三十二話 スズカ視点
二人の部屋に顔を出して声をかけると、私の部屋に移動して四人で輪になり、仕切り直して二人に詳しく説明をした。
エミリオを横目で見れば……うん、泣いてたってわからない顔になってるね。
ニニラとスターシアの同意を得るために、真剣に話を続ける。
「……だからね? スターシアとニニラが魔法以外で脱出経路を確保したみたいに、もしかしたら魔法じゃない、探知にも引っかからない方法があるんじゃないのか……って考えたの。エミリオに訊いてみたけど、一応自分がおかしいって自覚はあったみたい。でもあんな状況にされたら、誰もその言葉を信じないよね? そうやって魔王はアンヌに近づいたんだよ」
「そうね。私もアンヌの話には違和感を覚えたわ。アンヌが殺す……って言った時にも」
「じゃあ――魔王の目的はアンヌなの? それとも和平? 勇者の孤立?」
伝えてみたら二人も頷ける話だったみたいで、特にニニラは落ち着きがなかった。エミリオが悪いのだ、と思わされていたんだから当たり前だ。
スターシアは確信までは行かなかったみたいだけど……たぶん、最初にエミリオがアンヌに暴言を吐いた場面を見て居ないからだと思う。
ニニラがわからなかったのは――侮辱の言葉であまりにも自分のことを思い出してしまったから、なんじゃないかな……。
想像で決めつけてはいけないけど、あの家族の人たちに会ったら……ううん、いい人たちなの。でも――ニニラはすごく息苦しかったんじゃないかって……同情していた。
「わからない、でもどれかなのは確実だよ。私――本当はエミリオの告白を断り続けてたの。あの魔物に襲われる前にも――告白されてたんだ」
「スズカ、なんでそれを」
「聞いてってば。でも私はアンヌを傷つけるのが嫌だったの。全く違うものだけど――アンヌとエミリオへの好きを量って、アンヌを選んでた」
二人を天秤にかけて……私はアンヌとの友情を選んでいた。今は、どっちも取るつもりで居る。
エミリオはショックを受けてるけど、仕方ないじゃない? もしアンヌが、『スズカなんか友達じゃありませんわ!』って言っちゃったら――エミリオは好きでいてくれるけど、それでアンヌを失ってしまったら――私はエミリオと笑って旅を続けられる人間じゃない。
まだ一人に戻った方がマシ。アンヌを、親友を失いたくない――そう思ったから、告白を受けなかったんだから。
「じゃあなんであの時――私も、って答えたのよ?」
「そう思うよね。だってさ、あの場面で――『考えさせて』、とか『友達で居させて!』とか言える? 私は言えなかったんだけど――きつくない?」
「う~ん、言えないかも……嫌いだったら考えるまでもないけど」
「スズカも憎からず思ってたんだものね……まあ無理かしら」
経緯を見ていた二人は共感してくれた。あの状況で言われたらね、断れないよ。だからエミリオも言ったんだろうけどさ。
「私が告白を受けて、魔王に付け入らせる隙を作ってしまった――それで、アンヌを傷つけて手籠めにしようとしてる。そう考えたら……もしそうなら、どんなにエミリオを好きでも、恋人でなんか居られない。アンヌにも正直にそう伝えるつもり――だから、二人にも協力して欲しいの。アンヌは絶対にエミリオに直接会って殺そうとするはず。じゃなきゃ城の中に入った瞬間に、最低でも広間に入った瞬間に魔法で瞬殺してるでしょ?」
始めは恋人になるつもりもなかった。アンヌが悲しむのが嫌だったから、そうなってしまって悩んだ。アンヌならわかってくれるって信じるしかなくて、そこにあの騒ぎがあって。
――私のせいだ。なんて思ったりもしたけど……今は関係なくエミリオと恋人のままでは居られない。
勇者だと言うなら、その勇姿を私に示して欲しい。アンヌに償って、それで、それからなら――前向きに考えられるかもしれない。
「うーん、確かにね。むしろアンヌはよくプレゼントを受け取ったなー、って感心したくらいだもん」
「そうね、スズカの仮説が正しいんだとしたら、二人はお互いに事態を拗らせて行くように仕向けられてるんだから――最悪の事態にならないように、私たちが協力してアンヌにそれを伝えないといけないわね」
