第9話 意外な展開
時刻は午前二時を回ったところ。召喚の大部屋にある降り立ちの間には、召喚符コーニャたちがわらわらと所狭しとおり、一同は寝相の悪いオッサンを中心に……、元い勇者真一を中心にそれぞれが床にくつろぐ形で座っている。
「コーニャぁ~、召喚符コーニャに飲み物を持って来て貰ってもいいかな?」
「え? そんなことも出来るの? この子たち」
「ああ、何だって出来るよ」
「何だってて……、あなたまさか……」
「コーニャ? 君は何を考えているんだ? 私は悪いことを彼女たちに頼んだことは一度たりともないよ。それは断言出来る」
「どうだか。フフッ」
魔女コーニャが、ちらりとフランツ医師を見る。
「コーニャぁ~」
「冗談よ、フランツ」
「全く君は」
「ウフフッ」
小悪魔魔女コーニャの茶目っ気に振り回される真面目な医師フランツであった。
「それで召喚符コーニャ……、長いわね。う~ん、この際……、彼女たちの名前は、フラウでどうかしら? 私のミドルネーム、ダリアフラウから取った名前よ」
「可愛いですの」
ナーシャ姫が言うと、皆がうんうんと頷く。
「では早速、フラウたちに飲み物の用意を頼みましょう」
フランツ医師がいうと、タルマ王が絡んで来た。
「ふむ。幸いこの大部屋には、一通りの設備がある。キッチンもあるし風呂もある」
「そうですわね、万が一とか利便性とか考えて。なんかどんどん設備が増えてしまったのですわ」
「ええ、そうでした。ですから、診療所もあれば、病室もある」
「図書室もあれば、遊戯室もある」
「宿泊なんかも出来ちゃいますねぇ~、ベッドのある部屋が数部屋ありますし」
「フォホホホ、最早、一つの部屋とは言えませんなぁ」
「ふむ」
タルマ王に続き、皆が口々に大部屋について話す。
「サボるのにも隠れるのにも最適ですの」
ナーシャ姫が口を滑らせる。
「これ、姫」
「ナァ~シァアァ」
「後でお話しがあります」
「え? えぇ~」
ナーシャ姫をギロリと見る母、ターニャ王妃。その目にハッとしてナーシャ姫は気付くのであった。お小言が待っていると……。シュンとするナーシャ姫である。
クスクスと笑いが零れ、その場は和む。
「フォホホホ」
豪快にルーブル魔術師が笑うと、
「では、フラウたちに頼みましょう」
ルーブル魔術師の笑いで場が和み、待ってましたとばかりにフランツ医師は、召喚符コーニャたちを集めた。先ず、名前が付けられたことを説明すると、召喚符コーニャたちは皆にペコリと頭を下げて嬉しそうに笑った。そして暫くすると、数人が何処かへ行ってしまった。
「皆様の好みは大体分かっているつもりですので、私が適当にフラウたちに飲み物の用意を頼みました」
フランツ医師が皆にいうと、行き成り魔女コーニャがフランツ医師の襟首に掴みかかる!
