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ただの天空領主なんだが、Sランク冒険者ってのはやっぱりどこかおかしい奴のようです。<<後編>>

 絶対に客じゃない。


 俺はそんな分かり切ったことを、眉間に皺を寄せながら脳内で繰り返していた。


 黒の装束に黒マスク。得物の鋭利な短刀に負けない鋭い眼光。もう格好からしてこの上なく暗殺者だ。それくらいは俺にだって予想できる。


 しかし本当に困った。暗殺者が送られてきたと言うことは、王国との交渉の余地はきっとないのだろう。かと言って王国にも恐らく、天空に浮かぶこの領地を脅かす手段がないんじゃないだろうか。あればとっくの昔に使っているだろう。


 なんかちょっと腹が立ってきたな。こっちは領土が空に浮かんだことも、その経緯もちゃんと報告したのに、それに返答することもなく問答無用で軍隊を送り込んで来た上に暗殺者で寝首を掻こうとするなんて。


 まぁ、王国の立場からすれば当然なのかもしれない。と、理性では判断できるのだが、納得することは出来そうにない。


 "人類の敵"なんて予言よりも俺が信じているのは、巨大農作物を共に育てるまで領民から親し気にされている一人の部下だ。


 きっと俺は、ラファリアさんの緩んだ笑みを見過ぎたのだろう。


「えっと……どんな用事があって館に侵入したのかな?」


 話のとっかかりを見つけられなかった俺は、あえてそう暗殺者に尋ねた。


 暗殺者の赤い瞳としばし対峙する。だが俺はすぐに気圧されて視線を逸らしてしまう。ラファリアさんが側に控えているとはいえ、普通に怖くて仕方ないんだが?


「私にそう問う権利があるのは、本物の巨悪シェルバーラ・ロキャスティナ伯爵だけ。影武者に開く口はない」


「「は?」」


 俺とラファリアさんの言葉が重なったが、その声質には正反対の響きがあった。俺は本当に心からの疑問符を放っただけなのだが、ラファリアさんの声は有無を言わせない威圧を纏っていた。


 俺も喉元まで出掛かっていた悲鳴を可哀そうな暗殺者が、ひぃ、と上げる。先に暗殺者が悲鳴を上げてくれたことで、俺は何とか部下の怒気に怯えの声を発せずに済んだ。


「ラファリアさん、落ち着いて落ち着いて」


 やり過ぎる部下の、ぐるるると喉を鳴らす猛獣のような威勢が少し和らぐ。それから彼女はすぐさま俺のすぐ横に近寄り、しゃがんで頭を見せて来た。


 俺が部下を落ち着かせるようにその形の良い頭頂部を撫でていると、暗殺者が唖然とした表情を浮かべる。


「何故疑われているのかは分からないけど、俺は本物のシェルバーラ・ロキャスティナだ。影武者を立てるほど偉くもないし、巨悪と呼ばれるほどの暴政や悪逆なんて手出しできない臆病者のつもりだよ」


「嘘だ……なら領民を威圧するように建っているあの趣味の悪い黄金の彫像はなんなの!?」


「そうですよね!?趣味、悪いですよね!?やっぱ流石に黄金はないよなぁ」


「民家の近くで育っていたあの巨大な作物はなに!?人の生き血で育ったかのような悍ましさだったけど!?」


「そうですよね!?巨大すぎますよね!?ちなみにあれ、あまつさえ動くらしいんですよ?」


「館の中を徘徊していたあの禍々しい鎧を使って、領民を常に監視しているんじゃないの!?Sランク冒険者より明らかに強そうだけど!?」


「そうですよね!?あの鎧、俺より威圧感と存在感ありますよね!?ちなみにそこらのドラゴンを軽く倒せるらしいですよ?」


「はぁぁぁぁぁぁあ!?!?地獄からおぎゃあと生まれてでもきたの、この領地!?」


 何だこの暗殺者。マトモな感性を持った良識人じゃないか。やっぱりラファリアさんや領民の感性がぶっ壊れていただけだったんだな。


 俺が自分が至極真っ当な常識人であることを再認識していると、ラファリアさんがすくりと立ち上がって捨てられた子犬のような目で俺を見てきた。


「ごめんなさい。王国に対して何の手も打ててない俺より、それだけラファリアさんが凄いってことだから」


「むぅ。私が見たいのは、シェルバーラさんが頭を下げる姿じゃないんですよぉ……」


 頬を膨らませて軽くむくれるその姿を、可憐な容姿がより映えさせる。だがこの少女こそが暗殺者たちが言うところの"人類の敵"であると、刺客も気が付いているようだ。だからこそ、ラファリアさんに対して腰が引けているのだろう。