「スズカは昼食会でそれを疑ってたんなら、どうしてアンヌに言わなかったんだ?」
「それ、本気で言ってるのエミリオ?? あんたね、あの時に『これは魔王の仕業に違いないよ!』って私が言ったら、『勇者を庇うばかりか、婚約者のせいにするなんて、スズカも見損ないましてよー!』ってなるでしょ?! 私の話まで聞いてもらえなくなったらどうすんの? ほんとになんか湧いてるね、絶対!」
エミリオの頭を掴んで揺さぶってやった。こんなに馬鹿じゃ、まともに話し合いにならなかったのも当然かも……。
「ふふ、スズカとエミリオがそうしてるの、久々に見たわ」
「ね! そんでさ、アンヌがスズカには敵いませんわ――って落ち込むの」
「え? そんな話してたの? 知らなかったんだけど……アンヌはなんでそんなこと言ったんだろ」
「やだわ、本人にはわかってなかったの? 二人共、長年連れ添った夫婦みたいに見えるのよ。最初は三人で驚いたもの、勇者様ってあんな顔するのね……って」
「うんうん。ツーといえばカーだよね、みたくさぁ。出会ったばっかとは思えないくらい息ぴったりで、アイコンタクトも一瞬でも何言ってるのかわかっちゃって――これはスズカには勝てないな。って諦めたんだよ私たち」
ニニラはスターシアに、「ね~?」と苦笑いを向けた。
……知らなかった! 何それ、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど! 夫婦? 息ぴったり?
「――知らなかった」
「だよね!」
「二人とも僕を好きだったのか?!」
「そこかッ! このへたれ! 鈍感、泣き虫、カッコつけ! 恥ずかしいから黙っててよッ、もぉっ」
思わず平手で頭をしばき倒していた。なんなのこいつ? そりゃ、ニニラもスターシアも好きとは伝えてなかったんだろうけど――いや、そういう問題じゃないな、これは。
「ほらね。お似合いだわ」
「ね~え、叩かれても嫌じゃなさそうな勇者様のお顔をご覧になって、スターシア様」
「やだわ、ニニラ様の言う通り。その上スズカ様まで、お似合いって言われてとっても嬉しそうよ。きっとまだお好きなのに違いないわね」
うあー! 茶化すんだからぁ! アンヌが居てくれないと締まらないよやっぱり――。待っててねアンヌ。いや、私が待つんだけど……。
きっと原因を取り除いて、きちんとエミリオに償わせるから。それまで……エミリオは殺させない!
「それはもう言わないで! だから、二人がおかしくなった原因を突き止める為に、次は封鎖されてる魔族の町や村に行きたいって相談なんだけど……どうかな?」
「そうね、勇者様の呪いもだけど、そうするしか手がかりはないみたい」
「でもさぁ、魔族領に行くのは自殺行為なんじゃない? アンヌが罠を張ってたらどうするの?」
ニニラの不安は持って然るべきだけど、私はそれはないと思ってる。
「うん、私たちが来たら知らせるようには言ってると思うけど。和平の前に勇者が殺されるとなると、外聞が悪いよね。大体、私たちも勇者一行だとはわからないようにすればいいかなって」
時期が流石に悪い……アンヌだったら、第一回和平会談の直後に仕掛けて来ると考える。
「そう? 私だったらいくらでも理由ぐらいでっち上げられるけどな。先に封鎖した領地に入って来た、とか魔族が襲われそうで交戦してしまった、とかさ? 勇者だって隠すなら余計だよね」
「う、確かにそうかも……でも行かないと進まないんだよね――」
「だったら、堂々と行けば良いんじゃないの? いっそ、和平の為に順に顔つなぎをしてる、みたいなことにして。こっそりじゃなくて魔族側と教会側、あちこちに平和的な目的だって宣伝してから行けば良いのよ。二人の話を纏めたらそういうことよね?」
おお、ナイスアイディア! そうすればアンヌは殺した後のことを考えて復讐しづらくなる。
「……なるほど、それいいな。スターシアはやっぱり頭いいよな。ニニラもスズカも――僕だけ全然、話がわかってないみたいだ」
「何? 今の話、わからなかったって意味?」
エミリオは小さく頷いた。静かだと思ったら――今のがわからないって、どこがどうわからないんだろ?
