17
外出の機会がある度に、キャンディが思い出すのはリリアのことだ。
あれ以来、疎遠になってしまったリリアは、今どうしているのだろう。
何度手紙を送っても返事がないところを見ると、あそこまで助けてもらったのに、易々と親につかまった自分に愛想を尽かしたのかもしれない……
「奥様、準備が整いました。本日は私がお勧めの場所にご案内します」
キャンディは頷いた。
馬車で走ること約20分、懐かしい学園の前を通り過ぎ、中心街へと向かう。
このまままっすぐ行けば、リリアの実家があり、その更に先にはシルバー伯爵邸がある。
この大通りを曲がれば中心街という交差点を、馬車は迷いなく突っ切った。
「エマ? 何処に行くの?」
「着いてからのお楽しみですわ」
エマは何も答えず、ニコニコと笑っているばかりだ。
ゆっくりとスピードが緩み、大きな屋敷の中に入って行った。
「ここは……まさか……」
「さあ、奥様。お出迎えに来られていますよ」
馬車の扉を開くと、大泣きしているリリアが両手を広げて待っていた。
「リリア!」
「キャンディ! ああ、キャンディ!」
二人の距離は一瞬で縮まり、これ以上ないほど固い抱擁を交わした。
ふと目を上げるとクリスが眉を下げて微笑んでいる。
キャンディとリリアは手を繋いだまま、屋敷へ入った。
「会いたかったわ、キャンディ」
「私もよ。あなたに謝らなくちゃってずっと思ってたの」
二人は客間のソファーで体を寄せ合って暫しの間、号泣した。
クリスは既視感を覚えたが、何も言わなかった。
しゃくりあげながら、父親に捕まった日のことから順番に話すキャンディ。
リリアは怒ったり驚いたりと忙しい。
結婚式の前日から5日間ほどの記憶がないという話になった時、リリアがクリスを見た。
クリスは難しい顔で頷き、使用人に言いつけて誰かを呼びにやった。
「それからも妊娠しやすくなる薬だと言われて、お義母様が送ってくる薬草茶を飲まされ続けたわ。まあ、効果があったのでしょうね、息子が生まれて今年で3歳になるの」
「まだ飲んでいるの?」
「いいえ、妊娠が分かってからは送られてこなくなったわ。それからは飲んでないの」
「なるほど。それで? ニックとは上手くいっているの?」
「それはどうなのかしら。ただニックは確かに変わったのだと思う。あの事件があってお義父様から1年間の再教育を受けて……子供も生まれたし……私はもう……このまま……」
リリアが立ち上がる。
「ダメよ! キャンディ。自分が我慢すれば丸く収まるなんて絶対に考えてはダメ!」
「だってあなただって怒っていたのでしょう? 何度手紙を送っても返事もくれないから、もう友達だと思わないって言われた気がしていたのよ?」
キャンディが感情的な声で言った。
「手紙? 私こそ何度も送ったのよ? ご実家にも侯爵家にも……まさか……」
「え? 手紙をくれていたの?」
「ええ、何度も何度も。戻っても来ないから受け取っては貰えているのだと思っていたの。それに私たちの結婚式の招待状も、早々に欠席の返事が届いたし。偉そうなことを言って守り切れなかった私は、見切られたのだと思って……」
リリアが再び泣き出した。
「ちょっと待って! そんな! そんなこと思うはずも無いわ! 感謝しかないのよ! リリア……ああ、リリア。どういうことなの?」
クリスが口を挟む。
「誰かが意図的に二人の関係を拗れさせようとしたのだろうね。キャンディ、君は直接投函していたの?」
「いいえ、家令に預けて……まさかそんな……」
「きっと侯爵の指示だろう。きっと君の父親も関与しているだろうね。まったく何てことをするんだ。どこまで追い詰めれば気が済むんだ」
リリアがハンカチで鼻を啜りながら言う。
「ごめんねキャンディ。一番辛いときに返事が無かったら、突き放されたって思うよね。私が勇気を出して突撃していれば……」
「違うわ、リリア。私の方こそ行動を起こすべきだった。でも、なぜかずっと無気力で……最近になってやっと自分の意志を持つようになったくらいなの。余程ショックだったのだとは思うけれど、あなたに不義理をしたことには間違いないわ。ごめんね、リリア」
再び抱き合って泣き始める。
クリスはエマに肩を竦めて見せた。
ドアがノックされ、一人の男が案内されて入ってきた。
その男はエマを見てニヤッと笑い、クリスと握手を交わした。
「紹介するよ。情報を探らせたら彼の右に出るものはいないと言われているオーエンだ」
クリスの声にキャンディとリリアが顔を上げた。
「初めまして。オーエン・フォードと申します。男爵位はいただいておりますが、領地は寂れた田舎町でしてね、こうして当主自ら出稼ぎをしないといけない程度の貴族とも言えないような男ですが、どうぞお見知りおきください」
口ではそう言うが、とても優雅な仕草でお辞儀をするオーエン。
その横でエマが口を開いた。
「奥様、彼は裏社会にも精通している情報の専門家です。先日休暇をいただいた時、彼とコンタクトをとりました。ご主人様の行動を探るためです」
キャンディは驚いた。
「ニックの? なぜそんなことを? ニックは忙しく働いているのよ?」
「いいえ、奥様。ご主人様は……浮気をしておいでです。しかも相手が悪い。あの女は今や犯罪者です。あの女にとってご主人様はただの金蔓。しかしご主人様はかなり入れ込んでいるご様子です」
ショックで声も出ないキャンディを、リリアがそっと抱きしめる。
「どういうこと?」
クリスが慌てて声を出した。
「エマ、君はなんでそんなにド直球しか投げられないんだ。キャンディの心情も考えろ」
「申し訳ございません」
クリスがキャンディに向き直った。