「まぁとにかく、黄金像も巨大農作物も歩く鎧も善意によって出来たもので、何かを虐げるためのものじゃないんだ。それだけは、絶対に間違いがない。と言うか、その一部には領民も手を貸しやがっているし」


「……」


 暗殺者の何とも言えない視線が俺を貫く。俺の隣には微妙に不機嫌な部下が控えているのに、よく不信感を露わに出来るもんだ。俺だったら叩頭して命乞いをしているか、さもなくば気絶しているだろう。


「何より、ラファリアさんは"人類の敵"じゃなくて俺の部下だ。そして俺には、ラファリアさんの力を用いて王国と敵対する意思はないんだ。それをどうにか分かってくれないもんか、と苦悩しているところなんだよ」


 俺の言葉を聞いた暗殺者が、深く長い息を吐いた。それから、呆れとも憐憫ともつかない語調で話し始める。


「仮にその話がすべて真実だとして、それは叶いませんよロキャスティナ伯。王国であなたがどのように噂されているかを知っていらっしゃいますか?巨悪、絶対悪、滅びと手を結ぶもの、予言の代行者。今やあなたは、王国に所属する者にとっての悪の象徴なのです。むしろ本当に噂通りの人物だった方が、ロキャスティナ伯にとっては幸せだったでしょう。あなたが特別な能力のなさそうなただの一伯爵だと知られれば、どのような凄惨な奸計に巻き込まれるか予想も出来ませんから」


「……そこまでなのか。俺もラファリアさんも領地が空に浮かんでから、特に何か悪事を働いたわけでもないのに」


「これから悪を成さない絶対の保証はありませんし、真実に勝る嘘など数えきれないほど溢れています。そして民衆にとって大事なのは、時に真実より刺激なのです。何より、"人類の敵"と知られている存在を味方につけていることは紛れもない事実でしょう?」


 領地が大地から足を離してから――俺は王国の他の領地に足を運んだことはなかった。使いに書類を運んでもらったことはあったが、俺自身はほとんど空の上で忙しくしていたのだ。


 その間、地上で行われていた動きは俺の予想よりも圧倒的に早かったと言うことだ。つくづく領主としての才覚が自分には欠けているのだと思い知らされる。


 隣の少女に顔を向ける。俺はラファリアさんの困り顔を見るために彼女を部下にしたわけではない。なのに、己の非力さが彼女の表情を申し訳なさで一杯にしているのだと思うと、どうしようもなく自分が嫌になる。


 覚悟を決めるべきなんだろう。


 このまま彼女を凡庸な辺境の一伯爵の部下として縛り続けるのか。


 それとも。


「……ありがとう。率直な意見が聞けて良かったよ」


 俺が感謝を伝えると、暗殺者は少しだけ意外そうな顔をして目線を逸らした。


「王国の大聖堂にいる聖職者見習いの弟を人質に取られたので、私は仕方なくこの任務を請け負ったのです。そしてその任務の対象が悪を成す者でないと言うのなら、私には振り下ろすことが出来る刃がありません……例え、弟が犠牲になっても」


「弟さんを人質にとられているのか……」


 無論俺の言っていることが嘘ならその限りではない。とでも言う様に、暗殺者は警戒を解いたりはしなかった。だが、その悲壮な覚悟によってきつく締められた唇が黒マスクを酷く歪ませている。血が滴り落ちそうなほど固く握られた手からは、葛藤がありありと伺えた。


 暗殺者の姿が、元王国特務部隊の猛攻に晒されていたラファリアさんとどこか重なる。彼女とは状況も立場も違うが、この暗殺者が俺を暗殺することも王国に反旗を翻すことも出来ずに、進退窮まっていることは確かだろう。


 不意にラファリアさんと目があう。やり過ぎたがっている部下に、俺が頷いて見せると唐突に執務室の扉が開いた。入って来たのは館内を巡回していた『伯爵絶対守護鎧』だ。


 何か俺が保身に満ちているみたいで抵抗があるな、この名前。


 その姿を認めた暗殺者がびくりと一度体を震わせる。が、その漆黒の鎧は暗殺者の横を何事もなく通り過ぎて誰も居ない俺の隣に陣取った。


「俺はてっきり、王国に忠誠を誓っている凄腕の暗殺者かと思ってたよ」


「王国に良い印象なんてありませんし、私はSランク冒険者で本来の職業は盗賊です。ほら、暗殺者らしい所なんて微塵もないでしょう?」


「え?」


 暗殺者じゃなさそうな要素の方が微塵もないが?