「じゃあエムは、今の話聞いて何考えてたの?」
「え、と……正直に言うが、アンヌだったら何がなんでも僕を殺しに来るだろう――魔族に近づいたら終わりだって。後、理由なんか気にする訳ないだろう――とか」
嘘――ちょっと鳥肌が立った。ニニラもスターシアも、顔が青くなってる。
「し、深刻とか言うレベルを超えてるよ……エム、本当におかしくなってるんだ」
「私にも予想外だわ。そこまで操作されてたら――本人を前にして暴言を吐いたり、検討違いなプレゼントも……当然かしら」
「あ、けどスターシアの話を聞いてようやく、何を話していたのかわかったんだ」
「遅いと言うか……正常に戻ったりおかしくなったりしてるのかな?」
ずっとおかしいままだったら周りの人間も気づくし、拗らせるには本人を正常に戻した方が簡単だ。『おかしくなってたとしか言えない』なんて、事実だけど聞かされた私たちには陳腐な言い訳にしか聞こえないもん――。
「だね。アンヌのこと以外でも影響があるみたいだし――うん。私、抜けるって言ってたのナシ! エムとアンヌが元通りになるまで、協力するよ!」
「良かった……ニニラ、ありがとう」
「よし、そしたら善は急げと言うし、聖女様に伝えて魔族領を持つ周辺国にも大々的に触れを出してもらいましょう」
みんなが私の意見に賛同してくれて良かった。もし一人になってしまったら、流石にエミリオを守れる自信がなかった――。
「そうだよね! ちゃきちゃき行こうよ!」
「――スズカ。君のおかげだな、ありがとう」
「あ~、エムったらまた私とスタアを仲間外れにしてー。このニニラちゃんにも感謝の一言は?」
「忘れてる訳じゃないぞ。ニニラもスターシアもありがとう――ほら、一辺になっちゃったじゃないか。一人一人言うつもりだったのに」
「勇者様はそれでこそ、ね! 平気よ。一緒にされたからってなんとも思わないし」
これがエミリオだよね。変に律儀で、ちょっとへたれてて――情けない笑顔で笑う。私が居てやらなきゃ――またそう思ってる私が居た。
「何?!」
突然大音量で鳴り響いたのは、緊急事態を知らせる甲高いコール音――私たちはすぐに所持品と装備を確認して、警戒態勢に入った。
部屋を出て確認に行く前に、開け放してあったドアから息を切らせた神官の一人が現れる。
「た、大変です! 魔族が、魔物を率いて襲って来ました! 勇者様を出せと言っています」
「なんだって?! アンヌ――」
そう言ったのはエミリオだ。んな訳ないでしょ! 聖女様が居るこの教会を襲って良いことなんか一個もないから! 和平をぶち壊してどうするのよ、全く。
「エム。違うよ。アンヌじゃない――それより魔族に襲われてる人たちを助けないと!」
私たちは列を組んで教会の表門まで走った。人々は悲鳴を上げて奥へと避難して行く――誰も死なせない。
スターシアが筋力、体力、様々な補助魔法をかけてくれる――咄嗟だから万全ではないけど、これだけあれば充分だ。
それより不安なのはエミリオの方。あんなに体力が落ちてたら、まともな戦闘に耐えられるかどうか――エミリオと目が合う。『大丈夫だ』そう言われてる気がして、私も頷いた。
ハッ、もしかしてこれ? これが二人が言っていた通じ合ってるってこと? 無駄に恥ずかしくなってしまった――。
「勇者、出て来なさい! アントワーヌ様の復讐よ!」
聞こえて来たのは、少女のような声で信じられない言葉を告げる魔族の台詞だった。
「止めろ! 僕はここだ。闇雲に攻撃するな!」
「あ~ら、やっとお出ましなの? 待ちくたびれるところだったわ」
「「ニ、ニニラ!?」」
「うぇ、私!?」
砂埃の向こうで魔物の上に座っていたのは――髪の色と長さが違うだけの、ニニラそっくりな女の子だった。
ニニラの髪は鳶色で目と同じ。ショウユって子はクルクル巻く真っ黒な髪を、腰まで伸ばしている。目はよく見えないけど赤系の色かな?
