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裏切りの代償  作者: 志波 連
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 Side ソニア・マクレン元王子妃 その2


 その時私に渡されたのは、使い古したようなバスローブだけ。

 下着も靴下も無い上に、靴ではなくボロ布で作られたスリッパよ?

 文句を言ったらおばさんにも殴られたわ。

 信じられない! 親にも殴られたことが無いのに!

 それなのにあの男ときたら、それを止めようともしないんだもの! 酷くない?


「少しはマシになったじゃないか。これならなんとか勃つかな……おい、お前は今からありとあらゆる技術を体で覚えるんだ。期間は1か月だそうだ。その間に習得できなかったらお前は死ぬんだとさ」


 男は物凄く色っぽい顔でそう言ったわ。

 その日から私は、男を喜ばせるありとあらゆる技を体で覚えさせられたの。

 週に一度、試験と称して知らない男に完成度を確認されたわ。

 合格点がもらえるまで、入れ替わり立ち替わり試験官が現れるのよ。

 研修期間が終わる頃には、全技術で合格点をとることができた私って才能あり?

 学生時代を含めても、満点を取るなんて初めてだから少し嬉しかったわね。


「卒業だ。お前はなかなか筋が良いよ。この世界に生まれていたら本当のお姫様より良い思いが出来ていたのに残念だったな。まあせいぜい足搔いて生きていきなよ」


 ずっと私に『ご主人様』と呼ばせていたその男が、ニヤニヤと笑いながら送り出したわ。

 迎えに来たのは、どこかの執事のようないで立ちのなかなかイケメンな中年男。

 私は王宮を出たときと同じ騎士と、怖い顔のメイドに挟まれて向かいに座った中年男から『任務』の説明を受けたの。


「そのニック・レガート侯爵令息という妻子持ちを誘惑して、私の虜にすればいいのね?」


 ニック・レガート? どこかで聞いたわね……


「ああ、でもそれだけじゃない。できるだけ貢がせて侯爵家を破産に追い込め。貢がせたものはお前にくれてやる。いいか? ずっと見張っていることを忘れるなよ」


 中年男は物凄い迫力でそう言い、自分の首の前で親指を立てて横にシュッと動かしたわ。

 死にたくない!

 研修期間中、毎日必ずやらされていたスクワットという運動を、これからもずっと続けようと決心したのよ。

 数日間の旅を終え、馬車を降りたら生まれ育った国だったのは驚いたわ。

 まあ外国語は苦手だったから助かったけど。


「家に帰っても良いの?」


「良いわけないだろ。相変わらずバカな女だ」


 言葉で虐げられることに、私はいつの間に慣れたのだろう。

 バカと言われても、もうそれほど腹は立たないわね。


「宿は取ってある。お前は俺と同室だ。まあ偶には慰めてくれや」


 下卑た笑みを浮かべる護衛騎士は、吐き気がするほど嫌いだけど、生きるためなら少しくらい相手をしてやろうって思ったわ。


 ホテルについて、やっと旅の垢を洗い流したの。

 このメイド、何も喋らないしとっても顔が怖いけど腕は良いみたい。

 用意されていたドレスを纏い、中年男に指示された店にすぐに向かったわ。

 あら、聞いたことがあると思えばこの男だったの?

 これならチョロいわ!


「まあ! ニックじゃないの! 久しぶりに帰ったその日に偶然会うなんて……神の差配としか思えないわ。とても会いたかったのニック。あなたのことだけをずっと思っていたわ。だって、こんなに愛しているのだもの」


 なるほど聞いたことがある名前のはずだ。

 学生時代、私に一番貢いでくれていたニック・レガート!

 この任務は成功したも同然ね……

 そして私の命が懸かったミッションが始まったのよ。

 

