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四十六話

 お勉強に噂話の収集、私もヴァーミナスもやることは山ほどあります。やるべきことに追われていたら、もう明日はデートの日になってしまいました。今日は自由時間を使って、お弁当の仕込みをしたいと考えています。

 既に厨房を使わせてもらえるように許可は取ってありますわ。一人でお料理をするのは初めてですけれど、きっと慎重にやればなんとかなるはずです。……多分。

 そうですわ、手順を旅の手帳を見て確認しましょう。スズカとスターシアにいただいた助言が書いてありますものね、これでどんな料理でもどんとこいですわ!

 えーと、食材や調味料の確認と下拵えを疎かにしないこと。あらかじめ地上の物を用意するようにお願いしたおかげで、きちんと揃っているように見えますけれど……作り始めてからでは遅いですからね。

 ……あら、私としたことが……生地に混ぜる予定の薬草はムッカナン地方の特産品ですわ。もちろんこの場には置いてありませんし、こちらの薬屋も都合良く持ってなどいないでしょう。

 必要なのは明日ですけれど、採りに行くタイミングは今しかありませんわね。


「マスユ、ちょっと出かけてきますわ。すぐに戻りますので心配なく」

「は、え! 困りますアンヌ様」


 当然マスユは許可なく地上に行く私を止めますわよね。でも、浮上ヴィリルルは使えないのですから強行で構いません。ほんのちょっとの間です。


「大丈夫ですわ、五分程度のことです。浮上ヴィリルル

「お待ちくださっ」


 さあ、ぼやぼやしていたらお兄様に見つかってしまいますわ。この泉の周辺に生えているはずですから、採取してしまいましょう。

 ォッ……何やら不穏な声が……気のせいだと願いながら、私の心臓の鼓動が無様に跳ね上がります。


「ひぃあェェ! ひ、……今のは……っ」


 そういえば、この時期はちょうど奴らの繁殖期。これは、早く水場から離れねば! 私が脇目も振らず横の茂みに足を踏み入れた瞬間――!

 ゲコ、ゲコォ!


「イヤァァーーー!」


 目の前に突如として現れたのは、おぞましき蛙! 鳥肌が一斉に全身を包み、思わず体を庇ってしまいます……ああ、久々にドレスの布面積が狭いことが恨めしいですわ!

 いえ、お、怯えてなど居ません。とにかく離れるのよ。奴から目を離さずに……なあっ?!

 あの、醜い姿の向こうに群生しているのは、目的のブツ! これは、奴を越えろという試練だと神は仰いますの?!

 う、うう……足下も確認しないと、悲劇が置きますわ……慎重に……くっ、なんて高いハードルですの。

 ――――深呼吸をして……まほうつかいの本分は何? 思い出すのよ、魔法ですわ。そう、魔力を練り上げ、陣を構成……食らえっ!!


「我が魔術を女神に捧げる。醜き標的を無慈悲なるたなごころで凍てつかせよ! ……氷晶抱華ベラワーズ・サティ!!」


 この魔法は、私が奴らカエルのためだけに独自に開発した魔法。五つの異なる術式を持つ魔力結合結晶を作り、花弁のように組み合わせ、中心に閉じ込めたカエルを絶対に逃がさない!

 静寂――奴は私の魔法の前にひれ伏したのです。


「こ、これで……私の勝ちですわ! あなたには負けない。私は勝ったのよっ……さあ、薬草を……」


 勢い良く足を踏み込み、ゲロン! ピチャッ、グェバヂュッ――――――。

 濡れた音と、奴の存在を知らしめる声そして――な、何故?

 確かに奴は、凍っているはず……思うように動かない首をひねって横を見れば、直径約一メートルの透明な結晶の中央に閉じ込められている、仇敵カエル……。

 パッとヒールの下を見、潰……? かえ……る……もうダメですわ――――。


「……アンヌ、アンヌ! 起きて、大丈夫かい?」


 まさか、もう一体居ただなんて! 無念ですわ……ごめんなさい、ヴァーミナス、レプケ、マスユ。あなた方のことは決して忘れませんから……!

