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三十六話

 ショウユが勇者を襲撃したと知ってから三日――まだヴァーミナスは私に会いに来ません。城に帰って来ても、必要な仕事をすると地上に出て行ってしまうのですって。

 今日はお茶会を控えていますので、特別にお散歩をしています。あまり体を動かさないでいると、反応が鈍くなってしまいますから。


「こんにちは、アンヌ様。今日もお美しいですね」


 私に会いに来るのは――パティだけ。けれど二人きりではないので、ディマンテレイアのことを訊きたくても訊けないのですわ。

 今もマスユが後ろに居ますし、私も流石にマスユには聞かせたくありませんもの。


「お世辞をありがとう、パティ」


 マスユは私が受け入れていると知って、パティと会っていることを誰にも言わないと言ってくださいました。

 取り留めのないお話しかしませんし、どうせどこに行ってもついて来るのですから、気にせずお散歩をしましょう。


「つれないなぁ。ね、今日はどんなお勉強をされたの? 教えてくださらない?」

「今日は薬草のお勉強をしましたのよ」

「あれ、アンヌ様って薬草学に興味がおありなの?」

「おありも何も、私は薬師の娘ですのよ。それに赤い雨に傷ついた方々と新しいお薬をお作りします、と約束しましたの」


 何故ご存知ないのかしら? 夜会でお会いする初対面の方にさえお声をかけていただくほど有名な話ですのに。


「そうだったんだ! ごめんね、僕ってついこの間まで地上で人間の都市を管理してたからさ……決してアンヌ様のお話に興味がない訳じゃないからね?」

「ちっとも気になりませんから、心配無用ですわ。それより、パティが地上の都市を治めていただなんて初耳ですわね」

「あれ~? 言ってなかったかな。じゃあおあいこだね! アンヌ様がもしよければ、僕が薬草について教えて差し上げましょうか?」

「パティが薬草について? お詳しいんですの?」

「うん。だって僕、その技能を買われて今の地位まで昇進したんだよ。いちおー今の同業者の中じゃ、トップの評価なんだ!」


 ひ、人は――ディマも見かけに因りませんのね……! 良い笑顔のパティは『どうだ』と言わんばかりに胸を張りました。前がお臍まで開いた服ばかりお召しになるのに、そんな仕草をなさってははみ出しますわよ? 気にしなさそうではありますけれど。

 ええ、この方がどんな性格であろうとも、お仕事や技術には関わらないのですわ。それにしても……。


「意外ですわね。夢魔クブス族は魔法や薬に頼らない魅了を好むと習いましたのに」

「うん、僕が好きなのは恋愛における作用じゃないよ? むしろ逆。薬って耐性があったり体質によって効き辛かったりするだろ? 恋に耐性ができる薬とかないのかな~? って思って薬草学に入ったんだ」

「そうなの……よくわかりましたわ。それで、恋に耐性のできるお薬は完成しましたの?」

「あら、それを訊いちゃう? 実は僕が望んだような薬は無理だったんだよね。僕がその薬を飲めば、ちょっとはストーカーとか減るかなって思ったんだけど、でも諦めないで研究は今も続けてるよ」