「ソニア? ソニアなのかい? どうして君がここに?」


「あなたに会いたくて里帰りをさせて欲しいって言ったの。どうしてもあなたを忘れることができなかったのよ」


 ああ、バカな男。

 何を感動したような顔をしているのかしら。

 本当は名前を聞いても思い出せなかったくらいなのに。

 私の命が懸かってなかったら、あなたより会いたい男はたくさんいるわって思ったけれど、研修期間に磨き上げられた『妖艶に見える微笑み』を湛えてニックの腕にすがったわ。

 それからというもの、徐々に会う頻度をあげながらずっと誘惑をしているのに、なぜかこの男は一線を越えようとはしないのよ。

 バカなのかしら……


「いや、僕は泊まれないよ。妻が……待っているんだ。このところ君を優先しているからプレゼントもロクに贈っちゃいないんだ」


「私を愛していないの? 私はこんなにあなたを……」


「違う! ソニアを愛している! もうキャンディに心は無いよ。彼女はとても良い妻だけど、僕が愛しているのは君だよソニア。でも僕は父には絶対に逆らえないんだ」


「ニック……」


 帰ろうとするニックの腕にしなだれかかって涙を流すと、次に会うときには必ず高価なプレゼントを持ってくるの。

 相変わらずチョロい男だわね。

 儲かるからこの状態を当分続けて、お金にするのも良いかも? と考えていたのに、あの恐ろしい元夫にはお見通しだったみたい。

 1年ぶりにあの執事風の男が現れて私に言ったわ。


「これ以上時間を引き延ばすならお前は終わりだ。別にお前じゃなくてもあの男を引き離すなんて簡単なことだからな。第二王子の情を無駄にするとは、本当にバカなんだな」


「違うわ! ニックが意外と粘っているだけよ。もうすぐだからちょっと待ってよ」


「もう待てない。こちらの指示通りに動いてもらう」


「そんな!」


 耳の奥にジンとした痛みが走る……久しぶりに殴られたわ。


「こんな顔じゃ会いに行けないじゃないの!」


「丁度いい。なんならもう二三発喰らわせてやろうか? お前は今から手紙を書け。夫に呼び戻されたから帰らなくてはいけないという内容だ。せいぜい未練たらたらな文章にするんだな」


「そんなことをしたら今までの苦労が……」


 また殴られた。


「お前は本当に体だけの女だな。駆け引きってものを知らないのか?」


 もう殴られたくなかったから、私は男の言うとおりの手紙を書いたわ。

 その手紙を出してからひと月くらいかしら? 安いホテルに移されたのよ。

 少しも部屋から出してもらえなかったけれど、護衛騎士だという男が意外と床上手だったから飽きることは無かったわね。

 せっかく身につけた技も磨くことができたし、充実した日々だったわ。

 ひと月くらいかしら? 久しぶりにメイドと執事風の男が戻ってきて私に言ったのよ。


「今日から戻るぞ。いいか? お前はニックに会いたくて夫の元から逃げてきた。夫は今でもニックのことを愛している自分を罵って暴力を振るう。もう自分にはニックしかいない。ここまでは覚えたか?」


「ええ、大丈夫よ」


 そのセリフを何回か練習をさせられてから、別のホテルに移ったの。

 前よりずっとランクは下がっていたけれど、夫の手から逃げてきたという設定だから仕方がないみたい。

 いいわ、すぐにニックに言って高級ホテルにかえてもらうから。


 手紙を出したらニックはすぐに駆け付けてくれたわ。

 そしてその夜、遂に私たちは一線を越えたのよ。

 なかなか粘っていたけれど、あの執事風の男が言ったとおりね。

『男は可哀そうに弱い』って、全くその通りだわ。

 男って……チョロいわ。


 それからというもの、ニックと私は何度も何度も愛し合ったわね。

 このための研修期間だったのだと納得できるくらい、ニックは私に溺れていったわ。

 そんなある日、執事風の男がやってきてニックを一週間の旅行に誘えと言ったの。

 どんなにお前に溺れても、あいつは絶対に離婚はしないだろうが、とにかく妻が壊れるほど煽れだってさ!

 そんなの簡単でしょう?

 何ならニックの屋敷に乗り込んでキャンディの前でイチャつこうかしら。

 学生時代も何も言ってこなかった気弱な女だもの、きっと心を病むでしょうね。


 まあ、せいぜい引き延ばして豪華なドレスをたくさん買わせてやりましょうかって思っていたのに、まさかこれほど早くキャンディと鉢合わせするなんてね。

 あの女ったら散々煽ったのに、全然乗ってこないから面白くもなんともなかったわよ。


 ニックは相当慌てていたけれど、涙と体を使って引き止めて、もちろん予定通り旅行に行ったわ。

 だってそれが私のお仕事だもの。

 途中で帰るなんて言い出さないように、ありとあらゆる技も駆使したわ。

 追加の指示どおり、旅行も十日に引き延ばしたし、これで私は自由よね?

 今まで貢がせたドレスや宝石を全部売って遠い国にでも行こうかしら。

 見目麗しい男でも見繕って楽しく暮らすのも素敵だわ。

 そう思っていたのに……


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