 俺は傍らの漆黒の鎧にも負けないくらいに全身黒づくめの自称Sランク冒険者を見て、しばし言葉を失った。


 沈黙を同意と取ったのか、Sランク冒険者は熱を帯びた語調で続ける。


「分かって頂けたようで何よりです。とは言え我が一族は、確かにかつては何人もの暗殺者を暗殺機関に提供してきたその道の名家でありました。冥途の土産にお教えすると致しましょう。我が一族の悲嘆の歴史を――!」


 聞いてもいないのに、壮大っぽい何かが勝手に始まりそうなんだが?


 格好はともかく、確かに暗殺者には向いていなさそうだなこの人。周りの筋肉がないんじゃないかってくらいに、口に締まりが無さすぎる。


 とは言え、流石はSランク冒険者を名乗るだけのことはある。あまり聞くつもりがなかった俺も、彼女の切れ長の目が細まり深刻さを演出すると思わず気を呑まれてしまった。


 黒のロンググローブに覆われた手を喉の下にあて、Sランク冒険者は静謐とした夜に似合わない緊張感を漂わせて口を開いた。


「それは今から百十年ほど前に起こった大戦に端を発します。我らが開祖「姉さん!」」


 俺の横を何かが素早く駆けた。如何にも重要そうなことを話そうとしていたSランク冒険者の胸元に飛び込んだその存在によって彼女は一時黙り込み、それから困惑気味に口を開く。


「えっ……?ミグナル!?何でここに!?無事で良かった……でも、え?」


 すっと姿を現したラファリアさんが一つ息を吐いた。僅か数分で人質を救出した彼女のその手腕は、Sランク冒険者の緩すぎる口を見事に閉口させたようだ。


「お疲れ様。怪我はない?」


「はい!何度か行ったことのある場所だったので、特に問題なく特級結界を突破して侵入、脱出することが出来ました。ただ誤魔化し切る時間がなかったので、私が侵入したことは早晩ばれると思います。おのれぇ、私専門の王国探知部隊めぇ!」


「ラファリアさんの対策部隊は王国に幾つあるんだ?」


 俺は疑問を口にしながら執務室の椅子から立ち上がった。


 早晩ばれる、か。


 その言葉が俺の背中を押したことは否定は出来ない。必要に迫られなければ俺は、ラファリアさんが作ってくれた椅子にずっと座したままだったのかもしれない。


 父から受け継いだ年季の入った上着をゆっくりと脱ぐ。それから、隣で真っすぐに立つ悪そのもののような鎧を俺は指差した。


 ちょっと悔しいことに、ラファリアさんの願いは叶うだろう。


「これ、装備しても大丈夫なんだよね?」


 ラファリアさんにそう問うと、鎧の制作者である部下はどこかにんまりとしながらも、目を輝かせて何度も頷く。


「勿論です!身体能力超強化や不撓不屈、悪鬼羅刹に覆滅繚乱、神片障壁なんかのスキルを私が鎧に貸し与えていますので、魔王にだって負けませんよ!これを装備したシェルバーラさんに平伏す人間の姿が見られると、私の中でホットな話題になっているところです!」


