表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏切りの代償  作者: 志波 連
24/65

24

 Side ニック・レガートその2


 キャンディの微笑みが美し過ぎて眩しい。

 これが嫡男を産んだ正妻の余裕というやつか?


『ええ、少し前にね。ニックに連絡をとったらすぐに会いに来てくれて。それからはまた昔のように過ごしているのよ? あの頃とは過ごし方が随分違うけれどね』


 ソニア? それ以上は言うなよ?


『昔を懐かしむ気持ちは良く分かるわ』


 そう言ったキャンディは、僕に目を向けたんだ。

 だから僕は慌てて言い訳をした。


『いや、違うんだ、キャンディ。彼女には仕事上でいろいろと……相談に乗ってもらっていてね。今日はそのお礼にドレスを仕立てることになっていてね。ああ、そうだ。君にもドレスを贈ろう。僕が選んであげるよ。久しぶりに僕の瞳の色なんてどうだい?』


 そう言えばソニアを黙らせることばかり考えていたから、最近はキャンディには何も買っていなかったな……ああ、本当にモテる男は辛いよ。

 そうだ、父上の言うとおり、キャンディにも高級なドレスを買ってやろう。

 僕を愛しているキャンディは、それできっと機嫌を直すはずだ。

 ソニアには後でネックレスでもつけてやれば丸く収まるさ。


 そう思ったのに、キャンディは冷めた目をして言ったんだ。


『あら、そうなの。お世話になっているならお礼はしなくてはね。私のドレスは不要よ。それよりソニアのドレスを選ぶんでしょう? どうぞこちらはお気遣いなく』


 ドレスは不要? お気遣いなく?

 なんだか予定の返事と違う……

 僕の心はざわめいた。

 そんなことにも気付かず、ソニアは遂に言ってはいけないことを口にしたんだ。


『私たちは明日から旅行に行くの。あの夕日がきれいなハーベイへね。もちろん今夜も一緒に過ごす予定よ。ああそうだわ! あなたも一緒に来ない? 前に行った時は2人きりだったけど、3人でも楽しいかもしれないわ。夜には素敵なダンスパーティーもあるのよ? ねえ、ニックそうしましょうよ』


 それはまずい!

 父上にバレてしまう!

 またあの地獄のような日々に戻るのは絶対に嫌だ!

 しかも3人で旅行だと? 僕はどっちのベッドに入ればいいんだ?


 キャンディの親友であるリリアが、物凄い顔でソニアを睨んでいる。

 当たり前だ! 煽り過ぎだ!

 なのにキャンディときたら、物凄く冷静に言った。


『あなたが出張に行っている間に少し実家に顔を出そうと思うの。弟の卒業祝いをするらしくて夕食に誘われたの。あなたもって言われたのだけれど、お仕事でしょう? だからホープスと一緒に行こうと思って、今日はお祝いの品を選びに来たのよ。少しゆっくりしてきたいわ』


 実家? 実家に戻るだと?

 拙い拙い拙い拙い拙い!


 いや、待てよ? 実家のシルバー伯爵邸なら問題ないんじゃないか?

 あそこの一家は物凄く僕に協力的だ。

 キャンディが何か愚痴っても、一家総出で宥めてくれるだろう。

 でもやはり旅行とバレたからには、中止した方が良いのだろうか……

 いやいや、これは接待のための出張だと信じているのだから問題ないか?


 そんなことを考えているうちに、キャンディたちはいなくなっていた。

 僕はソニアに引っ張られるように予約していたホテルに入った。

 その夜のソニアときたら……まるで娼婦のように……


 ああダメだ! こんなことを思い出している場合じゃない!

 妻が一週間も実家から戻ってこないなんて!

 キャンディ、早く帰っておいで。

 もう粉も出ないかもしれないけれど、たっぷり愛してあげるからさ。


 ああ、イライラする! キャンディをこの手で抱きしめないと不安で仕方がない。

 そうだ! 迎えに行こう。

 あそこには僕の味方しかいないから大丈夫。

 キャンディのためにホープスの瞳の色の宝石を使ったブローチを買って行こう。

 これで全て解決だ!


