31
スミスを送ったオーエンが戻り、届いていた手紙を読み始める。
何通か読み終わった後、エマを呼んでリアを連れてくるように指示を出し、キディは四人分の紅茶を用意した。
「王都からの連絡だ。レガート侯爵がニックを領地に連れて行った。どう動くかはまだわからないが、今のところここが気付かれているということは無さそうだ。それと、ソニア元王子妃が死んだ。自死だと片づけられたらしいが、間違いなく殺されたのだろうね。第二王子の指示通りに動いていたのだとしたら、殺される理由は無いのだが。もしかしたら偽装?」
キディが息を吞んだ。
「侯爵ってお義父様? レガート侯爵が殺人を?」
「直接手を下したわけでは無いだろうけれどね。全裸で川に浮かんでいたそうだから、少しでも金目のものを回収したかったのかもしれない。それを買ったのは侯爵家の金だと言わんばかりだろう? 逆に言うとあからさま過ぎる」
「ニックはどうなるのかしら」
「心配なの?」
「心配? そうね、心配ね。どんな人間でも殺されるというのは気持ちのいいものではないわよ」
「キディは優しいねぇ。僕だったらこの手で首を切り落としてやりたいと思うかもしれないけど。まあ、絶対にしないけどね」
エマが口を開く。
「兄さまにはできないでしょうね。それより制服の件だけど、彼女の意図は何かしら」
オーエンが顎に手を遣った。
「もしかしたら何か感づいたのかもしれない。彼女はつい最近まで現役を張っていたし、その辺りの勘は鋭いさ。でも悪い話じゃないだろう? 制服を着ていれば一目で見分けをつけにくいし、領主夫人がまさか制服を着ているなんておもわない」
「では私は制服ではなくワンピースを着て囮になった方が良さそうね」
「それは部外者が紛れ込んだという情報を掴んでからだな。普段は一緒に制服を着た方が悪目立ちしないと思う」
「村人達には協力を仰ぐの?」
「少し考えてみるよ」
翌日の朝、オーエンは慌ただしく出掛ける支度をしながらキディに言った。
「王都でちょっと問題発生みたいだ。僕はこの地の責任者として行かなくてはいけない。こんな大切な時に不在にするのは申し訳ないが、これも領主の仕事なんだ」
「もちろんそれを優先するべきよ。私たちは大丈夫よ。エマもリアもいるし、学校のことはスミス牧師も相談に乗って下さるわ」
「うん、行ってくるね。明日は開校式だ。ちゃんと挨拶ができるかな? キディ」
「ほんの短めに済ませるわ。気を付けていってらっしゃい。早く帰ってきてね」
オーエンは大きく頷いて馬上の人となった。
走り去る馬が巻き起こす砂ぼこりを見ながら、キディは少しだけ不安な気持ちになる。
教材にする予定の絵本と聖書はすでに届いているし、大きな黒板と文字型に切り抜いた積木もたくさん準備した。
昼食は全員が楽しめるようにパンケーキの準備が整っている。
(何を不安に思う必要があるの?)
キディは自分に問いかけたが、答えは帰ってくるはずもない。
心を落ち着かせるために、王宮図書館から借りっぱなしになっている本を広げた。
「奥様、スミス牧師がお見えです」
エマの声に顔をあげると、スミス牧師が穏やかな笑顔で入ってきた。
「まあ! スミス牧師様。ようこそお出で下さいました」
「開校前日のお忙しい時に申し訳ございません。なんと言うか心がはやってしまいいてもたっても居られず、お邪魔してしまいました」
「ありがとうございます。私もなんだか落ち着かなくて、本を読もうと広げたところでしたの。よろしければお茶をお付き合いくださいますか?」
「喜んで」
スミス牧師がキディの前に座る。
テーブルに置かれた本を何気なくみた牧師が驚きの声をあげた。
「この本は? 夫人が読んでおられたのはこの本ですか?」
「ええ、ずっと以前に家庭教師のまねごとをしていた時、質問されたことに即答できず、王宮図書館で探し出した本ですわ。その借りた日にいろいろとあって、この本の存在さえ忘れていたのですが、私の大切な友人が保管していてくれたのです。最近になって手元に戻ってきたので、久々に読んでみようかと思ったところですの」
「そうですか。この本はかなりマニアックな内容ですし、その存在さえあまり世間では知られていませんよね? よく見つけられたことだ」
「ええ、この本を推薦してくださった司書の方がとても有能だったのです。私一人では見つけることはできなかったでしょう」
「その司書というのは女性ですか?」
「ええ、私より……10歳くらいは上ではないかしら? でもとてもおきれいで、仕草も洗練された素敵な女性でした。確かお名前が……」
「ローレン。その人の名はローレン・ノーランではありませんでしたか?」
「ローレン? どうだったかしら……ごめんなさい。良く覚えていなくて。お顔ははっきりと覚えているのですが」
「そうですか。瞳は何色でしたか?」
「青でした」
「ええ、私と同じ青ですよね? 髪は?」
「確かブルネット? そうだわ。赤みが強いブルネットでした。眼鏡をかけていらしてとても知的な面立ちの……スミス牧師?」
「ええ、その司書は恐らく私の姉です。幼かった頃に離れて暮らすことになりましたが、手紙のやり取りは今でもしています。彼女は王立図書館の司書という仕事を手に入れて、毎日本に囲まれてとても幸せだと言っていました」
「まあ! なんという偶然でしょう」
「本当に。神の思し召しかもしれませんね」
そう言うとスミス牧師は椅子から降りて跪き、胸に下がった神職者だけが持つペンダントを握りしめ、神に感謝の祈りを捧げた。
 




