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①-1

 


 夏の日差しが訓練場を照りつける。


 水分補給の水が入った樽を乗せた台車を押して歩く少女は、艶やかな黒髪を後頭部の高い位置で結い上げ、真っ白なうなじを晒していた。


 コンタクトレンズの便利さに気づいてからは、顔の半分を覆っていた丸メガネをやめて素顔をさらけ出している。

 化粧をしなくとも十分に大きな瞳は海の蒼さを映し出し、ぷるんと潤った唇は薄紅に色付いている。


 白く平らな額を伝う汗を指先で拭えば、たったそれだけの動作に騎士団の団員たちは目をハートにして華奢な指先を追った。


「みなさーん! 水分補給してくださーい!」


 口元に手を当てて声を上げる彼女――副団長直属秘書官のサーシャに、「はぁい♡」と返事をする団員たち。


 夏用の制服は、半袖の白いシフォンブラウスに濃紺の棒タイをしている。膝丈のフレアスカートは棒タイと同じ濃紺で、彼女の足の細さと白さを強調した。


 メガネをやめて、コンタクトにしただけで団員たちからの扱いが変わったのには驚いたが、それも慣れてしまえばどうってことない。

 ただ、厄介なのは――


「ケルルさん、重たいでしょう、俺が押しますよ」

「いや、オレが手伝うぜ!」

「私が、」


 そう、男ばかりな騎士団に華を求める団員たちだ。


 汗臭い男共と幼少期から共に過ごしてきたサーシャだからこそ平然としていたられるが、うら若き乙女がこの立場であれば悲鳴を上げていたことだろう。

 筋肉隆々の男性に迫られて怖くないはずがない。


 上半身裸で、筋肉に汗を滴らせる団員たちに苦笑いをしながら、コップに水を汲んで渡していく。


「私の仕事なのでお手伝いは結構ですよ。それよりも、引き続き訓練頑張ってくださいね」

「はぁーい♡」


 すっかりアイドルの気分だ。

 見た目を変えただけでこんなにも扱いが変わるなんて、男の人ってこれだから、と肩を竦めた。

 水は全員に行き渡っただろうか、と見渡して、訓練の指揮を執っていた副団長様――ラインハルト・ロンメルと目が合う。


 彼にも水を、と目を逸らそうとした瞬間、甘くとろける笑みを向けられて顔が真っ赤に茹だってしまった。


「な、ぁ、え、」

「サーシャちゃん? どうしたんだ?」

「あ、え、きょ、今日は熱いですね! 逆上せてしまったみたい!」


 上擦った声に動揺がバレバレだ。

 しかし脳みそも筋肉でできている団員たちは「そりゃ大変だ! 早く日陰に!」と言ってくれる。鈍感な彼らでよかった。


 ラインハルトとは、秘密の恋人である。

 聖女様との婚約破棄、宮廷騎士とのお見合い破談事件。養い親にバレないはずがなかった。怒髪天、とまでは行かなくとも、怒られたのには間違いなかった。

 そして、「気づけなかった俺も悪かったな」と溜め息を吐きながら頭を掻いた。

 兄妹同然に育ったのだから、と反対されるかと思いきや、血は繋がっていないのだから良い、とまで言われてしまった。


 ただし、騎士団の風紀の乱れに繋がるから関係は公にしないように、と口を酸っぱくして言われた。

 それでも、養い親が関係を認めてくれたことには違いない。あのときのラインハルトの喜びようったら今までになかった。

 むしろ養い親も泣いて喜んでいた。


「こぉーんなに小さかったお前たちがなぁ……両想いだったとは」


 まさに男泣きである。


「俺にも水をくれるか、サーシャ」

「は、はい……副団長」


 ポッと、頬が赤くなる。夏の暑さだけじゃない。


 いつもは第一ボタンまで留められているワイシャツの胸もとは大きく開き、逞しい胸板が目に入る。

 見ちゃいけないものを見てしまった気持ちになる。


 ドキドキしながら水を手渡して息を吐く。


 秘密の恋人と言うだけでも胸が高鳴るのに、夏になってからラインハルトの露出度(袖捲くりとか、首元を緩める程度)が高くてとても心が苦しい。

 こういうのをオタクは「尊い」と言うのだとつい最近学んだサーシャだった。


 


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