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裏切りの代償  作者: 志波 連
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 Side ソニア・マクレン元王子妃 その1



 学園を卒業し、すぐに隣国に嫁いだの。

 父親は、嫁入り道具に贅を尽くし、私は王子妃として蝶よ花よとちやほやされたわ。


 でも、それはたった半年だけ。

 夫である第二王子は、すぐに側室を召し上げたの。

 私とは全く違うタイプの清楚系お姫様だ。

 昼も夜も彼女をそばに置き、ずっとイチャイチャしている。

 そんな状況に三年も耐えた私は素晴らしい理性の持ち主よね?

 すぐに飽きて戻って来ると思って我慢していたのに、なんと懐妊したと言うでは無いの!

 正妃である私より先に? 信じられない!

 私の理性は焼き切れたわ。


 その日からというもの、側室への嫌がらせのためだけに生きていたようなものよ。

 お茶会でわざとお茶をかけたり、散歩中の道にヘビを投げ入れたり。

 子供じみた方法だけど、確実に側妃の心は弱っていったわ。

 

 その男は私のものよ!

 私が正妻なのよ!

 私の方が美しいのに……なぜ? なぜなの?


 いつの間にか、私は側妃に殺意を抱くようになっていたわ。

 だから臨月を迎えた彼女を階段から突き落としてやったのよ。

 階段といってもたかだか5段程度しかないのだから大したことじゃないわ。

 もし咎められても、それほどの罪に問われるほどでは無いでしょう?

 眩暈がしたと言えばみんな信じるはずよ。

 でも私はその場にいた騎士達に拘束され、夫の指示で地下牢に入れられたのよ。


 彼女は落ちたショックからその場で破水して、すぐに出産したと牢番から聞いたわ。

 母子ともに無事? そんなの落とし損じゃない!

 死ななかったのだから、何も問題ないでしょう? いつまでここに入れておくのよ!


 助けに来ない夫にイライラしながら、牢番たちの噂話に耳を傾けたわ。

 側妃の顔に傷ができた? 離宮に行って出てこない?

 第二王子は毎日慰めている? 冗談じゃないわ!

 大きなお腹を抱えてふうふう言いながら歩いていたじゃないの。

 そんな辛い期間を短くしてあげたんだから、お礼ぐらい言いに来いっての!

 いいから! 早くここから出しなさいよ!


 そう叫ぶ私の前に、夫が姿を見せたのはそれから更に一週間後だったわ。

 憎々しい顔で夫は私に言ったのよ。


「よくもまあ平気な顔をしているなぁ。お前は僕の最愛と嫡子を殺そうとした大罪人だって自覚はあるのか?」


「大罪人ですって? 母子ともに健康って聞いたわ。だったら罪なんてないじゃない」


「いやぁ、初めて見たときからバカだとは思っていたが、ここまでとは恐れ入った。お前は僕のことを愛してなんかいないだろう?」


 愛していたかと問われると答えはわかりきっている。

 ぜんぜん好みの顔じゃない。

 王族で大金持ちっていうことだけがこの男の取柄よ。

 黙っている私の顔を覗き込み、夫が吐き捨てるように言った。


「要するにお前は夫に浮気された妻になるのが嫌だっただけだろう? 自分のものを奪われるのが我慢ならなかったのさ。でもその考えは根本から間違っている」


 夫は物凄く楽しそうな声をあげたの。


「僕はお前を妻だと思ったことなど一度も無い。なんなら庭に迷い込んでくる野良猫の方がよっぽど愛おしいよ。僕は一瞬たりともお前のものになったことなど無い。誤解するなよ」


 最後の方は真っ黒な闇を含んだ怒気が声に乗っていたわ。


「そんな……そんなはず無いわ。私はこんなに美しいのよ? そんな私があなたに初めてを捧げてあげたのよ? どこが不満だっていうの」


「初めて? そんなもの何の価値もあるものか。ああ、でも考えてみれば側妃も僕が初めてだったな。うん、そうか。彼女との初めての夜は甘美だったし、その証をシーツに見たときは感動したなぁ。ははは! なるほど。その価値は相手によるということか。ああ、これは良いことを教えてもらった。礼を言おう」


