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本日より1日1話投稿です。
マーガレットは嬉しそうな顔で言った。
「でも本は声が出せないから、自分で名乗ることができないもの。だからここに名前を書いているということね? 文字って物の名前を書くための記号ね? 記号の並びを覚えれば、私もこの子たちの名前を知ることができるのね?」
「そうですよ、ひとつひとつの記号にも名前があります。その名前を並んだ順番に声に出すのです。それが読むという事です」
「記号にも名前があるの?」
「ええ、ありますよ。名前当てゲームをしますか?」
ゲームと言われただけで両手を上げて喜ぶマーガレット。
「ゲームの前に、それぞれの名前を覚えないといけませんね? 頑張れますか?」
「はい!」
キャンディは出来たての木で作った文字をマーガレットの前に並べた。
「この子の名前は『エー』です。そして愛称は『ア』ですよ」
「尖がりお屋根のこの子の名前はエーちゃんね? 覚えたわ」
キャンディは次々に文字を取り出し、マーガレットと二人で何に似ているかを話し合う。
『B』はメイド長のお腹で『D』は料理長のお腹と言い出した時、こらえ切れずにその場にいる全員が爆笑してしまった。
それから数日をかけて、文字のすべてを覚えたマーガレットは、どう並べれば物の名前を現すのかに興味を示し始めた。
マーガレットの中で変化が起こったのだ。
子供というのは腑に落ちたらどんどん吸収していく。
あっという間に家族の名前を全て並べることに成功した。
「ありがとう、ありがとうねキディ。全てあなたのお陰よ。これからもどうぞよろしくね」
キャンディの手を取って涙ぐみながらロミット夫人が礼を言った。
その手を握り返し、キャンディも泣いてしまった。
翌週には追加で作られた木の文字が大量に届き、ドーマ子爵邸のほぼ全ての物の前に並んでいくことになる。
厨房のドアには『KITCHEN』と貼られた。
それを眺めながら料理長がいる部屋なのに、なぜ『D』が入ってないのかと、料理長本人が問い詰められるという事件もあった。
それからドーマ家の全ての使用人は、大きな文字で名札をつけることになった。
全員の名前を覚えているマーガレットの脳内で、名前のスペルと声に出す音が繋がっていくのに、さほど時間は掛らなかった。
ここまで来ればもう大丈夫。
やっと購入したクレヨンの出番だとキャンディは思った。
流れるように毎日が過ぎ、マーガレットが書く文字も読める程度になってきた頃、今まで一度も会ったことがないドーマ子爵本人から夕食の招待を受けた。
緊張しながらも唯一残していたドレスを纏い、マーカスとマーガレットに手を引かれて食堂に向かう。
「ようこそ、キディ先生。いつも子供たちがお世話になっています」
そう言って立ち上がった男性は、目も眩むほど美しい顔立ちで、肩甲骨まで伸ばした金髪を後ろで結び、夫人の瞳と同じ色のリボンで結わえて長く垂らしていた。
キャンディは慌ててカーテシーをする。
「いつもお気遣いいただき感謝しております。キディ・ホワイトと申します」
「妻からいろいろ聞いています。どうぞ楽にして下さい」
まるで一国の姫君になったような扱いを受け、キャンディの心臓が早鐘を打つ。
「それでは始めようか」
次々に運ばれてくる料理は、キャンディにとって卒業謝恩パーティー以来の御馳走だ。
幼いころから厳しく躾けられたお陰で、マナーは体が覚えていた。
デザートも終わり、子供たちはそれぞれの部屋へ引き上げていく。
「今日は先生にプレゼントがあるのです。喜んでいただけると良いのですが」
そう言いながら子爵が食堂のドアの方に目を向けた。
ドアが開いた途端、何かが駆け寄ってキャンディに抱きつく。
「キャンディ! ああ、キャンディ!」
「リリア! リリアなのね」
抱き合う二人はもう泣いている。
一緒に入ってきたクリスは、子爵に会釈をした後、夫人の前に立ち、跪くようなしぐさで、その手に額を寄せた。
「挨拶もできない婚約者だと嗤わないでくださいね。いつもはできる子なのですが、今日は久しぶりに親友の顔を見て安心してしまったのでしょう。勘弁してやってください」
子爵と夫人も抱き合って、子供のように泣いている二人を微笑ましく見ている。
「さあさあ、客間に移動しましょう?」
やっと落ち着いた二人に夫人が声をかけ、5人は食堂を後にした。
ソファーに座ってもキャンディとリリアは手を離せずにいた。
「本当なら夕食も一緒にすべきだったが、子供たちの手前、腹を割って話すことができないだろう? だからこんな時間になってしまった。済まなかったね」
リリアがスッと立ち上がり、子爵夫妻の前で美しいカーテシーをする。
「お見苦しい姿を晒してしまいました。取り乱してしまいご挨拶が遅れましたことも重ねてお詫び申し上げます」
「構わないよ。美しい娘さんの泣き顔など、滅多に見ることが無いからね。若返ったような気分になれたよ。リリアと会うのは久しぶりだ。ますますきれいになったね」
大人の対応とはこういうのをいうのだろう。
夕食後だったが、遅れて来た二人のためにキッシュやサンドイッチなども運ばれてくる。
子爵と夫人はワインをオーダーし、若い3人はミルクティを頼んだ。
暫しの間、最近の経済動向や隣国の動きなどを語り合う子爵とクリス。
その間に夫人がキャンディが考案した木の文字を待ってこさせた。
「ねえ、あなた。難しい話は後になさって? それよりこれを考案したキディを褒めてあげて下さいな」
「ああ、そうだったね。キディ嬢、いやキャンディ嬢と呼ばせてもらおう。君の発想の柔らかさには驚いたよ。これは幼児教育の現場でも使うべきだと思う。素晴らしい功績だ。このおかげでマーガレットが文字というものを理解し始めたと聞いている。心から感謝する。兄にも紹介したいのだが良いだろうか」
子爵と夫人が立ち上がって礼をした。
慌ててキャンディも立ち上がる。
リリアとクリスは盛大な拍手をしていた。
その日はリリアと共に泊めてもらうことになり、久しぶりにおしゃべりを楽しめた。