「何をするんだ、コーニャ」
驚いたフランツ医師がいうと、
「フランツ! あの子たちは、フラウたちは笑ったりするの? ねえ、あなたに仕事を頼まれて笑顔を見せたりするの?」
「あ、ああ」
行き成りの意図の分からない魔女コーニャの質問に戸惑いながらも返事をすると、
「ねえ! もっと教えなさいよ、あの子たちのこと! 私……」
フランツ医師の襟首を掴む魔女コーニャの手が言葉とともに緩む。フランツ医師は魔女コーニャに、
「ああ、ああ、君の意図はわからないが、なんだって教えるよ。その様子じゃぁ、何かの気付きがあったんだろう?」
「ええ、ええ」
フランツ医師はこれまでのフラウたち(召喚符による魔女コーニャ擬き)の病院や研究施設での様子を話した。魔女コーニャが更にと詳しく様子を聞きたがった話しは彼女の納得が行くまで話しをした。周りの皆は、時に関心をしながら時に納得をしながら聞いていた。
「ありがとう、フランツ。私、決めたわ。フラウたちにそこまで意志があるとは思わなかった。彼女たちが、名前を貰ったことで笑ってペコリと頭を下げたのよ。嬉しそうにね。流石、魔女コーニャが作ったものよ! んあぁ~、そうじゃなくて。使い捨ての召喚符ではなく、私の分身? 兎に角、改良をして彼女たちをもっと生かすわよ! う~ん、幸せにしてあげたいわね」
そこまで言うと、魔女コーニャは近くに居たフラウを抱きしめた。
「ああ、召喚符はこれからも作るけれど、もう少し考えるわ。使い捨てとした場合、心が痛まないように」
魔女コーニャはそう付け加えた。
暫くすると、フラウたちが戻り、皆に飲み物を配る。彼女たちの配慮だろうか? つまめる物も用意してきたらしい。粗方、飲み物を配り終わると、フラウたちはにこにこと皆の側に座った。一人が座ると皆の側に控えるように寄り添うようにフラウたちは座る。その様子に皆は更に和むのだった。
「さて、作戦会議ですわよ。夜更け過ぎです。長期戦になりますよ、腹括って行きましょう」
タイミングを見計らったターニャ王妃が話し合いの音頭を取る。
「フォホホホ、作戦会議とな。前の勇者を召喚したのは、百五十年程前じゃったかのぉ。何か、血湧き肉躍るのぉ」
「またこの爺はぁ、あの時は大量のヒューマンの怪我人は出るわ。ドラゴンは一匹だと思っていたら、四匹も出るわ、最後には世界を巻き込んだじゃぁ~ありませんか?」
「フォホホホ、そうだったかのぉ」
「ええ、世界各国、百年に及ぶ復興、そしてその後の五十年。ようやく世界が落ち着いてきたのですよ」
「フォホホホ、そうじゃったそうじゃった」
「まったく」
「フォホホホ」
ルーブル魔術師とフランツ医師の話に、『そうだったな』と、思う面々。皆、どれだけ年を取っているのか? 長寿なのか……。
「おや」
声を上げたのはルートベルト呪術師。
「誰かこの部屋に近付いて来ますね。私の仕掛けた糸に反応しました。速いです、走っています、もう少し近付いてくれると誰か判るのですが……」
「フォオ、此奴め、王城から地下の通路、そして扉の塔まで、呪術の糸を張って来おったか」
「ええ、ルーブル、見て見ぬ振りを決めていたでしょう?」
「フォホホホ」
ルートベルト呪術師の言葉に皆の注目が、降り立ちの間からは少し離れるが、召喚の大部屋の両開きの扉に集まる。
「あら、扉が詠唱に反応していますわ。王族ですわね」
「ふむ」
ターニャ王妃とタルマ王が言葉を言い終わると同時くらいに、扉は開かれ、遠くから左手を胸に当て敬意を払ってから、走って来る者が居た。
「ルベルト王子」
「あ、兄上」
ハアハアと息を切らせるルベルト王子は、そのまま言葉を続けて、
「犯人が、わかりました、ハアハア。あ、それよりも勇者真一様は? ご無事でしょうか?」
「落ち着け、ルベルト。真一は無事だ! 今は爆睡だ」
「へ? 爆睡?」
「よく寝ておる。毒はもう体内には残ってはいない。後は体力が回復すれば元の健康な体に戻るぞ」
