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四十八話

 やっとたどり着いた建物は、『ヴァーミナスキネマ』という名前でした。


「ここで見るのだが、どんな内容の物が見たい?」

「同時にいくつもの劇をやっているんですのね」


 建物の外にも中にもポスターが貼ってあり、地上でいう舞台劇のような物だと理解しました。だったら内容は、決まっていますわね。


「私、ぜひこの演目が見てみたいわ」


 題名は『されど愛に殉ずる』……で、良いと思うのですが。所詮は意訳ですけれど、内容がわかれば充分ですわね。


「そうか、ではそうしよう」


 ヴァーミナスが案内をしてくれたのは、舞台のちょうど中央に当たる二階のボックス席でした。やっぱり劇は特等席で見なくてはね。


 どうやら開演までには余裕があるらしく、一階の席では様々な格好の魔族の方々がひしめき合っていました。


「ねえヴァーミナス、お体が大きくて変身モジョインも上手く使えない方はどうなさるの?」

「ああ、魔法が得意な者に依頼して、小さくしてもらったりしているそうだ」


 なるほど、そういったお仕事にも繋がるのですわね。レプケを知っていると、確かに納得できます。


「アンヌは恋物語が好きなのか?」

「そうですわね、争いの物語よりは好きな程度ですわ。けれどデートではぴったりの題材だと聞きましたから」


 その昔、お父様とお母様も結婚される前にデートで劇を見に行ったのだそうです。


「なるほど、我は苦手でな。どうもこの手のモノは理解できないのだ」

「まあ……でしたら他の作品に致しましょうか? 無理はなさらないで」

「いや、今日はせっかくだからな。何も変えることはない」

「良かったですわ」


 開幕のベルが鳴り、幕が引き上げられると……そこには別の真っ白な幕がありました。


「映写機は以前に見せただろう? これはそれを大きくした物だ。地上の言葉も映されるから、そなたにも楽しめるだろう」

「なるほど、映写機を使った劇なんですのね。とっても楽しみです」


 ヴァーミナスの言う通り、地上の文字がきちんと幕の下の方に映し出され、これはヒアリングの勉強にもなりますわね。

 物語の幕開けは他愛ない日常でした。お互いに、偶然出会っただけのほんのひと時で惹かれ合い……やがて国境間際の町では戦争が勃発します。

 どんどん戦火は広がり、やがて彼女の町にも……そんな時、彼が再び彼女の前に現れます。そう、彼は敵国の兵士でした……町へは斥候として訪れたのでしょう。


『私を騙していたの……!?』

『違う、と言っても白々しいだろうな……君を騙すつもりはなかった。それは本当だ』


 騙すつもりは、なかった……ヴァーミナスの方を向きそうになって、自分を諌めます。

 繋がったままの手が……重ねられているざらついた肌が、私の感覚を浸食して行くような。


『あなたを信じるわ。もう行って、今町はよそ者に敏感になっているから』

『必ず迎えに来る』


 去りゆく背中を見送った彼女は、とても悲しい目をしていました。まるでこの先の未来を知っているかのように……。

 そして案の定、二人の密会を見ていた彼女の幼なじみが、斥候を引き入れたと彼女を断罪します。

 言い訳せずに黙ってすべてを受け入れてしまう女性……。


『ここでお前が俺と結婚するのであれば、命だけは助かる』

『ごめんなさい、あなたの気持ちは嬉しいわ……でもできない』

『何故だ!?』


 幼なじみは彼女が好きだったのですわね……彼女は裏切り者として見せしめに私刑に処される。


『ジーン! ジーン!』


 殴られ、蹴られる中で叫んだのは彼の名前。彼女は迎えに来るという言葉を信じたのです。

 やがて敵国の兵士たちが襲いかかりますが、既に正規軍が陣を敷き終わった後。ゲリラ戦を繰り広げるつもりだった遊撃隊では適うはずもなく、彼は彼女に裏切られたと思い込みます。


『ナタンナ……君が、密告したのか……』


 傷を負い、前後不覚な彼は覚束ない足取りで戦場から離れて行く……そちらには、晒されたナタンナの死体が……。

 彼は自分の間違いを知り、彼女の真の愛に打たれるのです。そこに兵士が現れ、彼女の死体を抱くジーンを一方的に殺す……。


『愛している、愛しているよ……』


 町での戦闘は終わる。そこに残った重なる二つの死体は、幼なじみの手で葬られ墓には二人の名前が。二人は死んでしか結ばれることができなかった。そういう意味でしょうか?

