を立てている。
「おっ……旨い。牧師様、この芋はおいしいです」
「それは良かった。どうぞ遠慮なくお召し上がりください」
スミスはニコニコ笑っている。
それを天井裏から見ていたオーエンは、ニックを絞め殺したい衝動に耐えていた。
「アノヤロウ……シネバイイノニ」
呪いの呪文のような言葉を何度も呟きながら、聞き耳を立てるオーエン。
「ところで旅の方、お名前を伺っても?」
「ああ、ニック……じゃなかった。えっと、ホープスです」
天井裏からチッという舌打ちの音がしたが座る二人は気付かない。
「ホープスさんですか。旅の目的地はどこですか?」
面倒くさそうにニックが答える。
「ここですよ。私は父親の命令で子供連れの女性を探しているのです。連れ帰らないと私の大切な人が死んでしまう。だから必死なんですよ」
「大切な女性? それは大変ですね。お目当ての方は見つかりましたか?」
「いいえ、大金を払って買った情報だったのにガセネタのようです。また騙されてしまいましたよ。お陰で無一文です。王都に戻ろうにも馬車代もありません」
「それはお気の毒です。早く見つかると良いですね」
「そうだ牧師様、この村に近くで一年前くらいに来た子連れの女性を知りませんか?」
「子連れの女性ですか? その頃だと領主ご一家が戻られた頃ですね」
「ああ、それは確認しましたよ。あの女は違います。子供の姿も見えませんでした」
「…………そうですか。他には心当たりもありませんね」
ニックは大きな溜息を吐いて薬草茶を飲み干してから、顔を顰めた。
「苦いお茶ですねぇ。紅茶は無いのですか?」
「ははは! 紅茶は今は無いですね。苦いなら白湯にされますか?」
「いいえ、もう結構です。ベッドに案内してください」
「ベッドですか……困りましたね。では私のベッドをお使いください。ご案内しましょう」
スミスが立ち上がると、のろのろとニックも腰を上げた。
オーエンは殺していた息を吐き、緊張を解いた。
スミスが戻ってきて、祭壇前の椅子に毛布を敷いた。
どこまでお人よしなのだろうとオーエンは思いながら、領主邸に戻った。
エマとリアはリビングで待機していた。
風邪を貰ってはいけないので、エスポはリリアンヌの部屋で寝ている。
「お帰りなさい。無駄足だったでしょう?」
「いや、そうでもないぞ。牧師様はエマの言う通りかもしれない。俺に気付いていたよ」
「兄さんの潜入に気付いた? とんでもないじゃん」
エマが驚く。
リアがすかさず言った。
「スミス牧師が凄いのか、ボスの腕が落ちたのか?」
「落ちてない!」
オーエンがリアを睨む。
「だってボス、色ボケして腑抜けの顔になってますよ?」
「色ボケって……もしそうだとしても、ちゃんと契約は履行するし、公私混同はしないよ。その点は信頼してくれ」
「それはわかってますけどね? 勝てない戦はしない人だと思ってましたけど?」
はぁぁぁっと大きなため息を突くオーエン。
「もう勘弁してくれよ。話を戻すぞ。奴はニック・レガートに間違いないが、スミス牧師には偽名を使おうとしていた。よりにもよってホープスと名乗りやがった時には、殺意を抑えるのに必死だったよ」
「真正のカスですね」
エマが憤っている。
「オマケにさあ、スミス牧師は自分の飯を提供したのに文句つけてたし、ベッドに案内しろなんてほざきやがって!」
「あそこってベッドなんてないでしょう?」
「ああ、だからスミス牧師が自分のベッドを譲っていたよ。激動の一日だったのに、教会の硬い木の椅子で眠るなんてなぁ。どれだけ人が良いんだ」
「お人よし過ぎて気持ち悪いですね」
エマが辛辣に言い放つ。
「まあ、俺達では到達できない域に達しておられるのだろう。俺なら真冬でも叩きだす」
「私なら殺してますね」
「ああ、私もそうね」
エマとリアは短気らしい。