 ストーカー……なるほど、別れた恋人だったり、望まない方に好意を寄せられることもあるのでしょう。

 にわかに信じられなくとも、誰でも良い訳ではないそうですもの。魔法薬を作る上では細かい魔力操作は必須ですし、向いていらっしゃったのね。


「苦労なさってるのね……そうですわ。もし失礼でなければ、私にもぜひその知識の一片をご教授くださらない?」

「ほんとに? 僕は大丈夫、あ、じゃあ。今からでも教えてあげられるよ!」


 バッっと腕を広げて私の行く手を阻み、見つめられて手を取られました。私はこんな見え透いたスキンシップにときめいたりしませんわよ。


「ありがとう、お優しいんですのね。けれど今日は大切な用がありますの。また今度お願い致しますわ」

「今度なの? 明日でよければ、僕は明日でも大丈夫だよ?」


 ……かなり積極的に約束を取り付けようとなさるのね。確かに嫌な気はしませんわ。声も瞳も、いつもこちらへ好意を伝えて来なさって……流石は百戦錬磨。


「では、明後日。レプケにも居ていただきたいので、午前中でも構いませんこと?」

「もちろん! うわぁ、嬉しいな。聡明なアンヌ様のお役に立てるなんて! ふふ♪」


 くっ、自尊心をくすぐるのが上手ですのね……。これは微笑まずにはいられませんわ。


「わざわざありがとう、パティ。きちんとお礼をしたいので、もしよかったらその日は一緒にお昼をいただきませんこと?」

「本当に?! アンヌ様の為ならいつでも、僕の時間は空いてますから! 絶対に一緒に食べましょうね?」

「ええ、必ず。あなたってお友達としてなら、とても良い方ですのに」

 思わずそう呟いてしまいました。けれど、もしパティが女性でお友達になりたがっているのだとしたら……迷うことも警戒することなく、誰にも隠す必要もなく会えますのに。

 パティは不思議そうに首を傾げると、後ろ向きに歩きながら腕を組んで羽を大きく広げました。


「んー。僕の基準だとお友達はキスとか色々するんだけど……アンヌ様の仰るお友達じゃ足りない、って言えば伝わるのかな……そうだな。強くて素晴らしい男が居たら孕みたくなるし、美しくて豪胆な女性が居たら孕ませたい。それが僕の、ミュジィエクブスの本能なんだよ」


 そ、それはまた……本能、と来ますのね。確かに生物として子孫を残すのは重要な本能ですわ。

 しかも厄介なことに、法律違反ではないんですのよね。既婚者が伴侶以外の方との間に子供を成しても、全員の同意が得られれば大丈夫なのですって。認知されなかった子供は殺してしまわれることが多いそうです。産まれる前も、産まれた後でも。残酷なようですけれど、それは致し方ないことでしょう。

 重婚も可能ですし、そうなると国が子供を作れと言っている以上、罪ではなく……。


「そうですわよね……」


 私が一方的に嫌っているだけ、と言われてしまえば否定はできませんわ。ディマだからと全員がこのような特殊な考え方をするのではなく、地上のように一夫一妻が当たり前の種族や、多夫多妻が当たり前の種族(クブスもこれに当てはまりますわ)も居て……宗教と同じように、あまり凝り固まった考えでもいけないのかもしれない、と思うようになりましたわ。

 だってヴァーミナスも一国の主。私を正妻に娶ったら妾や愛人は当たり前、いつか第二妃を迎える日が来るでしょう。王の血を残すのは必要なことですし、魔族と人間の間には子供を残せないのですから。


「アンヌ様? 大丈夫? ご不快にさせてしまったのかな?」

「いいえ! いいえ、私の常識では考えられないこととは言え、罪にも当たらず同意を得てのことですものね。パティを不快に思った訳ではありませんの」

「うん、なら良いんだけど。僕って実はまだ未婚なんだよね。アンヌ様が結婚してくれるなら、絶対に浮気しないって誓って改宗しても良いかなーって考えてるんだよね」


 はい? 改宗とは――サターナ教徒になる、ということですの? まさか……不義密通を許さない、一夫一妻の宗教ですのに。あり得ませんわ!


「ご冗談でしょう? そもそもあなた、パティには何人のお子様がいらっしゃいますの?」

「冗談ではないんだけど。えっと、産んだ子? 産ませた子?」

「あ、合わせてですわ」


 うう、それは両方おりますわよね! 今は妊娠なさってはいないみたいですけれど、やっぱり抵抗がありますわ。


「待ってね――生死を問わないなら百十一名、かな。案外自分で産む数が少なくてね。最高で七つ子だし、最近は産んでもらってばかりだなぁ」

「……多過ぎませんこと?」

「そうかな? 確かに両性だからちょっと多いかもしれないけど、僕のお母さんは今も産み続けてるから、産んだ数はそろそろ千の大台に乗るんじゃなかったかな? 超えたんだっけ?」

