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九話

 マスユに転移で案内された部屋でいただいた朝食は、私の親しんだ物ばかりが出てきました。初日ですから助かりますけれど、食事の作法なども含め覚えることは山ほどありますわね。

 入室の許可を求める声に答えて、この声はレプケだと気づきました。


「おはようございます、アントワーヌ様。昨日さくじつは自己紹介が遅れました、私の名前はレプケデッド、と申します。気軽にレプケとお呼びください」

「よろしくね、レプケ。昨日は私のために遠慮してくださったのよね。あなたのお気持ち、わかっているつもりですわ」


 私がヴァーミナスにすぐ会わせろと言ったから、そんな隙がなくなってしまったのだわ。


「そのように仰って頂きますと大変助かります。朝餉は如何でしょうか? また、メイドに何か粗相などございませんか?」


 レプケはマスユを一瞥して私に訊ねました。本当に気持ちよく躾られた使用人ですこと。


「どちらも大変結構よ。それでレプケ、私は急いで魔族と魔物について、それとディモルト界とこちらの文化について知りたいのですけれど、よろしくて?」


 カフェのカップを置いて、レプケに近づくように手招きをします。


「ありがとうございます、私も本日は正にその内容をお教えしたいと思い参上したのですよ」

「それは丁度良かったですわね。書斎かどちらか、学びやすいお部屋に案内してくださる?」

「畏まりました。こちらにしましょう」


 レプケも小さな手で指を高く鳴らすと、私、マスユ、レプケの三人は転移ワープしていました。


「無詠唱で転移ワープなさるなんて素晴らしいですわ! 早く魔法を習いたいですわね」

「お褒め頂き恐縮です。魔法は追々お教え致しますので、先ずはこちらにお願いします」


 引いて勧めていただいた椅子に腰をかけて、椅子の上に立つレプケに礼をします。


「ええ、よろしくね。レプケ師」

「あわわ~あ! アントワーヌ様、私のような者には敬称なぞ不要です! 何でも言いつかりますので、何卒敬称はご勘弁願います」

「そうなのですか? レプケは地位ある魔術師だとお見受けしたのですが、違うのでしょうか?」

「今からご説明する中にもありますが、ここディモルト界では強さが全ての地位や身分を決めます」

「先ほどマスユから伺いましたわ」

「でしたら話が早いです。今の姿が私の実際の姿なので、私はと、て、も、弱っちいのです。身分も下の下。偶々魔力操作に長けていたため、ヴァーミナス様に拾って頂いた幸運な弱小魔族でございます」

「そうでしたの……それではレプケと呼びますわ。強くなくとも実力はあるという意味で、尊敬に値する方ですわね。ヴァーミナスは人材を見る目がありますわ」

「良かった……という訳です、私のことはこの辺りにして。このディモルト界について、ご説明を始めさせて頂きます」

「お願いしますわ」

「私の作成した魔法で、映像をご覧ください。終わるまで立ち上がらないようにお願いします。では……幻視リガ体験プヒィス


 レプケは呪文を唱えて指をまた鳴らしました。爪が長いのは、魔力を増やすためなのでしょうね。

 ふわ……と辺りに霧状の魔力が漂い始めたのが、肌で感じられます。すると突然、上空からディモルト城を見下ろしていました。


「ぅきうきっ?! た、立ってはいけない、とはこういうことですのね……」


 いきなり浮いたように感じましたので、“ちょっとだけ”驚きましたわ。


「驚かせてしまい失礼しました。先ず、ご存知ディモルト城。この国はディマ国という名称で一般的に呼ばれています、意味は魔族の国ですね。そして城の立っているのが首都ヴァーミナス。これは、常に魔王様のファーストネームになる決まりでございます」


 レプケの説明に合わせて映像が動いて行きます。まあまあ――二十分ほどの映像は主要都市とおおよそ一般的な自然環境を紹介して終わりました。

 ディモルト界はそれほど広くはありませんでした。陸は人間界の一番小さな大陸とあまり変わらない大きさで、他は液状の瘴気と同じ成分で満たされている海。けれど国は一つですから、ディモルト界と言うよりディマ国と言ったほうが正しいですわね。これから気をつけましょう。