 劇場内には静かな嗚咽が響き、終わりに役者の名前などが紹介されて行きます。

 隣のヴァーミナスを見ると、冷静で何も感情が動かされていないように思えました。


「終わりましたわね」

「ああ、どうだった?」


 感想を求められたのを意外に思いながら、率直な感想を伝えます。


「感動的でした。……でも不可解だったのは、幼なじみの行動かしら」

「あれが感動的、か」

「ふふ。あなたには不可解なお話にしか見えなかったのでしょう?」

「ああ。何から何まで理解できんな」


 それが強者の理屈ですわ。彼は彼女を自軍に連れて行けば良かった。彼女は嘘を吐いて、町から逃げ出してしまえば良かった。幼なじみは彼女と街を守って、彼を倒し正面から愛を求めれば良かった。


「弱い者たちは、自分の望みをすべて叶えることはできないのです」

「……そうなのだな」


 まるで、己には関係無いように振る舞うのね?


「私はあなたのように強くはありません。だからあの二人の気持ちも、少しはわかりますわ」

「良いではないか。我が守るのだから」


 そうね。あなたに守られて、あなたに傷つけられるのですわ。


「頼もしいですわ。さあ、もう出ましょう」


 街でお土産を見て回るうちに、悲しい気持ちは晴れて行きました。だって、それでも私は……。


「アンヌ、これなどはどうだ?」

「もう、少し買い過ぎですわ」

「そうか? お、では今度はあれなどどうだ?」


 ヴァーミナスが指差したのは、クレープと書かれた看板のお店。私は食べたことはありませんけれど、確か持って食べるデザートを提供するのだったわね。

 あら? ヴァーミナスは甘い物が苦手だったはず……?


「美味しそうですけれど、今食べてはランチが入りませんでしょう?」

「いや、半分ずつに分けて食べよう。それなら良いだろう?」


 もしかして、初めからそうやって食べたかったのかしら? そう思ってしまったら、なんだかヴァーミナスが可愛くて笑ってしまいました。

 街中で手掴みで物を食べるのは初めてですわ。でもここには知り合いなんて居ませんし、今日ばかりは何でも楽しみませんとね!


「だったら良いわ。色々な味がありますけれど、どれがよろしい?」

「アンヌが決めれば良かろう」


 譲ってくださるのは嬉しいのですが、そんな風に言われたら飛びっきり甘い物にしたくなりますわ。


「では……チョコストロベリー生クリームが良いですわ!」


 見本を指さすと、店員さんは笑って『はい、ただ今』とお玉を持ってクリーム色の生地を広げていきました。

 そうしてできあがったクレープは、見本とほとんど変わらない物でした。中身が見えやすくなっているだけ、みたいね。


「ん、甘くて美味しいですわ! あなたもどうぞ?」

「あぁ、頂こう」


 私が口元に差し出したクレープをかじるヴァーミナス。甘い物なのに、苦い顔をなさるのがおかしくって、とうとう大笑いしてしまいます。


「あはははっ! ごめんなさい、ヴァーミナス。ふふ、無理に食べなくて良いのよ? 苦手、なんでしょう? うふふふっ」

「む、知っていたのか? 甘い物が嫌いだと……」

「ええ。でも、あなたが食べたいと言い出すものだから、どうするのかしらと思って。あははっ、おっかしいわ」

「そんなに笑うな。見られているだろう?」

「大丈夫ですわ、私がヴァーミナスと笑っていたら、皆単にはしゃいでいるだけと思います」

「そうは言うが……」


 恥ずかしがって、情けない顔をするだなんて、余計にからかいたくなってしまうわ。ふふ。


「ではもう一口いかが?」

「……うぷ、済まないが食べてくれるか?」

「くく、ええ、仕方ないわね。後は私がいただきます」

「おい、ヴァーミナスじゃないか?」


 話しかけられた方を見ると、獅子の顔をした二足歩行の男性が歩いて来ました。たてがみが特徴的で、とても立派ですわ。


『ベイス、久方ぶりだな。どうした?』

『それはこっちの台詞だよ、ヴァーミナス。おっと、初めましてアントワーヌ次期王妃様』


 二人が話し出したのはこちらの国の言葉で、私はヒアリングはなんとか覚えたのですが、まだ上手く発音できる自信がありませんでした。

 けれど、何度も練習した自己紹介ならできるはず。自信のない素振りを見せないように、にっこり微笑んで話します。


『初めまして、ベイス殿? 私はアントワーヌと申します。ヴァーミナスと結婚の約束をした者です、よろしくお願いします』

『俺はベイス・ヂーテ。ふんふん、遠目でも思ったが、近くで見ても良い女だなぁ。よろしくな、アントワーヌ様』


 視線で値踏みした後に笑顔、はあなたを受け入れるという意味。ちょっと早口だとわからなくなりますが、悪い印象にはならなかったみたいですわ。

 ほっと胸をなで下ろすと、横から肩を引き寄せられました。あら?