「マスユ! お願いだから、これは異常だと仰ってくださいな!」


 非常識過ぎるパティの話に耐え切れなくなり、後ろのマスユを振り返りました。


「ご安心くださいアンヌ様、この方は異常ですし、お母様は生ける伝説と称されておられる方です。アンヌ様でなくとも、恐怖や嫌悪を感じられる方は大勢います」

「恐怖は酷いなマスユ、リザードだって多産の種族だろ? マスユの兄弟は十人も居るんだろ?」

「リザードは卵生ですので当たり前です。それでも生涯で百も子供を成す訳でもございません」


 ですわよね! ええ、どんな種族の方とお子様を成されたのか知りませんけれど、七つ子なんて人間では先ずあり得ませんわ。


「――とにかく。未婚なのにそんなにもお子様がいらっしゃる方に、私しか愛さないと言われても到底信じられませんわ。そうお思いになりません? マスユ」

「申し上げ難いのですが、こと恋愛に関してだけは、ノバティー伯爵様のお言葉は信じられます」

「な、何故?」

「でしょう? 僕だって地上に居たから、改宗とか宗教を甘く見てる訳じゃないよ。だんだん、アンヌ様になら一生の愛を捧げても良いなぁって思えて来たんだ」


 パティの言葉が終わるのを待って、マスユは口を開きました。


「このお方は、自分の愛が欲しければ羽を自ら引き千切れ、と言われてそうなさったことがございます。他にも、恋人の期間は魔法を使うな、であるとか逆に魔術を自分の為だけに使えであるとか……様々な条件を出され、それら全てをその場で快諾して一度も破ったことがないのです」

「本気ですの? パティ、今例えば私が何か条件付きで……結婚は無理ですけれど、期間限定の恋人にして差し上げると言ったら、どこまで飲めますの?」

「全部本気も本気だよ? 条件は具体的に言ってもらえなきゃ、なんとも言えないな。でも~ん~アンヌ様に本気が伝わるんだったら、例えばで言った条件を完全な自己満足によって満たすくらいには、うん。本気で好きです」


 つまり、この方は本当に不可能でなければ何でもするし、今改宗しろと言ったらそうなさる、のだわ……。

 これには流石に、不実や冗談を理由に嫌う心が揺らぎました。


「では――例えば、私がたくさんの恋人や、肉体関係のあるお友達と現在関係がある方は論外ですわ。と言ったら?」

「あ、そうだったんだね! じゃあ今日から止めるし、みんなとお別れしておくね! アンヌ様のお心を得られる可能性がまだあるなら、僕はそうしますよ」

「嘘をお言いになったら酷いですわよ?」


 疑う気持ちより、信じる気持ちが勝った瞬間でした。そうだわ、そろそろお茶会の準備をしなければいけないかしら。


「言いませんって♪ それじゃ、僕はお仕事に戻りますね。明後日、楽しみにしてますから!」

「ええ、ご機嫌よう」


 ちょうど、お散歩を終わらせようかしらと考えたところで帰られるなんて。去り際も心得ていらっしゃるわね。

 ……何かしら、この優越感、のような気持ちは……たくさんの魔族に魅力的に映っているパティを、私の言う通りにさせた……それが心地良い。確実に危ない兆候ですわ。


「アンヌ様、あれがノバティー伯爵が愛される理由であり、また領地を持たせられない理由でもあるのです」

「なるほど……恋人が移住したり領民に子供を産ませたりで済めば、可愛い方ですわね」


 好きになってくれるなら、領地を全部あげる! とか言いそうですもの。あれでは昇進できなくて当たり前ですわ。

侯爵以上は義務として領地を持たなくてはならないのですもの。


「お察しの通りでございます。地上の都市を無血制圧なさった功績で、再び昇進の話は出たのですが、ご本人が辞退なさいました」

「ううん、きちんと自覚がおありになるのも、また困り者ですわね」

「私も、久々に会ったら凄く魅力的になったね。と先日口説かれました。もちろんアンヌ様の居ないところではそのような方です。しかしあの様子では、本気でアンヌ様の愛を得ようとなさっているようですが」

「すべて本気だと仰ってましたものね。それは良いとして、お茶会の準備と着替えをしなければ。帰りますわよ」

 指を鳴らして転移ヴィンを使いました。ドレスは動き難いですから、着替えの前に会場の確認からですわね。

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