「ディモルト界について、簡単にご説明しましたが如何でしたか?」

「大変参考になりましてよ。瘴気の満ちる世界だと違う部分ばかりですわね」

「では次に参りましょう」


 次は魔族と魔物の違いです。人間界でははっきりと分類できていませんでしたが、完全に別物ですわね。


「魔物は人間でいう動物。魔族は人間のように文化、理性と魔力器官を持つ者たちの総称。魔物の中には時に言葉を解するもの、群れを持つ種族が居るが、基本的には本能に従う……勉強になりますわ」

「魔族も植物も、ディモルト界ではすべての命が魔力で育ちます。人間の酸素に似ているのですが、魔力のない空間では魔族は徐々に魔力欠乏症に陥ります」

「似ていますわね。食事も水も必要で、日光に弱い魔族が居るのはディモルト界に太陽がないため……そうだったのですね」


 写真付きの図鑑を捲り、気分は幼い頃のお勉強ですわ。


「因みに、魔族か言葉を話す魔物かを確かめる場合には、伝統的な方法がございます。覚えておいて損はないのでお教えして置きますね、こう指を立てて“喜びで私の魔力が弾けます”と言って指先で魔力を小さく破裂させてください。すると、魔物には小さな魔力操作が出来ないので、同じ動作を返してくれたなら魔族です。これは親愛の挨拶でもあるので、これからお教えする“初会の試し”後に更に仲良くなりたい方にはぜひ使ってみてください」

「魔力が弾けます、が親愛を示す挨拶と。由来は何故ですの?」


 気になった部分は、復習するために旅の間も使っていた手帳に記しておきます。


「かつて、求婚された喜びのあまりディモルト城で魔力暴走しかけた魔族がいました。それ以来、魔族間では魔力暴走の兆しを模してこの言い回しをするのです」

「それは凄い話ですわ。喜びで魔力暴走しかける、なんて言われたら嬉しいのは当たり前ですわね」

「ちょうど区切りでもありますので、文化にいきましょう。疑問にお感じになったかと思う服装なのですが、魔族は体温を魔力で維持しております。気温は季節で上下するのですが魔力器官による体温調整が優秀なので、どんな格好でも暑くも寒くもありません」

「なるほど、それで薄着に……何故なるんですの?」


 暑いのならわかりますけど……平気なら薄くなる理由になりませんわ。

 レプケは申し訳なさそうに目を伏せてしまいました。


「初めに申し上げた通り、魔族の社会は強さが全て。身に着ける物は体温調節に関わりません。つまり、服も“防具”と見なされるのですよ。更に言うならば、殆どの魔族に発情期が備わっており、肌を見せようが何をしようが、発情期以外では生殖活動をめったにしない生態というのも大きいです」

「服が防具の一部……そう言われると、理解できますわ」


 でも納得はできませんことよ。ええ、断じて!!


「因みに言うと、マスユは蜥蜴リザードという種族です。地上で言うトカゲに近い生態を持っていますね」

「わかりましたわ、ではレプケは?」

「私は……発音がこちら特有の物なのですが、小鬼ギルェシと言って、角が特徴の種族です。この体で成人ですので、地上ならば小さい鬼という意味ですね」

「ギ、ルゥ、エ……シ。ウェ、ギルーェ、シ。聞き取るのも話すのも難しいですわ、地上の言語にはない発音が幾つもあるんですのね」

「まま、そちらはまだ先のお楽しみですから。地上といえば、地上にも物を固定や強化する魔法はございますよね?」

「もちろんですわ」

「アントワーヌ様の首飾りに念のため、かけて頂いてよろしいでしょうか? お着替えの後、必ず忘れずに」

「そうでした、これが私の生命線なのですから気をつけなければ。物体強化オブジェンフォース固定ホールド


 陣が浮かび、発動光と共に首飾りに定着しました。これで心配ないですわ。


「美しい魔術でございますね。魔法研究者として、非常に興味があります」

「そうですわよね、まか、ディモルト界と人間界の魔法は全然違いますもの。魔法を教えていただかないで済むようになったら、お礼に私がレプケに人間の魔法をお教え致しますわ」