『おいベイス、あまり近寄るな。我の物だぞ』

『へーへー、それはそうとヴァンス。アントワーヌ様に何も言わなくて平気か? 困ってるぞ』


 うぅ、何故ヴァーミナスは突然怒り出したんですの? 私が習った言葉より発音が曖昧で、訛りが入っているらしく今のはほとんどわかりませんでしたわ。


「済まないアンヌ、こいつは我の友人だ。地上の言葉も話せなくてな……アンヌ?」

「ま、まあ! あなたのご友人?! もっと早く教えてくださいませ、今すぐ紹介をしてください」

「紹介? どういうことだ?」


 そうでした、こちらには親や友人たちを知人が紹介するという文化がないのですわ。訊きたいことがある時は、自分で訊ねるのでしたわね。


「えーと、いつからのご友人ですの? お仕事も教えていただけたら嬉しいわ」


 ヴァーミナスは頷くとベイスさんに向き直りました。


『ベイス、お前今は何をしている? アンヌが知りたいと』

『お、美人に興味を持ってもらえるのは嬉しいね~、今は坑道の監督だよ。にしてもお前、鼻の下伸ばし過ぎだろ』

『うるさい、一言余計だ』


 あぁもう、もどかしくてたまりませんわ。こうなったら、奥の手を使うしか……。


「どうやら、魔石採掘の責任者をしているらしい。これは学友でな、魔王になる前からの知り合いだ」

「そうなんですのね。……ねえヴァーミナス、私の無知を晒してしまうようで申し訳ないのですけれど、意思疎通の魔法をベイスさんに使わせていただいてもよろしいかしら?」

「意思疎通の魔法? 何故?」

「だって、あなたの昔のお話を訊きたいではありませんか。まだ上手くしゃべれなくて、聞き取りも訛りがあるとよくわからないのだもの。ベイスさんに訊いてみてください」

「……わかった」


 ヴァーミナスはベインさんに話しかけると、今日一番聞き取れない速さで話し出しました。


『ベイス、お前邪魔だ。せっかくの時間をお前に取られたくない、それとなく去れ』

『お前なぁ、何話してたかわかんねえけど絶対アントワーヌ様の意思関係ないだろ。相変わらずの傍若無人っぷりだ』

『我こそが魔王であるぞ』

『出た、決め台詞! しゃーねぇなぁ、もう。じゃあ仕事があるから、アントワーヌ様に悪いとでも言っておいてくれ』

『ゆっくり言えば聞き取れるそうだ』

『お、マジか。ごほん、仕事の合間なので失礼致します。またの機会によろしくお願いします』


 お辞儀をしたベイスさんは、申し訳なさそうに去って行ってしまいました。……残念だわ、でもお仕事では仕方ないわね。


「ねえヴァーミナス、今度ベイスさんをお城に招いてもよろしい?」

「そ、そんなにあれが気に入ったのか?」

「? あなたのご友人ですもの、仲良くさせていただきたいですわ。それに……私が気になるのはあなたのことよ。いけない?」


 途中で、これが嫉妬なのだと気づきましたわ。おかしな方、たった一言の会話で嫉妬するなんて。


「我のことならば我に訊けば良い」

「はぐらかすのはどこのどなたかしら? 私、やんちゃな過去を聞いたくらいでは嫌いになったりしませんわ」

「……わかった、当分先だろうが予定を入れておく」

「ええ、お願いね♪」


 クレープを食べ終わると、どこか落ち着いてランチを食べられる場所を探して、街の外に出ることになりました。

 念のため、とサングラスをかけると、横から取られてしまいました。


「ヴァーミナス、悪戯しないで返してくださいな」

「こんな物要らぬ」


 あっ、と言う間もなくヴァーミナスは手で砕いてしまいました。


「酷いわ! なんてことをするの?」

「どうせジェリアータの保険なのだろうが、不愉快だ。こんな物なくともそなたを危険な目には合わせない」


 つまり……強者としてのプライドが傷つけられた、ということかしら?


「ごめんなさい、あなたの力を疑った訳ではなくて……でも壊すことはなかったわ」

「う……我こそ済まない、他の男からの贈り物に苛々してしまった」

「ふふ、おかしな方。ジェリーはレプケ一筋ですし、もっと言えば服飾士として一流の仕事をなさっているだけよ。……私は、あなた一筋だわ。ね?」

「アンヌ……」

「では仲直りですわ。ちょうど良いから、ここでランチに致しましょう?」

「ああ、そうだな」


 転送ヴィフを使って、ランチに必要な物を呼び寄せてどんどん並べて行きます。

 とてもドキドキしますわね、ヴァーミナスは美味しいと言ってくださるかしら?


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