 あの身の毛もよだつ感触ッッ、ああ足を洗って靴を捨てなければ。当分内臓料理はごめん遊ばせ。


「アンヌ! うなされて可哀相に……起きて!」


 呼びかけられ目を開いた先には、懐かしい金髪に温もりの感じられるはしばみの瞳、そしてお父様に良く似た口元の男性……ミシェイルお兄様にそっくり。


「まあ……ふふ、私ったら恋しいあまりお兄様の幻影を見るだなんて……」

「恋しがってくれたのは嬉しいね、でも私は幻影じゃないよ。大丈夫かい? アンヌ」

「……はッ!? 本物のお兄様! ……ごめんなさい、気が動転して失礼なことを……」


 しかも、こんな、お兄様を地面に座り込ませて枕代わりにしていただなんてっ! 恥ずかしいですわぁ!

 慌てて地面に手を付いて、起き上がります。するとお兄様はむぎゅっと胸の中に引き込みました。ちょっと痛いですわ。


「良いんだよアンヌ、久しぶりだね」

「ええ、お久しぶりですわ。私はもう大丈夫です、何故お兄様はここに?」


 というより、私は何故ここへ? 見覚えのある森ですけれど、まさかムッカナンなのかしら?


「そうだね、私はアンヌの魔力痕がいきなり発生したって報告を受けて、転移ワープして来たんだ」

「まあ……ではここは、ムッカナンですの?」

「そうだよ、よく昔一緒に遊んだ泉のそばさ」

「お、思い出しましたわ! や、奴はどこに!?」

「ああ、奴ならもうこの辺りには居ないよ、私が掃討しておいた」

「良かった、助けていただいてありがとうございます。お兄様」


 そう……私は魔王とデートの約束をして、お弁当を作るために故郷へ。そうしたら立ちはだかる強敵カエルに出会い、辛くも敗れたのでした……。ま、また気を失うだなんて……っ。


「私がアンヌを助けに駆けつけるのは当たり前だよ、それじゃあお家に帰ろうか? 妙齢の貴婦人がそんなに肌を見せたらいけないよ? ほら、これを着て」


 紳士のお手本であるお兄様は、ジャケットをそっとかけてくださいました。


「お気遣いありがとうございます……でもダメですわ、お兄様。私には大切な使命がありますから、今はお兄様に甘える訳には参りませんの」

「アンヌ……お父様に聞いたけれど、和平のために魔王の妻になんてならないでおくれ。大丈夫、こう見えてアンヌが居なくなってから修行したからね、魔界も魔王も勇者も私がひねりつぶしてあげるよ?」


 こ、このお兄様の笑顔……私に思い通りにならないことはない、と勘違いさせた元凶! 危険ですわ、お兄様の優れた容姿、教養や柔和な雰囲気に油断した女性が何人も操られたこと……ちゃんと知っていますのよ。

 これこそ私がお兄様を必死に避けた理由ですもの。いつも甘やかされて……任せてしまえば良いと勘違いするのはダメよ。私は私の頭で考えて選ぶのですわ。


「今日はお会いできて嬉しかったですわ、またきちんと実家に帰りますので、その時にたくさんお話致しましょう?」

「ああ……やっぱり魔王討伐になんか参加させるんじゃなかった。ずっと私のお姫様で居れば良かったのに……転移ワープするから、じっとしてて」


 まずい! う~、こうなったら奥の手です……! 声は甘く、舌っ足らずに――表情は無邪気な笑顔で。


「ねぇお兄様、お家に行くのでしたらアンヌ(・・・)のお願いを聞いてくださらない?」

「もちろんだよ、何でも言ってご覧?」

「アンヌ、久しぶりにお兄様とお馬さんに乗りたいですわ! ここで待って居ますから、お馬さんを連れてきてくださらない?」

「うんうん、わかったよアンヌ。すぐに連れてくるから待っててね?」

「もちろんですわ!」

「行って来るよ。転移ワープ


 お兄様は小さい頃のしゃべり方で我が侭を言うと、二つ返事でお願いを聞いてくださいますのよね。流石に二十二歳で自分を名前呼びは……ッ! “お馬さん”も寒過ぎですわよ!