髪型はニニラが完全なショートヘアに対して、ショウユは天然物なのか自然なパーマがかかっている。肌も褐色で声も似てるけど、絶対に間違えないね。
「我が名はショウユ・マスター・ド・ドラクル・ヴァンパイア! 勇者の命を貰い受けに来たわよ!」
醤油マスタード……? ニニラにそっくりで醤油? ダメだ、混乱して来た。あ、醤油は私の国では一般的な調味料だよ、念のため。
「あんた、何魔族の癖に私とおんなじ顔してるのよ! そもそも頭いいアンヌがこんな馬鹿げた強襲かける訳ないでしょ?! 舐めてんじゃないわよショウユ!」
「な、はあァ~?! なんであんたこそショウユと同じ顔なのよ! 気軽にファーストネーム呼ぶんじゃないわよ、名を名乗れ!」
「私はニニラ・ポローネ・エシェト・フォレジシーって言うのよ! 覚えておきなさいよっ……大体ね、アンヌの名前を借りるんだったらもっと信用に足る襲い方してくんない?!」
ニニラは弓を射て、魔物の足止めに有効な放射状連射で牽制している。話ながらよくあんなこと出来るなぁ……。ニラ、ポロネギエシャロット――って、そんな場合じゃないから!
私たちは建物への被害を食い止める為に、塀に向かって突進している魔物たちに切りかかる――魔物へはスターシアの魔法も一応の火力になる。メインはサポートだけど、この魔物たちのダメージは私たちにはあまり通らないから、問題なく全員で戦闘できる。
これならなんとかなりそう――そう思った瞬間に、全魔物の動きが止まった。
「ウフフ、流石に勇者だけあってそこそこやるわねぇ――醜い魔方陣なんか刻まれちゃって、間抜けー♪ あんたに一対一の決闘を申し込むわ! もちろん死んだ方が負けよ」
四人で背中合わせにひそひそと話し出す。
「とりあえず、アンヌの差し金じゃない訳だしどうしよっか?」
「決闘なんて言っても、あの表情は絶対不正するよ、相手にしない方がいい」
あの顔って――あ、表情ね。確かに自分の顔だったらわかるかも。
「じゃあ――動いてない今の内に魔物を掃討しましょう。スズカ、行ける?」
「任せて。行くよ! ――廻り廻りて吹く風よ。我の眼前に立ち塞がる敵をなぎ払わんと――今この剣にその力を宿せ! 旋風分裂剣!」
剣に乗せた魔法を、一番効果の見込めるど真ん中で開放する。私の使える魔法剣技の中では、範囲が広すぎて特定の状況じゃないと効果が出ない大技だ。
当然魔力消費量は激しいけど、剣の振りに合わせて魔力で旋風を操作できるのが最大の利点。建物に万が一ぶつかったら、被害を広げちゃうからね。
四つに分裂した旋風が、動かなくなった魔物たちを次々なぎ払って行く。残るのは死体ではなく、やはり魔石だけ――魔物人形だ。
「あー! ショウユが話してる隙に攻撃するなんて卑怯者! 勇者とか言ってもその程度の男ってことね、やっぱり――う、ヴァーミナス?!」
いきなり醤油――じゃない、ショウユはうろたえ出した。アクセントが“ショ”に来ないとね。
後ろを向いてしまってわからないけど、魔法通信でもしてるんだろうか? あれって結構な魔力と大がかりな陣が必要なんだけどな……。
少なくとも、私たちには見えない誰かに言い訳をしているみたいだった。
「ヴァーミナス、確か――魔王の名前よね?」
防御結界の応用技で、魔物を旋風の中に閉じ込めてるスターシアは、私とニニラの後ろに居る。
エミリオは、私の動きが大技で鈍るのを考慮して前に出ている。殆どの魔物人形が倒れる直前ということもあってか、多対一に慣れているエミリオは次々に仕留めていく。もうこの戦場は私たちの勝利と言っても過言ではない。
後はあのショウユとかいう子を捕まえて真意を問いただせば――。
「いえ、ですから――わ、わかりましたわ。ご命令通りに致します――くッ! 命拾いしたわね勇者! 次はないわ、覚悟しておくことね!!」
「え?!」
ショウユは見事な捨て台詞と魔法人形の核である魔石を残して、一瞬の後消えてしまった……。何だったの、あの子。
疑問はたくさんあったけど、その場に残された大量の魔石を回収して、聖女様や怪我した人の様子を見ることにした。
破られてしまった結界も、再び張り直される。ステンドグラスが割れた教会の中は惨状というに相応しかったけど、幸いにも死亡者はいなかった――良かった。
こうなると、和平会談がどうなるかが心配だな。これで白紙になってしまったら……アンヌはどうするだろう?
和平の証に勇者の剣を封印する話が出ているらしくて、私たちも会談に参加することになったけど……先行き不安だ。