「何を言ってるのよ! 私を抱きたくて悶え苦しんでいた男なんて、それこそ掃いて捨てるほどいたわ! 私にはそれだけの価値があるの! あなただってそうよ。あんなに良さそうな顔をしていたじゃない!」


 王子はフンと鼻で嗤い立ち上がった。


「良さそうな顔? 冗談はやめてくれ。あれは苦悶の表情って言うんだ。義務で君を抱いた後、走って風呂場に駆け込んでいた僕の気持ちがわかるか? まあ良い。お前と話していると頭がおかしくなりそうだ。そんなことより、今日は君に選ばせてやろうと思って来たんだよ。ねえ、明日すぐに処刑されるのが良いかい? それとも……」


「嫌よ! 死にたくない! 何でもするから殺さないで!」


 その時になって初めてこの人は怖い人だと思った。

 私を処刑する? しかもそれをあんな笑顔で言う?

 死にたくない! 

 死にたくない! 

 死にたくない!


「そうか。では君にとても大切な役割をあげよう。それを成し遂げたら君は自由だ。もちろん任務を完遂するまで監視はつけるし、裏切るような行為があれば、その場で処刑する」


 私は何度も頷いた。


「あまり期待はしてはいないけれどね。そうだなぁ……まずは訓練を受けてよ。絶対に必要になるからね。万が一にでも成功させたら、君は自由だ。きっと一人で生きていくには役立つ技だと思うよ。ああ、言うまでも無いが君とは離縁した。君はもう王族じゃない」


 そう言うと夫はとても楽しそうに笑いながら出て行ったわ。

 王族じゃない? この私が?

 なぜあんなことを言われなくてはならないの?

 こんなことなら学園時代にさっさと好みの男に抱かれておけばよかった。

 時々デートしていた伯爵家の次男。

 あの男は本当に好みの顔だったわ……他にも言い寄って来る男はいたけれど、あの人の顔が一番だったわね。


 そんなことを考えながら眠りについた翌朝、牢番がやってきて言ったの。


「第二王子殿下の命令だ。あの男についていけ」


 久しぶりに牢から出た私は、思い切り背伸びをして深呼吸を繰り返したわ。

 ちょっとジメジメしていてかび臭かったけど、あの狭い部屋よりよっぽどマシよ。


「私に訓練するっていうのはあなたなの?」


 地下牢から出る最後の扉の前に立っていた男に聞いた。

 あら、よく見るととてもいい男じゃないの!


「ああ、そうだよ。とりあえず湯に浸かってその匂いを何とかしてくれ。いくら金のためとはいえさすがに無理だ」


 そう言ったあと、男と一緒に馬車に乗り王宮を出たわ。

 私は一人で座り、向かいの席に座ったその男の隣には屈強な兵士が乗り込んできたのよ。


「あんたは誰? 私は王子妃よ! 礼を尽くしなさい!」


 その男はニヤッと嗤っただけで、そっと腰に佩いた剣の鞘を撫でたのよ。

 夫だった王子が言っていたことを思い出し、私の背中に冷たい汗が流れたわ。

 いつかほとぼりが冷めたら許されると思っていたことは間違っていたと知った瞬間ね。

 あの男は本気で私が死んでもいいと思っているのだわ。

 逆らうと殺される……

 呆然としていた私に、その男は鼻をつまみながら言ったわ。


「おい、着いたぜ? さっさと風呂に入ってくれ。吐きそうだ」


 酷い言われようだが、確かにひと月以上も湯に浸かっていないのは事実。


「早く案内しなさい!」


 そう言った瞬間、目の中で火花が散ったわ。

 頬がジンジンする……殴られたの?


「その臭い口を閉じろ。殺すぞ」


 いい男だと思っていたけど、こいつもとんでもない男だわ。

 男は顔で選んじゃいけないのかもしれない……


「早く洗って来い! 全身くまなくだ! 3回は洗って来いよ。じゃないと無理だ」


 そこまで臭いとは思っていなかったけれど、私は淑女。

 臭いなんて言われるなんて屈辱だわ!

 不愛想なおばさんがやってきて、私は体中を擦りあげられたわ。

 何度も痛いと叫んだけど、絶対にやめようとはしないんだもの。

 それにしても、なぜお湯が黒くなるのかしら?

 

「終わったよ! さっさと出るんだ! この阿婆擦れが!」


 本当に鬼のようなババアだわ。


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