「本当ですか?! いやーありがたき幸せ。その日を楽しみにしております」


 そしてディモルト界の成り立ちと文字を簡単に習って、最後にお浚いをしました。


「ディモルト界とは、魔族ディマに君臨する王たる者が支えている空間である。ディモルト、則ち魔王が滅べば世界の崩壊であるため、全魔族中最も強い者から選ばれる。魔王が死んだ場合は、自然に魔族から新たなディモルトが誕生する。ディモルトの魂が滅ばない限り、ディモルト界は滅ばない。……いかがでしょう?」

「大変結構でございます! では今日は終わりましょう。魔王様がお待ちですので、ご休憩の後、執務室へご案内致します」

「ふう」


 疲れましたわ。この心地よい頭脳の疲労感が、新しい刺激なんですのよね。


「どうぞアントワーヌ様、お紅茶をお持ちしました」

「ありがとう、マスユ。気が利くのね」


 一口飲んで驚きました。紅茶の香りも味も、まるで自宅でいただくみたいですわ。三年は習わないとお客様には出せない、といつか執事長が言っていましたのに。


「お口に合いましたか?」


 レプケに頷いて、カップを置きます。


「とても私好みの淹れ方ですわ、何故紅茶まで完璧なのでしょう?」

「それは魔王閣下が以前より、人間界の研究をなさっているからです」


 マスユとレプケは勧めていないのにも関わらず、立って同じポットからお茶を飲み始めました。これも文化の違いかしら? 何もかも目新しくて困りますわ。知りたくてたまりません。


「人間界の研究を? ますます不思議だわ」

「実は魔王様は、侵攻を始めたと同時に、地上と和平が結べないかと考えておられました。ですのでその時から今まで、ずっとディモルトでは人間に友好を示せるように、研究をしていたのです」

「見上げた方ですのね。でも、何故侵攻を……あら。それはこれから習うことでしたわね。順番に学びましょう」


 戦争の理由を習うにはまだ早いに違いないわ。最低でも経済と政治の仕組みを理解してからでないと。国内の貴族情勢も関係していることもありますし、あまりいてもよろしくないですわね。


「では魔王様に先触れを出して参ります。マスユ、アントワーヌ様をお連れするように」

「畏まりました、レプケ様」


 ヴァーミナスの元に出向いてからは人間界や私のことを訊かれましたわ。私にできる限り誠実にお答えして、ヴァーミナスの学ぼうという姿勢に心を打たれました。


「そうだわ、ヴァーミナス。こんなにも良くしていただいて、ありがとうございます。マスユもレプケも親切ですし、あなたも私たちのことを知ろうと努力してくださって、とても嬉しい限りです」

「何、こちらからそなたを望んだのだから当然のことだ。もし何か不満や不便があったら誰にでも良いから伝えて欲しい、それがよりい未来に繋がるだろう」

「ええ。和平のためとはいえ、夫婦仲を良くしようというお心遣いも嬉しく思います……ええと、喜びで魔力が弾けますわ」


 人差し指の先で魔力を破裂させました。これで、ヴァーミナスの献身に応えられていれば良いのですけれど。


「フハハ、ああ。我の魔力も弾け飛びそうだ」


 強張らせていた顔を緩めて、ヴァンスも同じ仕草をしてくださいました。レプケに教えていただいて良かったですわ。


「合っていまして?」

「正しい使い方だ。但し、誰にでも行うものではないので気をつけるがいい」


 笑ったのは一瞬で、すぐに元のしかめ面に戻ってしまいましたわ。でも、少しは打ち解けられた気がします。レプケに感謝ですわね。


「ご忠告感謝します、気をつけますわ。こちらの文化も色々と教えていただいてますから」

「……では髪は何故そんなに纏めているのだ? もっと下ろすべきだ」

「これは……いきなりは慣れませんのよ。皆様にお目見えする際には、あなたの妻として相応しく見られるように装いますわ」

「済まない、……いきなり要求が過ぎたようだ。そなたが優秀な為、求め過ぎてしまうのだろう」

「まあ、そんなことありませんわ。私も実力不足と侮られたくはありませんもの。優秀と仰っていただけると、志気が上がりますわ。よくわかってらっしゃるのね」


 わかっているなら、というようにヴァーミナスは頷いてくださいました。その後も二人で会話をしながら過ごし、マナーを習いながらお食事をいただきましたわ。明日からも頑張らなくては。


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