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ストックができましたので本日より1日3話更新いたします
志波 連
「おはようございます!」
一番乗りは保護者代表であるケインとルーラの息子だった。
「良く来ましたね。他の子供たちも連れてきてくれたのですか?」
スミス牧師がにこやかに出迎える。
「おはようございます、牧師様。集まっていた子供は全員一緒に来ました。まだ来ていない子供もいたので、弟が後から連れてきます」
「それはご苦労ですね。さあ、おはいりなさい。今日からここが君たちの学びの場所です」
子供たちがわらわらと入ってくる。
幼い子供はすぐにリリアンヌの元に行き、慣れた様子で甘え始めた。
年長の子らは、興味津々で机の周りに集まっている。
珍しいのだろう、黒板にチョークで絵を描き始める子供もいた。
キディはその光景に興奮を隠せない。
それからも子供たちが入ってくると、エマは忙しく名簿を睨んで出席者を確認した。
予定していた全員が、遅れずに集まっている。
キディは子供たちを座らせてから口を開いた。
「みなさん、おはようございます。私はキディ・ホワイト・フォードと申します」
子供たちが一斉に立ち上がり、ぺこりとお辞儀をした。
「今日から一緒に学びましょうね。無理をする必要はありません。遠慮もいりません。来れる時だけ来ればいいのです。でも学ぶということの大切さだけは忘れないでください」
自分で言いながら感動で言葉が詰まるキディ。
スミス牧師が助け舟を出した。
「君たちの多くは日曜学校にも来てくれていましたね。学ぶことはとても大切なことです。勇気があれば困難に立ち向かうことができます。知恵があれば困難を切り抜けることができるのです。さあ、今日から心を新たに、一緒に学ぶことを楽しみましょう」
子供たちを見ると、その目は希望に輝き、好奇心で満ち溢れている。
キディは自分ができることなら何でもしようと思った。
スミス牧師が日曜学校での様子を元に、簡単なランク分けをして子供たちを座らせた。
文字が読める子も数人いたので、そちらは牧師に任せて計算を教えることになり、まだ読み書きのできない子供たちには、キディが絵本の読み聞かせを担当した。
「文字が読めなくても、私の声に合わせて指でなぞっていってね。きっとどの文字がどんな音を示すのか少しずつでもわかるから」
キディは同じ話を何度も何度も読んだ。
それはとても短いストーリーだが、子供たちの好奇心を刺激するには十分なようで、中にはところどころ、諳んじてキディと一緒に声を出す子もいた。
「では、その文字がどんな音だったかを話し合ってみてちょうだいね。その間に私は皆さんのランチを準備してきます。食べ終わったら発表してもらうから頑張ってね」
子供たちはランチという言葉に歓声を上げた後、絵本を囲んで話し合いを始めた。
「素直な子供たちですね」
「ええ、本当にね。お昼ご飯を抜かないようにしてあげられるだけでも嬉しいわ」
「子供たちの食欲ってきっと凄いのでしょうね」
エマとリアが笑いながらパンケーキを焼き始める。
キディは久しぶりに生きているのだという感覚を抱きしめた。
二人がかりでパンケーキを焼き続け、新鮮な野菜やハム、カリカリに焼いたベーコンなどを大皿に盛り付ける。
子供たちは行儀よく並び、小さい子供たちを優先して選ばせていた。
「凄いわね。我先にという子供がいないなんて」
「村全体がひとつの家族のようなものですからね」
「随分大きな家族ねぇ、そして家長がオーエンということ?」
エマが肩を竦めた。
「対外的にはそうですが、実質的にはリリアンヌ様ですよ。彼女がフォード男爵家の総領娘ですからね」
「あら! エマのお父様ではなく? リリアンヌ様が?」
「ええ、父は婿入りしたのです。まあ、不義理をして出て行ったわけですが。でもリリアンヌ様は母と私を責めることはありませんでした。むしろ良かったって仰って、実の娘のように可愛がってくださったのです」
「それは寛大なことね。夫を奪われて腹が立たなかったのかしら……あっ、ごめんね。本当に無神経なことを……ごめん! エマ」
「いいえ、私も同じことを考えましたから」
「そう……でも本当にごめん。二度と口にしないと誓うわ」
エマが顔の前でひらひらと手を振り笑っている。
それでも申し訳なくて、俯いてしまうキディだった。
「とてもおいしいパンケーキですね。子供たちも大喜びですよ」
そう言いながら近づいてきたスミス牧師の手には、きれいに盛り付けられているパンケーキの皿があった。
「ご一緒していただけませんか?」
食べそびれることを心配したのだろう、二人の分を運んできたスミス牧師。
キディはその気遣いに感動した。
「ありがとうございます。ではご一緒させてください」
スミスは頷くと、キディとエマを窓辺のテーブルに誘った。
「これはお二人の分です。私は子供たちと競うようにして食べてしまいました。本当においしいですね。それに栄養も満点ですよ」
そう言うと、今度はお茶のカップを運んでくる。
至れり尽くせりだ。
三人はテーブルを囲み、はしゃぐ子供たちを見ながら話をした。
「この村の皆さんはとても熱心な信者が多く、教会への寄付も惜しみなくして下さいます。しかしほとんどの場合、それらは現物です。私一人では食べきれるものではありません」
エマが口を開いた。
「ほとんどの村人は自給自足のような暮らしです。必要なものがあっても物々交換が関の山というところです。しかしなぜか不自由なく暮らせているのです」
スミス牧師が頷く。
「立場的に神の思し召しだと言いたいところですが、それはきっとご領主親子の努力でしょうね。数年前に大雨で教会が崩れかけたときも、どこからか村人たちが集まってきて直してくれました。普段は姿を見ることがない男性陣の手際の良さには驚きましたよ」
エマが頷いてキディを見た。
「私はまだお会いしたことがないのです。残念ですが」
「きっと感動なさいますよ」
スミスはそう言うと立ち上がり、子供たちの輪の中に入って行った。