「話題がマニアックすぎるよぉ……トンデモスキルは発動しないようにしてくれないかな?」


「ええっ!?」


 俺の言葉を聞いたラファリアさんが至極残念そうな声を上げる。それから、ゆっくりとした歩調で俺に近寄って来て、右手を鎧にかざした。


 もう一度だけ確認を取るように円らな瞳で俺の顔を見てきたが、その端正な顔立ちに少し動揺しつつも俺は今一度首を縦に振って見せる。


「うぅ……さよなら、私の中で話題のシェルバーラさん。いい夢を……」


「シェルバーラさんは生きてるからね。ちなみに今日の夢見はすごく悪くなると思うよ」


 溜息をつきながら鎧に触れた。すると、鎧の部位一つ一つが自動的に動いて一瞬のうちに俺は全身鎧姿となる。どんな仕組みなんだ、これは。


「それで、どこに出立なされるのですか?ロキャスティナ伯爵様」


 真面目な表情に戻ったラファリアさんに、俺は問う。


「王城に乗り込むことは出来る?」


「……出来ますけど……それは流石の私でも、シェルバーラさんの立場が非常に危うくなると分かりますよ……大丈夫なんですか?」


「今更だ。巨悪と呼ばれているなら、その通りに行動しようじゃないか」


 伝説級の魔法や武器を前にしてもそうそう傷がつかないとお墨付きの鎧を装備しているせいなのだろうか。俺は柄にもなく高揚し、少しわくわくしていた。


 ……本当にトンデモスキルの発動は無効化されているんだよな?


「待ってください!!」


 そう少し疑問に思っていると、俺とラファリアさんを呼び止める声が執務室内に響き渡った。


 自称Sランク冒険者の声だ。彼女は弟を少し引き離し、それから俺たちを真っすぐに見つめてくる。


 俺は頷いた。彼女も王国に思うところがあるのだろう。


 ならば、共に行こう。


「我が一族の回想はどうなるんですかっ!?呆気なく打ち切られたんですけど!?」


 ――俺は無言でラファリアさんが用意したワープゲートを潜った。






 まさかワープゲートの先が、国王の私室だなんて予想していなかった。


 俺の前にはしわがれた老人がいる。王冠は禿げた頭部になく、絢爛をマントを脱ぎ、取り巻きの一人もいないその老人はしかし、突如現れた俺たちを見て驚愕はしたもののそれ以上の醜態を晒すことはなかった。


 それが私室に居る時でさえ一個人として動けない王として身に付いた習性なのか、それともこの老人が真に王としての気質を持っているからなのかは分からない。ただ老人は、俺の後ろに控えたラファリアさんとSランク冒険者をしばし見つめた後に、全身鎧姿の俺を見てほくそ笑んだ。


「貴様がロキャスティナ伯爵か。威圧のための仰々しい武装なぞ、狡すっからい小心者の考えそうなことだ。それにまさか"人類の敵"を籠絡した巨悪が、王の寝室に無断で立ち入るネズミのような輩とは想像だにしていなかったぞ」


 俺の後方から、ラファリアさんから途轍もない殺気が溢れる。この鎧を装備していなければ俺も寝込んでいたかもしれない禍々しさだ。


 流石の国王も自らの喉に両手をあて、口を大きく開閉させる。呼吸が正常に出来ていないのかもしれない。


「止めよ」


 出来るだけ、重々しく。鎧でくぐもった俺の声は、自分でも驚くほど低いものだ。


 殺気が霧散する。呼吸の許された国王は、激しい息遣いで酸素を肺に取り込んで大きなベッドの上に座り込んだ。


「っはぁ……はぁ……ふん。どうやら、ただ私の命を奪いに来ただけではないのだな。そう言えば、我が四万の軍勢はどうしたのだ?壊滅したのか?」


 何故か壊滅したことを期待するかのような色を湛えて王が問う。だから俺は正直に、首を横に振った。


「ほぅ。"人類の敵"の力を用いればそれなりに容易く四万を葬れるだろうに、そうはしないのか。流石に我が王国だけでなく、他の勢力からも確実な脅威と認知されるのは避けたいのか。まぁ無駄であるがな。そ奴は、殺すことでしか己を表現できぬ化け物なのだぞ」


 そうして国王は、俺が聞こうと思っていたことの一つを自らぺらぺらと喋り始める。いかにして幼いラファリアさんから力を削ぎ、そして兵器として使うための"教育"を施したのかを、元王国特務部隊の隊長以上に懇切丁寧に教えてくれる。


 俺に対する挑発なのかもしれない。だとすれば、確かに効いている。


 ――聞くに堪えない。


 俺の背後で佇むラファリアさんは、特に国王の言葉に対して反応を示していない。彼女にとっては、骨を折られようが食事を取れないように口を焼かれようが戯れに四肢を切断されようが幼い身で魔道具や魔武具の実験台にされようが、国王曰くすぐに元通りに再生するようだから気にならないのかもしれない。


