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二十四話 マスユの日常

 アンヌ様への報告や計画の修正は概ね上手くいきました。これからはレプケ様に師事なさって、いつも通り勉学に励まれるご様子でした。

 ふう……魔王閣下に消されなくて良かったです。さて皆様、先ほどまでの魔王閣下のご様子、いかが思われましたか?

 ようやくアンヌ様と男女として親しくなれたようなのですが、完全に私へ敵意を向けていらっしゃいましたね。そんな目で睨まれても、私は知りません!

 そもそもちょっと人間語の成績が良かっただけの本好きなメイドだった私に、アントワーヌ様に仕えるために人間界のことを学べ、と仰ったのは魔王閣下です。

 私は死ぬ気で勉強しましたとも。ええ、殺されてはかないません。そうして変身魔法は本来の姿よりも馴染み、寝ていても人に近い状態を保てるようになりました。トカゲも脅せば人になるのです。嘘です。

 これでアンヌ様に気に入らない、と言われた日には私はお酒の材料として発酵液の中に浮いていたと断言します。

 トカゲ酒は良い味が出て美味しいのですよ。もちろんリザードでは作りませんが。

 アンヌ様がお優しい方で、心より救われました。このマスユ、一生お仕えするつもりでおります。

 そういえば以前、魔王閣下にご報告した際のことなのですが――。


「マスユ、我の贈った花はアンヌの好みではないのか?」

「いいえ、きちんとお部屋に飾られて楽しんでおられますよ」

「ではやはり花言葉は知らないのか……せっかく取りに行かせて花束にしたのに、あまり嬉しそうにしないのだ」


 魔王閣下がお選びになったのは、ディモルト界で最も標高の高い山の頂上付近――それも風の吹きすさぶ崖の途中にしか咲かない、ヘクティアという真っ赤な花です。一輪用意するのに、どれだけのディマの苦労があったのでしょうか……同情を禁じえません。

 プロポーズの時の定番の花でもあり、ディマ国では赤い花は特に人気なのです。花言葉は『愛の試練、孤高、あなたは美しい』などですが……この花は薬効がないため、薬草図鑑には載りません。つまり学習を最優先されているアンヌ様ならば、まだご存知なくても仕方ないのです。


「――そうだ、マスユ。お前がアンヌの好きな花を訊いて来い。人間界の花であれば、意味も通じるし隠された苦労もわかるであろう」


 お言葉ですが、隠された苦労を知って欲しい時点でどうかと……苦労をするのも地上勤務の魔族たちですしね。あ、もちろん顔には出しません。無表情は私の得意技です。


「畏まりました」


 翌日の朝、アンヌ様に魔王閣下よりのお花を届ける際、一番好きな花を訊ねてみました。本日は今が盛りのミュミウミ・カザラスです。どんな花か? そうですね、青いつつじっぽい花ですよ。


「私の好きな花? そうね、白い百合かしら。ただ私はどんな花も咲いている姿が好きなので、切花はあまり……可哀想になってしまいますの」

「そうであられましたか。ではこのお庭に、アンヌ様のお好きな百合を植えてはいかがかと、魔王閣下が仰せです」

「まあ! それはとても嬉しいわ、マスユ。季節になったらヴァーミナスと二人でお散歩したいわね」


 ふう……喜んで頂くためとはいえ、かなりの無茶振りをした自覚があります。

 地上の花は瘴気に弱く、変質したり枯れたりする物が多いのですが……庭師さん、ごめんなさい。私は不機嫌な閣下には会いたくありません。

 そしていつもの時間になると、閣下にご報告に参りました。


「マスユ、定時のご報告に上がりました」

「……よしわかった、百合の花だな! 切花が苦手とは気づかなかった――今度からは鉢植えにして贈ろう」


 魔王閣下は意気揚々と、庭に百合が咲くまではこれを見て楽しむと良い、というメッセージと共に地上の蕾の百合の鉢植えを“翌日”贈られました。苦労なさったすべての方に合掌……。


「もう、ヴァーミナスったら、昨日言ったばかりで翌日贈ってはあまりに露骨ですわ。貴族でしたら、女性の一番好きな花は特別な機会を待って、本人から渡した方がずっとスマートですわ」


 そう仰ったアンヌ様は、今までのどんな花を見た時よりも嬉しそうでした――。

 ――なんてこともありました。私にはどうでもいいのですが、直後はめちゃくちゃ落ち込んでましたね、魔王閣下。


「そんなこと、どの貴族文化を記した本にも載っていなかったぞ?! ……また失敗か……」


 そりゃ一番好きな花を贈るベストタイミングなんて、浮名を馳せるプレイボーイが書いた本でもなければ載ってないでしょうね。私も知りませんでした。


「私の無知ゆえ申し訳ありません、魔王閣下」


 これはディマ貴族では一般的な返し方です。使用人の成功は主人の成功、主人の失敗は使用人の失敗です。こう言わないと侮辱したことになってしまうのです。


「そうだ、お前が悪い! 地上の本を好きなだけ読ませてやっているのに、何故知らぬ!」


 ちょ、理不尽! 責めないでください魔王閣下。炎蛇ドリタスからの回復マナ無限ループはご勘弁を! リザードの蒸し焼きが美味しくできますよ?! いつもは許してくださるのに!

 アンヌ様に呼び出されて一旦開放されましたが……その日アンヌ様が魔法を駆使しても大切に育てる、と閣下に直接仰られなければ、危うく私が消し炭にされ百合の養分にされかねませんでした。いえアンヌ様が不信に思うので、その一歩手前でお止めになるのでしょうが、それはむしろ単なる拷問です。

 殺してください、何でも言いますから……! と言っても解放されないでしょうね。アントワーヌ様にもう一度、深く感謝を捧げておきましょう。

 そして私の愚痴、ではなくて。ご報告につき合ってくださったあなた様にも感謝を。閣下へのご報告がありますので、これにて失礼致します。

 ふう……。


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