 お兄様には悪いですけれど、これでどんなに魔法を駆使しても五分は稼げますわ。今の内にブツをゲットしてずらかりますわよ!

 目当ての薬草を適当に採取して、ジャケットの内側に魔法でメッセージを残しましょう。

 『ごめんなさい、大好きですわ。アントワーヌ』。

 魔力捜索で探知できる範囲内に、お兄様の気配はない……よし。


沈下ヴィタレレ……ただ今、マスユ」

「アンヌ様! お帰りが遅いので心配致しました」

「迷惑をかけてごめんなさい、ちょっと地上の薬草を採ってきただけですのよ」

「そうですか……ご無事で何よりです。ですがその、顔色が青ざめていらっしゃいます……いかがされました?」

「あ、ああ。気にしないで頂戴、それより紅茶を淹れて。いつもより濃くね」

「は、はい。ただ今ご用意致します、少々お待ちください」


 ふう――カエルの次にお兄様と遭遇するだなんて……しかも、たった十分の間に。

 マスユが手早く用意してくれた紅茶を飲むと、ダブルインパクトからは立ち直れたみたいですわ。


「ありがとう、とっても美味しかったわ。今からお弁当を作るのだけど、味見役をお願いできる?」

「はい、畏まりました。もし良ければ、私の同僚を一名同席させても良いでしょうか? 最近アンヌ様付きになった者ですので、身元は保証致します」

「ええ、構わないわ。味見役は多い方が確かですものね」


 やっと全ての材料が揃いましたわ。エプロンを身につけ、髪が入らないように三角ずきんを後頭部で結びます。


「では始めますわ、二人共座って待って居てね、手出しは無用よ?」

「「畏まりました」」


 火を止めて……後は余熱調理ですわ。野菜の皮むきも完了しましたし……お皿に飾りつけてと、できましたわ。


「お待たせしてごめんなさい、さあ、召し上がれ」


 卵は少し見た目が悪くなってしまいましたけれど、概ね上手くいきました。これも手帳のおかげですわね。

 食べやすい大きさに切って、テーブルの上に置きます。


「謹んでいただきます」

「……い、いただきます!」


 どうかしら? 一から十まで一人で料理をしたのは初めてですから、ちょっと緊張してしまいます。


「美味しい……!」

「まあ、本当?」

「はい、とても美味しくできています」


 私も席に着いて料理を食べ始めます。そして二人に失敗してしまった点を言ったり、ディマ男性の好む味付けを教えてもらい、新たに手帳に書き込んで行きます。


「ああ、だから味が薄くなってしまったのね。気をつけるわ」

「そういえばアンヌ様、採取なされた薬草はどちらに使われたのでしょうか?」

「ああ、あれはサンドイッチのパン種に混ぜる予定ですわ。あまりお待たせしては二人に悪いですから、今日はシェフが焼いたパンで作ったのです」

「なるほど、どういった薬草なのですか?」

「これは消化を助ける作用がありますの、ムッカナンでは古くからシチューやパンに使われてきました」

「魔王閣下のためを思ってなんですね、流石はアントワーヌ様でございます!」

「そんなに褒めてもこれ以上の物は出てこないわよ。今日はありがとう、マスユ、ジジ。とっても助かりましたわ」

「こちらこそ、アントワーヌ様の手料理をいただけるだなんて思っても見ませんでした。ありがとうございます」

「お役に立てましたなら幸いです」

「後片づけをするから、もう下がって良いわ」

「アンヌ様、片づけなど下働きにお任せください。私に命じてくださっても構いません」

「構わないで、お料理は片づけもしてこそと習ったのですから。薬作りでもしていることですわ」

「でしたら、私共にも手伝わせてくださいませ」

「ふふ、そんなに言うのなら少し手伝ってもらおうかしら」

「畏まりました」


 三人で調理器具を洗って片づけると、作業は素早く終わりました。昔は命令するばかりでしたけど、自分で動くのも気分が良いものですわ。

 明日のデートだけは、何もわずらうことなく思いっきり楽しむことにしましょう。期待に胸が高鳴りますわ。


エプロン姿+三角巾で後ろ姿のアンヌと、初めての手料理をzizi様に捧げます。

皆様いつもありがとうございます。


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