 僕はすぐに屋敷を出た。

 宝飾店に寄って、その足でシルバー伯爵邸に乗りつけたのに……


「キャンディですか? いいえ、こちらには戻っていませんが、もしかして夫婦喧嘩ですか? 仲が良い証拠ですなぁ。どこの家でもあることですよ。え? 息子の卒業祝いのディナー? うちの息子の卒業は来年ですよ?」


 僕は勘違いだと誤魔化して、余裕の態度でシルバー邸を辞したが、内心は心臓が飛び出すほど焦っていた。

 もし自分の実家ではなく、レガート侯爵領に駆け込んでいたら?

 父上がソニアとのことを知ったら?


 僕は眩暈を起こしてしまった。

 呆然自失状態で屋敷に戻ったが、そんな時間は無い!

 でもどうすれば……


「ああ、そうだ。リリア嬢に聞けば分かるだろう」


 僕はまた馬車に乗り込んだ。

 彼女はすでに嫁いでいて、今では名門エヴァン侯爵家の当主夫人だ。

 先触れも無く訪問するには、少し遅いような気もするが、そんなことはこの際無視だ。


 エヴァン侯爵邸の家令が出てきて言う。


「ご当主様と奥様はご友人主催の夜会にご出席です。え? レガート小侯爵夫人でございますか? 数日前にお見えになりましたが、本日は来られてはいません」


 その時になって初めて、僕はキャンディの友好関係をこれ以上知らないことに気付いた。


「もうだめだ……探すところがない」


 いっそ覚悟を決めて領地の父上に相談を……

 いやいやいや! 無理無理無理!

 怖すぎる!

 あの地下牢のような部屋に戻るくらいなら、いっそソニアと駆け落ちした方がいい!

 そうだ、ソニアと逃げよう。

 彼女には王都で屋敷を買えるほどの金を使っているんだ。

 最初はそれを売りながら生活しよう。

 僕には商会での知識もある。

 レガート家の名を出せば、すぐに仕事も見つかるだろう。


 そのうちキャンディも反省して戻って来るさ。

 そうしたらキャンディのご機嫌を伺いながら、ソニアを愛人として囲えばいい。

 元王子妃を愛人にするなんて、男冥利に尽きるじゃないか!

 そう考えた僕は、ソニアが泊っているホテルへ向かったんだ。


「え? 引き払った? 行き先は聞いてない?」


 どういうことだ! 僕に黙ってソニアが姿を消すなんて!


「ああ、そうか。キャンディを煽りすぎて怖くなったんだね? 僕の家庭を壊すことを畏れて姿を消したんだね? 可哀想に。すぐに探し出してあげるから待っていておくれ」


 王都中のホテルを探しても、ソニアの実家であるマクレン侯爵邸に行っても、どこにもソニアはいなかった。

 あれほどの荷物だ。

 そう簡単に一人で動けるわけはない。

 どこだ? どこにいるんだソニア!

 まさか隣国に戻ったのか?

 それとも妻に手を上げるような男に無理やり連れ戻されたのか?

 ああ、可哀想なソニア。


 キャンディを探していたのに、いつの間にかソニアを探している僕。

 でも次期侯爵とはいえ、まだ爵位を継承していない僕の愛人でいるより、王子妃の方が君には似合っているのかもしれない。

 僕はまた美し過ぎる君に惑わされてしまったんだね?

 いや、今回は体だな。

 僕は君を探さない方が良いのかもしれないね。

 そんな日々を送って約ひと月。

 ソニアの水死体が上がったという新聞記事が、僕を絶望のどん底に突き落とした。


『隣国第二王子妃 里帰り途中で事故に巻き込まれたか』


『生まれたままの姿で川に浮かんだ第二王子妃! いったい彼女に何が?』

 

 まさかとは思うが、僕の愛を疑って自死を選んだ?

 でもなぜ全裸?

 僕はどうすればよかった?


 キャンディかソニアかなんて決められるはずがないじゃないか!

 素晴らしい賢母の妻と、素晴らしい性技の愛人。

 どちらかだけって選べる奴なんてこの世の中にいるのか?


 そしてその翌日の新聞で、ソニアはすでに第二王子から離縁されていたことを知った。

 きっと僕が原因だ……

 頭を抱えて屋敷に引き籠っていた時、馬車が止まる音がした。

 執事が駆け込んでくる。


「レガート侯爵がおみえです」


 ああ、詰んだ……僕の人生は終わったんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