 ふざけるなよ。


 俺の眼前で"人類の敵"を下卑た笑みで語るこの老人は、少しでもラファリアさんの人間らしい緩んだ表情を見たことはなかったのだろうか。


 俺のような凡人や領民たちでさえ何度も見たことがある、目を奪われるその笑顔を誰かに向ける機会は一度もなかったのだろうか。


 別に俺じゃなくても良かった。特別な何かなんて必要ない。誰か一人でも"人類の敵"に兵器としてではなく人間として手を差し伸べていれば、彼女はきっとそれに応えていたんだ。


 ふざけるなよ。


 最期だからとばかりに顔を醜悪に歪めて話す国王より、今度は自分自身をなじるためにもう一度。


 Sランク冒険者だと自己紹介された。


 俺の部下だと勝手に自称する規格外だと思った。


 予言に記された"人類の敵"だと聞かされた。


 王国特務部隊の猛攻に晒されていたあの時。何であれ、死にかけた人間を見捨てられないから。俺はただ凡人らしく、深く考えずにそれだけの気持ちでラファリアさんを部下にしたんだ。


 でも、今回は違う。


 彼女が"人類の敵"であることも、そんな彼女を部下にすることで世界からどう思われるかも、俺自身が人類の脅威として捉えられることも分かりながら宣言するんだ。


 ただの凡人でも、ただの一伯爵としてでもない。彼らが恐るべき"人類の敵"と認識している存在を、部下にしていてもおかしくない立場を騙って。


 それに――いつもやり過ぎるのはラファリアさんなんだ。たまには俺がやり過ぎたって、いいよな?


「黙れ」


 俺は有無を言わせぬ口調でそう老人に言った。実際のところ、この悪の権化のような鎧はとても有効だった。俺のほとんどない威厳を補う様に、正に威圧的な悪として演出してくれる。


 それに客観的に考えてもみろ。俺の後ろには"人類の敵"と、刺客として送ったはずのSランク冒険者の姿があるんだ。それを見て、俺の正体がただの凡愚だと気付ける奴なんているだろうか。


「……これはこれは。強い言葉だ。いよいよ私の最期の時かな。いいだろう。貴様らの脅威を諸外国に改めて知らしめるためなら、この枯れた首など幾らでもくれてやろう」


「黙れ。私はお前の些末な命などに興味はない。それでも今日ここにわざわざ足を運んでやったのは、警告のためだ」


「警告?……貴様は真に何者だ?"人類の敵"を味方につけているのだ。まさか本当に、ただの一伯爵なわけがあるまい」


 秀才では駄目だ。天才でも駄目だ。王や、魔王でもまだ足りない。"人類の敵"を従えるに足るには。


「戯れに教えてやろう。私は……私は上位存在だ。貴様らの言うところの神の、その化身だ」


「……は?」


 まぁ、そうだよな。は?ってなるよな。


 咄嗟に出てきた言葉に、自分自身でも若干狼狽えているくらいだ。背後から、珍しくラファリアさんが慌てているような気配すら感じる。


 まぁ、いつもラファリアさんのやり過ぎに慌てさせられているのだから、たまにはその気分を部下に味わってほしい。


「何を馬鹿なことを……神を騙るなど、王にすら許されぬ所業だ!狂っているのか、貴様!?」


「狂っているのはお前だ。神の化身でもなければ、どうして神の僕たる"人類の敵"を一個人が味方に出来ると言うのだ?」


「……」


 この王は何も知らない。


 ラファリアさんが頭を撫でられてにやけることも、ネーミングセンスが壊滅的なことも、笑顔が心奪われるほど可憐なことも。


 この王には想像することも出来ない。


 王国にとって、いや人類にとってラファリアさんはどこまでも恐るべき脅威でしかないのだ。


 だから悪名を利用してやる。本当に神と思われなくても構わない。天空に浮かぶ領地に手を出すことを、諦めさせさえすればいいんだ。


「改めて言おう。私が今日ここに来たのは警告のためだ。空に浮かぶ我が領地に手を出すな。手を出せば王国だけとは言わん。この世界の全てを灰燼に帰してやる。その代わり」


 俺は呆気に取られているラファリアさんの肩を軽く叩いて続ける。


「手を出さない限りは、神の僕たる"人類の敵"が予言通りの行動を起こすことはないと保証しよう。これは神の化身たる私の、慈愛に満ちた最大限の譲歩だ。そしてそのことを王国は、人類国家に知らしめよ」


