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リリアの肩を抱きながら、クリスが努めて穏やかな口調で話す。
「あのね、キャンディ。君の旦那さんは残念ながら浮気をしている。彼がどのような再教育を受けたのかは知らないが、とにかく父親が怖くて仕方がないのだろう。君がどれほどの思いで気持ちを整理してきたのかを考えると、言いづらいのだが……」
オーエンが口を開いた。
「在宅時のご主人は以前と変わらないですか?」
「ええ……特に変わったような感じは無いですが、最近は出張が多くて。それも徐々に長くなっていって。それに持ち出すお金もどんどん増えてきました。態度はそれほど変化したとは感じません」
「そうですか。余程隠したいのでしょうね。彼らの関係は2年ほど続いています。最初は会って食事をする程度でしたが、一度一線を超えたらもう歯止めが利かない。今日はオペラを観劇した後、彼女のドレスを購入し、そのまま王都内のホテルに宿泊します。明日から5日ほど旅行に行きます。行き先はハーベイ。美しい夕日を見たいという彼女の要望ですね。その夜はハーベイで開かれるダンスパーティに出席する予定です。宿泊先は……」
「もう結構です!」
キャンディは立ち上がってオーエンを睨みつけた。
クリスが呆れたように言う。
「お前ももう少し考えろよ。なんだよ、その業務連絡は。さすが兄妹だな……」
「え? 兄妹?」
キャンディが怒りも忘れてエマの顔を見た。
エマは嫌そうな顔で小さく頷く。
「ええ、腹違いですが兄妹です。父は母親と妻、そして子である私を捨てて彼女の母親と出て行きましたよ。その時にこのゴミのような爵位を継ぎました。私が16歳の時です」
エマがあとを引き取る。
「父は母と私を連れて王都に出ましたが、すぐに亡くなってしまいました。母はすぐに再婚したのですが、その相手は王宮の影と呼ばれる仕事をしている男でした。私はその義父から5年間、格闘技やいろいろな技を仕込まれました。母が亡くなったのは私が15歳の時で、それからは、義父の紹介でドーマ子爵邸でメイドの仕事をしています。義父はその仕事柄、私たち母子と一緒に暮らすことは無かったですし、私の前ではいつも覆面をしていたので、顔も知りません。今どこで何をしているのかも知りません」
淡々と生い立ちを話すエマ。
キャンディとリリアはポカンと口を開けた。
リリアが聞く。
「お二人は連絡を取り合っていたの?」
オーエンが何事でも無いように返事をする。
「いいえ、彼女の両親には思うところがありますが、彼女自身には罪は無いですからね。彼女がメイドになってから仕事で再会したのですよ。私が16歳で妹は10歳の時に別れたきりでしたが、すぐにわかりました。まあ感動の再会というほどでもなく、随分背が伸びたな位の感情でしたね」
二人の強烈なカミングアウトに、キャンディの怒りはいつの間にか霧散していた。
「そうですか。そういうことならあなたを信用しましょう。エマは私が侯爵家に嫁いでからずっと、寄り添い続けてくれた唯一の人ですから」
エマが言う。
「奥様、どうかお許しください」
そう言いながら鬘をとりハンカチで顔をこする。
現れたのは、ドーマ子爵邸にいたエマだった。
「えっ! エマ? あのエマなの?」
事情を知っているクリスとリリアは、今まで気がついていなかったことに驚いている。
「はい、あのエマです。奥様をみすみす伯爵の手に渡すという失態を犯したあのエマです。もし面が割れると、お側にいられなくなるのでちょっとだけ変装していました」
「エマはずっと私と一緒にいてくれたの……ごめんなさい。私本当に気付かなくて……ごめんね、エマ」
「いいえ、奥様。それは薬物のせいで判断力と思考力が鈍くなっていたせいです。ご出産のあとも、ずっと送られてきていたのですが、私が処分し普通のお茶と入れ替えていました。送られていた薬草は、1年飲み続けると抜けるのに1年掛るような代物ですから、きっと奥様の思考が戻ってきたのは最近ではないかと思います」
確かにそうだ。
まだ鮮明とは言えないが、気力も戻り以前の記憶も事実を事実として思い出せるようになってきたのは、つい最近のことだ。
「奥様は侯爵家と伯爵家によって洗脳された状態でした。ご主人の事を愛していると思い込まされ、学生時代のことも現実では無いように記憶を塗り替えられておられました。無理に引き戻すと記憶障害を起こす危険がありましたので、時間を待つしかありませんでした」
リリアが拳を振り上げて怒り狂う。
「そんな危険な薬物を飲まされていたの? なぜそこまでキャンディに執着するのよ!」
クリスが頷いた。
「うん、そこなんだよ。なぜニックの妻がキャンディでなくてはいけないんだ? 伯爵家からすれば金銭的援助という旨味はあるだろうが、侯爵家からすれば特に拘る必要は無いはずなんだ」
オーエンが口を開いた。
「その件に関しては調査済みですが、また奥様を傷つけてしまうような内容です」
キャンディとリリアが口をそろえる。
「今更よ! すべて話してちょうだい!」
「はい、ではお話しします。キャンディ様は帝国の前皇帝陛下の落し胤です。レガート侯爵はそのことをシルバー伯爵夫人から相談されて知っていました。ああ、あの二人は隣り合った領地で育った幼馴染です。侯爵はキャンディ様を囲い込んでおけば、帝国との商売を有利に進めると踏んだのでしょう。絶対に逃がしたくないはずです」
全員が黙り込んだ。
情報の洪水に溺れかけているのはキャンディだけでは無いようだ。
リリアもクリスも顔色が悪い。
「ではキャンディは……伯爵の子では無い?」
「ええ、シルバー伯爵夫人が結婚後初めて参加した夜会で関係を持ったようです。まあ女たらしの前皇帝の手に掛れば小娘なんて秒殺でしょうから」
ショックではあったが、あんな父親と血が繋がっていないというだけでも、救われたような気がした。
「このことを知っているのは?」
「レガート侯爵とシルバー伯爵夫人、そして帝国の宰相です。そして何より問題なのが、帝国のお世継ぎのことです。現皇帝には三人の王子がいますが、昨年の流行り病で王子が二人亡くなったのはご存じのとおりです。そして残っている唯一の王子も病床にあります。そして現皇帝は、同じ流行り病で子種を失いましたから、これ以上は望めません」
「お世継ぎがいない……」
「はい、残ったお一人が平癒されない限り、血筋が絶えてしまいます」
クリスが声を出す。
「しかし、そんなに女癖が悪いのだから、キャンディの他にも庶子はいるのではないか?」




