↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/51

三十五話

 気づいてしまったからと言って、騙されているからと言っても私の役目は変わりませんわ。

 ルビー様にお約束したお茶会のために、講義の時間を使ってレプケに遠見の鏡について学ぶことにしました。

 大丈夫、いつも通りで居られるわ。不思議なほどに心は揺らがなくて、なんだか心と体が表裏に分かれてしまったみたい……。


「だから今日は、遠見の鏡についての講義にしていただきたいの。色々訊きたいことがありますし、構わないでしょう?」

「もちろんでございます! ではアンヌ様のお部屋にお邪魔させて頂きますがよろしいでしょうか?」

「ええ。もちろんよ」


 私は指を鳴らして自室に転移《ヴィン》しました。昨日はパティがいきなり現れたので、念のため詠唱しましたけれど、もう無詠唱で転移できるようになりましたのよ。

 転移《ワープ》ではなく転移《ヴィン》なのは、発動光と簡略化のし易さの問題ですわ。ワープはヴィンに比べると小回りが利き難いんですの。でも長距離転移や大量に荷物があるならワープを選びますわね。


「す、素晴らしい……この上達速度は間違いなく日々のご研鑽の賜物でいらっしゃいますね!」

「フフ、褒めすぎよレプケ。さあ鏡の使い方からね。魔力を通せば良いのかしら?」

「はい、まずはあちらに見えます……」


 鏡の縁(ふち)の頂点に飾られた石に魔力を当て、ルビー様にいただいた地図を鏡台のへこんでいる部分に置きました。

 すると読み込んだ情報を解析したのか、鏡の表面にこの位置情報を保存しますか? とディマの文字で浮かびました。

 すらすらとは読めませんけれど、ディマの文字も大まかな意味を掴めるようになりましたわ。でも説明だとわかっているからであって、なんの情報もなく見せられたら多分理解できないでしょうね。


「凄いわ……こんな技術があるだなんて! 保存に魔力を当てて――これで良いのよね?」

「はい、この鏡は頑丈に作ってありますので、よほど雑な扱いをしなければそうそう壊れる物でもありませんから、後はお好きなように学ばれた方が良いかもしれませんな」

「そうなの。では動かすのは一人で探りながらやりますので、質問に答えてくださる?」


 まあ、ルビー様のお屋敷の鏡と繋がりましたのね……。ふむふむ……一度切って――位置情報なしだとどのように動くのかしら?

 あら、許可なしだと何も映りませんのね。向こうが許可を出すか、こちらが許可を出しておけば接続できると。よくできてますのね。


「はい、どうぞどうぞ何でもお訊ねください」

「先ず、これは地上の鏡には繋がりますの?」

「それは不可能です。ディマ産出の金属と専用の装置が必要なので、一般のただ物を映すだけの鏡には繋がりません」

「なるほど、では地上に通信したあの遠見の鏡が例外だということ? 鏡以外の物に映像を届けましたわよね」

「その通りでございます。あれはディモルト城に一つしか存在致しませんし、移動させることもできません。あの部屋全体が一つの魔道具でございますから。以前ご説明致しましたように、魔王様のみ入室可能で、許可権限をお持ちです」


 それで鏡の間なのね……。因みにあれをヴァーミナスに復讐のために使わせて欲しいと相談しましたら、国宝なので易々と許可は出せないと言われました。当然ですわね。

 えーと、魔力量に応じて通信可能範囲が変わります……では私の魔力で繋げられる限界がわかりますのね。一番遠くの鏡を指定――。


「ふやぁっ?! い、いきなり繋がりましたわ?!」


 鏡は瘴気海と思しき風景を映し出しています。許可もないのに繋がるだなんて――不意打ち、いえ油断……ちょっとしたミスですわ。驚いてなんていませんのよっ?


「あ、ここは陸の最極地点にある鏡です。リンクフリーになってますので、誰でも様子を覗けるのでございます」

「そうでしたの。リンクフリー……そのような鏡は他にもありますの?」

「はい、公共施設前や国主催のお祭りの際や掲示に利用されており、それに民間でも設置してあることがございます」


 こんなにも情報伝達方法が進んでいるとは、それは文明も進むはずですわね……ディマ特産の金属、装置……。


「別にこの装置は瘴気中でなければ動かない、という訳ではありませんのよね?」

「はい、魔力は必要ですがアンヌ様でも動かせますので、他には特に……」

「では地上にも設置していますのね?」

「ウグっ、まあその通りでございます……魔族領の都市、重要な拠点には幾つか設置してございます」


 やはり――街に攻め入った時、妙に援軍が早く来て不思議に思っていたのですが……謎は解けましたわね。


「この遠見の鏡はおいくらですの? 実家に設置できたらとても便利ですわ。婚約のご報告にも使えますし」


 いえ、報告はしようと思えば今だってできます……けれど勇気が出ませんわ。こんなことを一人で決めてしまって、お父様に怒られるか悲しまれるか……どちらであっても気後れしてしまいます。


「そうですね……このサイズですと百二十ルリアほどでしょうか?」


 ほど、というのは流通貨幣が異なっているからですのよ。こちらの単位に直すと……百九十二ナンディ――であっているかしら?