 俺の言葉を受けたしわがれた老人は、その垂れた皮膚に覆われた手で頭を抱えながら呟いた。


「……今に神罰が下るぞ。恐ろしくはないのか?」


「神の僕を利用し続けた貴様らに未だ下っていないのだ。何を恐ろしがる必要がある?……私の警告に対する返答は、七日以内の四万の軍勢の退却をもって聞くこととしよう。断るならば、お前の責によって世界が滅ぶことを忘れるな」


「……」


 返事はない。


 ラファリアさんが設置したワープゲートが、暗い部屋に淡い光をもたらした。


 小柄な老人は、俺がワープゲートを潜るまでいつまででも項垂れていた。






「ああああああぁぁぁぁぁあ……やりすぎたぁぁぁああ。俺は何であんなに強気に出れたんだ?」


 執務室に戻って『伯爵絶対守護鎧』を脱いだ後、俺は自分の行いを振り返って虚空に潰れた声を吐き出した。


 領地を、領民を、自身を、ラファリアさんを守るためだ。後悔はしていない。だけど、自分の行動に思うところが無いわけがない。


 そんな自己嫌悪に陥る俺に対して、部下がごく自然に言った。


「きっと、士気高揚や鼓舞なんかの精神系のスキルが発動していたせいですね」


 は?


『伯爵絶対守護鎧』のスキルは発動していないはずでは?


「……スキルは発動していないんじゃないの?」


「発動していなかったのは、トンデモスキルだけです。普通のスキルはずっと発動していましたよ?」


「そっかー、確かにトンデモスキルを発動しないように、としか言ってなかったなー……」


 俺は机に突っ伏した。


 結局。ラファリアさんを振りまわすどころか、いつも通り振り回されていたわけだ。いや、確認をしなかった俺が悪いんだけど。


 とは言え、先ほども思った通り俺は後悔はしていない。国王に突きつけた条件は、俺自身の意思から生まれたものだ。


 凡人が、肩書だけでも凡人から脱却して出した結論は、とてもスマートなものではなかっただろう。


 神算鬼謀の策士ならば、王国内を扇動して俺の立場をひっくり返せたのかもしれない。万夫不当の勇士ならば、己の力をもって国王に要求を通せたのかもしれない。


 でも俺はただの一伯爵で凡愚だ。ジョーカー(ラファリアさん)はあるが、しかしそれに全てを任せてはいけない。部下に自身の決断さえ委ねるなんて、それは上に立っているとは言えないだろう。


 凡愚が凡愚なりに出したその決断は、さてはてどうなるのやら。


「まぁ取り合えず、王国軍が一週間以内に退却するよう祈るしかないな」


「大丈夫ですよ!なんたって神の化身様の御言葉ですからね!」


「……言うじゃないか」


 俺は両手を伸ばして、ラファリアさんの頬を軽く抓った。






 五日後。


 王国軍は退却を開始した。とは言え、この先王国が領地に攻めこんでこない保証はない。この退却は策を練るための時間稼ぎかもしれないし、ひょっとすると本当に神の化身の威光に平伏したのかもしれない。


 考えたって、凡人には分からない。ただ隣で笑うラファリアさんの表情が明るくなったのは間違いないことだ。


 それでも彼女は聞いてきた。


「シェルバーラさん。私は本当にここに居て、迷惑をかけ続けることになってもいいんでしょうか?」


 俺は溜息をついた。何て今更な質問だ。もっともそれはきっと、彼女がこれまで聞くことが出来ずに抱え込んでいたものなのだろう。


 だから俺は更にもう一度溜息をついて見せて、それに答えた。


「当然だよ。俺はラファリアさんの生涯のただの上司、シェルバーラ・ロキャスティナ伯爵だからな」


 神の化身なんかじゃない、俺自身の平凡さを伝えるように。

ここまでの読了ありがとうございました。前作が一巻の冒頭部分なら、今回は一巻の最後の章のような感じで書きました。流れがあれで、Sランク冒険者の名前すら出せませんでしたが……

前作が自身の想像より遥かに多くの方に見て頂けたのですが、そのこともあったのかかなり難産でした。正直、前作を見て下さった方の期待に応えられたのかと言うと全く自信はありません。最後らへんの流れは後で修正するかもしれません。ですが、少しでも楽しんで頂けていれば幸いです。

改めて、御読了ありがとうございました。

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