27
※ ここからは混乱を避けるためにキャンディをキディ、ホープスをエスポとします。
オーエンの屋敷に到着して三か月、キディは未だに落ち着かない日々を過ごしていた。
以前も使っていた名前なので、自分がキディと呼ばれるのに抵抗は無いが、ホープスがエスポと呼ばれることにすぐ慣れたのには驚いた。
子供は子供なりに何かしらの事情を察しているのだろうか、もともと父親にはあまり懐いていなかったが、あの日から一度もニックのことを口にしない。
「そんなに緊張していると疲れて倒れてしまうよ? もう大丈夫だから安心しなよ」
オーエンがそう言いながらキディの肩に手を置いた。
「ええ、わかってはいるのだけれど、なんだか落ち着かなくて」
「ほら、エスポを見てごらん。もう馴染んでるだろ? この村の子供にしか見えない」
オーエンの母が昼間預かっている村の子供たちと一緒に、庭を駆け回っているエスポの姿に目を遣ってキディは薄い微笑みを浮かべた。
「ねえオーエン、私にも何か仕事をさせてくれない?」
「仕事かぁ、だったらあの子供たちに文字を教えてやってよ。この村には学校が無いから、今は教会の牧師さんが簡単な文字と計算を教える日曜教室をやってくれているけど、彼も忙しくてね。きっとキディが引き受けたら喜ぶはずさ」
「いいの? それなら私にもできそうだわ」
「じゃあ決まりだね。早速教会に行ってみる?」
キディは頷いて、オーエンが差し出した手をとった。
庭に出るとエスポが駆け寄ってくる。
「母上、おでかけでしゅか?」
「ええ、オーエンと教会に行ってくるわ。エスポはリアの言うことをよく聞いていい子で待っていてね」
「は~い」
駆け戻ったエスポを受け止めながら、乳母のリアが真剣な顔で頷いて見せる。
オーエンはそれに頷き返しながら、キディと一緒に馬車に乗った。
「教会の牧師さまってどんな方なの?」
「まだ若いよ。と言っても僕より少し年上じゃないかな? 彼は帝国の出身なんだけど、なにか事情があるのだろう、あまり自分のことは話したがらないんだ。でもとても熱心な人だから信頼しても大丈夫だよ」
オーエンがそう言うなら大丈夫だろう。
キディは漠然とそう思った。
いつの間にこれほどオーエンを信頼してしまったのかと不思議な気持ちだ。
なぜかオーエンのことは無条件に信じられる。
「ついたよ、ほらあの人が牧師さんだ」
馬車から降り立ったオーエンが顔を向けた先を見るキディ。
想像していたより若い男性が、穏やかな笑みでこちらに会釈していた。
「スミスさん、お久しぶりですね」
「ええ、領主様。本当にお久しぶりですね。お元気そうでなによりです」
「ありがとう。えっと、彼女は僕の妻でキディといいます。王都で一緒に暮らしていたのですが、子供も大きくなってきたので、そろそろこちらで暮らそうと思って連れてきました」
「そうですか。初めまして、私はスミス・ノーランと申します。こちらの教会に派遣されてもう5年になりますでしょうか。領主様にも領民の方々にも良くしていただいています」
「初めまして神父様。キディ・フォードと申します。よろしくお願いしますわ」
そう言いながらキディはスミス牧師の指輪に額をつけた。
「久しぶりに正式なご挨拶をいただきました。ありがとうございますフォード夫人」
にこやかな微笑みを湛えたまま、スミス牧師は頷いた。
「彼女は隣国の出身でね、結婚する前はある貴族の家庭教師をしていたのですよ」
「それは素晴らしいことですね」
スミス牧師はフォード夫妻を教会に案内した。
何の葉を煎じたのだろうか、出されたお茶は濃い色とは裏腹にすっきりとした飲み口だ。
「今日はどのようなご用件でしょうか?」
オーエンが一度キディの顔を見てから口を開いた。
「実は妻が何かお手伝いができないかと申しましてね。私としては彼女の前職を活かして、子供たちに文字を教えてはどうかと思ったのです。だからスミスさんの日曜学校の手伝い何てどうかなと思い、ご相談に来ました」
スミス牧師が驚いたような顔をした。
「奥様が? それは本当に助かります。私も子供たちともっと一緒に学びたいのですが、なんせこの教会には私しかおりません。何かと雑用もあり、日曜のミサの後しか時間が取れず、心苦しく思っていたのです」
キディが口を開く。
「私は以前8歳の女の子の話し相手のようなお仕事をしていました。彼女は読み書きが得意では無かったのですが、とても熱心に学ぶ良い子でした。この経験を活かせたら嬉しいと思っています」
「そうですか。貴族令嬢の家庭教師をなさっていたのですよね? 村の子供たちは家の仕事を手伝ったりしますので、毎日必ず学べるわけではありません。中にはとてもやんちゃな子もいて、なかなかミサにも来なかったりします。しかし、子供たちは皆元気で明るいです。根気が必要かもしれませんが、やり甲斐はあると思いますよ?」
「ではおお手伝いをさせていただけるのですか?」
「もちろんです。むしろこちらからお願いしたいほどです」
「ありがとうございます」
キディは立ち上がってカーテシーで礼を言った。