 レプケやマスユは何でも地上の単位に合わせてくれますので、覚えが遅くなりますのよ。親切ですからありがたく思っていますけれど。

 私のこの前の舞踏会で仕立てさせたドレスが大体八十ナンディですので、妥当と言えば妥当でしょう。


「当然とはいえ値が張りますのね。けれどこんなに大きくなくてよろしいのよ、小さな物の方がお安いんですの?」

「携帯式は逆に値段が上がりますが、機能だけを持たせた小型の鏡台でよければ、八十ルリアくらいの物がございますよ」

「機能だけで構いませんわ。ただ母に差し上げたいので、少し装飾を凝りたいんですの。ジェリアータなら引き受けてくださるかしら?」


 お父様、お母様――そしてミシェルお兄様。会いたい……ホームシックかしら。

 どうして今まで、懐かしく思い出すこともなかったのでしょう? これも寄生植物のせい? まさかね。


「ええ、そのような仕事も引き受けているようです……」


 フフ、レプケったら、ジェリーのお名前を聞いただけで身震いするほど恐れているのね。


「では遠見の鏡を買いましょう。手持ちのお金で足りるかしら? 確認しなければ……」

「いやいやアンヌ様。ご自分でお買いになられなくとも、ヴァーミナス様に一言欲しいと仰られればプレゼントしてくださいますよ」

「良い加減ヴァーミナスに甘えきりではいけないわ。もうこちらに不慣れとも言えませんし、買い物くらい相談するまでもありませんわ」


 そう、私はずっと親切なヴァーミナスに甘えていたのだわ。考えずとも用意されることに慣れてしまった……だから色々な疑問や印を見逃して来た。

 もうこのままでは居られない。――ヴァーミナス。


「それはもちろんそうなのですが、あれで魔王様も男ですから、やはり女性に頼られると嬉しいものなのですよ」


 ……そう言えば私、あまりヴァーミナスのことを知りませんわ。幼い頃にやんちゃであったのでしたら、もしかしたら性格などもわざと見せないようになさっているのかも……。

 今でしたらレプケに訊けますわ。一度疑いを持ってしまうと、きりがありませんわね。


「そうなの? 私にはそうは思えませんのよね……ねえレプケ、あなたから見たヴァーミナスはどのような性格かしら? 答えてちょうだい」

「魔王様の性格、ですか……そうですねぇ……少々怒りっぽいところがございます。ですがそれは、魔族を束ねるのに必要な要素でもありますな。ディマは実力主義ですので、お力を見せないと国が回らなくなるのです」

「なるほど、怒りっぽいのね。じゃあ何が好きであるとか、苦手な物は?」

「お言葉ではありますが、そういったものはご本人にお伺いするのが一番ではありませんか?」


 もちろんそれが一番でしょう、本人が偽ってさえいないであれば――ね。


「ですわね、でも今はいらっしゃりませんし。それに、他の方から見た姿を知るのも大切ですわ」

「確かに……ヴァーミナス様は何よりアンヌ様がお好きですよ。苦手な物は、甘い食べ物と女々しい言動でしょうか? 虫唾が走るそうですよ」


 ヴァーミナスらしいわね。甘い物が苦手でしたら、お弁当のデザートは工夫するのが得策かしら。

 あら、私が好き?? 聞き間違い? いえ、これはレプケが気を遣ったのかも。


「レプケったら私が婚約者だからと、そんな風に答えては参考になりませんわ。もっと正直にお答えになって」

「え、いえ。そのような意図は全くございませんが。他に……好きな食べ物でしたら、カーフという野菜を茹でて召し上がるのがお好きです」


 そんな意図がない? レプケの答え方はとても自然で、逆に不自然ですわ。ヴァーミナスはレプケに普段から、私を好きだと伝えている――ということになりますわよね。

 遠見の鏡は地上にも繋がる……まさか。本当に私をずっと前から知っていた? これは……今考えるべきことではありませんわね。


「それは良いことを聞きましたわ、ありがとう」

「お役に立てましたなら幸いです。鏡の業者は如何されますか? すぐにお呼び致しましょうか?」

「いいえ。そんなにすぐでなくてよろしいわ。お金も足りないかもしれませんもの。それよりもヴァーミナスはどちらにいらっしゃいますの? こんなに長く城に居ないのは異常でなくて?」


 もう舞踏会の日から二日……流石におかしいですわ。やはり勇者に何か……?