「そうですか、それは良かったです」
駆け上がって降り立ちの間、ルベルト王子は少し屈めた膝に両手を付き、息を整える。
「どうぞ」
フラウたちが、布と水差しとグラスを持ってルベルト王子に笑いかける。
「ありがと……、な、なななですか? この魔女コーニャの群れは!」
布を受け取り、汗を拭おうとしたルベルト王子は、顔を上げて見事なほどに吃驚してみせる。
「ああ、僕のフラウたちだよ」
自慢げに行ってみせるのはフランツ医師。
「あ~、フランツは気にしないで。召喚符で召喚したコーニャたちよ。詳しくは後で話すわ」
「そうですか」
フランツ医師に『まったくもう……』と、呆れたといわんばかりの魔女コーニャが、苦笑いと照れ笑いを足して二で割ったような笑顔で補足をするように話す。
「それで、犯人とは?」
タルマ王がルベルト王子に問う。ルベルト王子は、グラスの水を飲み干すと、
「それが……、毒を盛ったのは、勇者真一様の家族だと言うんです。ああ、元家族ですかね、勇者真一様が幼い頃の育ての親と申しますか……。その元家族が勇者真一様に毒を盛ったと、花琉・ローズ姫から報告が入りました」
皆の表情が複雑なものとなる。
「何ぃ? 詳しく話せ、ルベルト」
「御意」
タルマ王が食い気味に迫る。
「私が自分の執務室に戻る途中、シャルルに会いました。人の手配が済み、気になる報告が入ったので私の執務室に取り敢えず、報告の書類を届けておこうとしたそうです。私は私で、そういえば、飯の誘いを寄越したレイシが久々に帰国をしていたことを思い出し、宿のメモを探しに執務室に戻ったところでした」
「レイシ師匠が戻られたのですか?」
「ええ、シャルレタ。明日、薬師の皆に報告をしようと思っていましたが……、今回の件(真一の召喚)があるので、レイシの力を借りたく、シャルルに伝言を頼みました。自ら走ってくれていますので、すぐに会えますよ」
「そうでしたか、ありがとうございます。あの、話の腰を折ってすみません」
「いいですよ」
シャルレタの嬉しそうな顔を見て、ルベルト王子が微笑む。そして話しを続けた。
「それで、シャルルの報告書なのですが。花琉・ローズ姫のもので、勇者真一様を毒殺しようとしたのは、真一様が、三歳から十四歳まで家に籍を置き、つまり、藤宮真一として共に過ごした家族だと報告にあるのです。詳しくは、勇瑠・シャルロト王子と花琉・ローズ姫が、ゲートを通り我が国に帰国されたら話すと……。それから報告書には、急ぎ、ゲート経由で、綾籐青志という人物をお連れしたいと、ありました」
「なにぃぃぃいい」
ルベルト王子の話しを聞き、奇声にも似た声を上げたのはタルマ王で、
「あの、その、兄上? そのあと一つ、急ぎご報告が」
「なんだ、申してみよ」
皆がざわつく中、
「申し上げにくいのですが……、扉の塔に来る途中、地下を通らずに地上、王城の庭の抜け道を通って来る途中に、その、竹千代王に会いました。れい丸が夜泣きでぐずったので散歩をされていたそうです……、兄上、その……」
申し訳なさそうに話すルベルト王子。
「なにぃぃぃいい」
再び絶叫? するタルマ王。
「待て待て待て! 三の字の王、竹千代王に知られてしまっては、国が動くではないか!」
「ええ、そうなりますね。竹千代王は、ハイヒューマンの英雄王ですから」
『ハァ~』と、大きな溜め息をつく二人。
周りの皆もやれやれというような顔をする。
「それで竹千代王は?」
「れい丸の機嫌が直ったら、この部屋に向かわれるそうです」
「なにぃぃぃいい」
「タルマ、もういいわよ。フゥ」
ターニャ王妃に突っ込まれるタルマ王であった。
作戦会議どころではなくなったというよな雰囲気で、その場に居る皆が顔を見合わせて苦笑いをする。
真一はというと『グオォオオ』と、いびきを掻き爆睡中で、それをにこにこと眺めるナーシャ姫。
波乱が巻き起ころうとしていた。