「それがですね! 大変お伝えし難いのでございますが……アンヌ様の名代を騙り、地上の聖教会に勇者を狙って魔族の一人が攻め込みました。和平が拗れてしまいそうで、対処に追われておられるのでしょう」

「なんですって?! 何故そんな大切なことを言わないでおいたの!? すぐに詳細を報告なさい。下手をしたら、何もかもめちゃくちゃになってしまいますわ!」


 聖教会は女神サターナのお声を聞く、ただ一人の聖女様がおわす場所ですのよ?! そこに襲撃だなんてありえませんわ!

 大使としての私の信頼も和平の印象も最悪になりますし――くっ、どこのどいつか知りませんが、その魔族は完全に敵ですわ!


「は、はい! 報告書はこちらに……魔王様より、和平会談の日までには必ず事態を収束させる、との伝言もございます」


 レプケの手から報告書を受け取りつぶさに読んで行きます。

 ……地上にて魔族領都市の一つを治めていたショウユ・マスター・ド・ドラクル・ヴァンパイア(三十四歳、女性)が……まさか由緒正しきヴァンパイアの血筋を持ちながら、国家反逆罪に等しい真似を――愚かですわ!


「赦しませんわ! このショウユは今どちらに囚われていますの?」

「現在、その者が治めていた都市にて謹慎中でございます」

「はあ?! こんな大罪人ですのよ?! すぐにも連れ戻して刑に処するべきですわ! 地上にもディマにも示しがつきませんことよ?!」


 私の名前を騙るだなんて良い度胸ですわ……! 誰も死ななかったからまだ良いものの、私の計画を邪魔されて堪るものですか!!

 思わず報告書を握りつぶしてしまって、慌てて皺を伸ばしました。


「ええ、そうしたいのは山々なのですが、こやつは和平に名を連ねることを元より拒んでいた者なのです。本人に聖女様及び勇者様へ謝罪させ和平に同意させる運びになるはずですので、以降の地上への示しを考えますと迂闊な処罰も致しかねます」

「確かにそれは重要ですわ……ことがことだけに、ヴァーミナスが頭を下げて済む問題ではありませんものね――私も地上にこのような指示を出した事実はないとお知らせしなければ」


 どうりで帰って来られないはずですわ。ああ忌々しい。和平と勇者惨殺の両方が困難になってしまったわ……しかし会談への対策が最優先。

 次に予定していた復讐のプランも使えませんわね――そうだ。


「ねえレプケ、このドラクルの治めているディマ国での領地はありますの?」

「それはもちろんございます。侯爵以上は必ず領地を持つ決まりにございますので、ドラクル公爵ももちろん広大な領地をお持ちですよ」

「ショウユの罪で、そこに住む全領民を捕らえなさい。地元の施設で構わないわ。拘留しなさい」

「は……あの、何故(なにゆえ)かお訊ねしてもよろしいでしょうか?」

「愚問ですわ。罪には罰。本人に手を下せないのならば、大切にしている物こそを……いえ、よくお考えになって。思想犯の領民ですのよ? 国を思えばこそ、そうしなければなりませんわ」


 とりあえず事態が完全に収束するまで領民を捕らえておけば、領地はボロボロになるでしょう。広大らしいですし、そちらの手当てと操縦もきちんと考えておきましょう。

 領主が愚かなせいで民は大変ですわね。けれど、国家に逆らう思想を持った領主の治めていた地のディマたちですもの。用心するに越したことはありませんわ。

 あらかじめ経済や領地への影響を計って再興への計画を立てれば、民は国家に感謝するでしょうし。


「畏まりました」

「それから、この女の素性を調べ上げさせなさい。私は謝罪と襲撃に無関係であることを証明するために、文書を作成します。この襲撃で被害を被った建物や人間へのお詫びの贈り物と、保障の内容を予算と共に見積もり表を出して……もうそのくらいヴァーミナスがさせているわよね。持って来させて。私の名誉と威信にかけて対処しますわ」

「直ちに! 畏まりましてございます!」


 さて、お茶会の招待状は忘れずにお出ししなければ。ルビー様たちにも、私のディマ国での名誉回復の一助となっていただきましょう。

 なんのつもりか知りませんけれど、私を脅かした罪は償わせてやりますわ!

 あら――勇者以外には怒りや憎しみが向けられないのかと思ったら、そうでもないんですのね。

 レプケ……あなたもヴァーミナスの味方だと理解して居ましてよ。けれどあなたは弱い存在。魔法がなければマスユにさえ負けてしまうあなたが、ヴァーミナスに逆らえる訳ありませんわよね。

 まだ、早いですわ。レプケに悟られてしまえばヴァーミナスに知られてしまう。

 ディマンテレイアが消えるまでは……変わらない私で笑いかけて差し上げるわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。