二十二話
食事は和やかに終わりました。ホストとして、勇者以外の三人に等しく話題を振りましたわよ。いよいよ……始まるのですわ、そして、終わらせる。
「皆様、ご不足はありませんこと? お話させていただいてもよろしいですかしら?」
「お願い、アンヌ」
「どうやって魔王のハートを射止めたのかな~?」
「ニニラ、ふざけないの。お願いするわ」
「頼みます、アントワーヌ様」
ふん、名前が口の中で浮いてるのが丸わかりですわよ。どうせ、私に様付けするほどの敬意を持っていないのでしょうね。
「勇者に侮辱され、悲しみと屈辱に耐えきれなくなり……飛び出した私の前に現れたのは魔王の部下でしたわ。あなた方に招待状を届けてくださった魔族ですわね」
そして悲しみを強調し復讐という言葉を使わないように意識して、掻い摘んで妃に望まれて和平の大使になることに同意したとお伝えしました。
「そうだったんだね……」
「私も最初は半信半疑でしたけれど……嘘偽りなく婚約を望んでいることがわかり――今ではディモルト界でも受け入れていただいていますのよ」
「ふーん。じゃあ政略結婚なんだぁ。ロマンスの予感がしたのにな~」
「あ、アントワーヌ様……私は自分の行いを、言ってしまった過ちを恥じて反省しています。どうか私の謝罪とお詫びの品を、受け取ってくださいますか?」
勇者は立ち上がると私の前に跪きました。その手の箱を、油断させるために嫌々でも受け取らなくては。
「何をくれたのでしょう……開けてもよろしい?」
「ど、どうぞ」
外装を剥ぐと蓋を開けて――握り潰しました。そこにはシニヨンネットが……。私は可能な限り冷静になれと言い聞かせました。
「わ、私にこんな物を贈るだなんて、目障りな髪は結い上げろと言うおつもりですの?!」
「エミリオ?! ちゃんと考えたんじゃなかったの?!」
「ち、違う俺は……前に髪飾りが欲しいと言われたのを覚えていて、アンヌはいつも纏めているから……」
こんな、二度までも髪を侮辱されるだなんて――冷静さは徐々に消え、黒い感情が湧き上がるのをもはや抑えることさえ止めました。
「そもそも婚約者のある私に髪飾りだなんて、ヴァーミナスさえも虚仮になさっていますわ!」
ネットを床に叩きつけ、ハイヒールの踵で百合の飾り部分を踏み潰しました。こちらでは髪飾りは指輪の次に親密な贈り物ですわ……町娘だって知っていることですわよ、これくらい!
「あ、謝りなよエム! 流石に酷いよっ」
「す、済まないアンヌ、」「また! 軽々しく私の名を呼ばないでと言いましたわ!」
感情に任せて頬を平手打ちしました。
「アンヌ、ごめん!」
スズカが立ち上がり、私の前で土下座しました。何故スズカが謝るんですの?! 私を馬鹿にしたのはこの男なのに!!
「赦しませんことよ……緊縛!!」
一度の詠唱で全員に麻痺をかけました。少々予定は狂いましたけれど、何もかもこの男のせいですわ!
「アンヌ……こんなに魔法が強力に……」
わざと、全員の首より上は対象にしませんでした。スズカの魔法抵抗は高い方ですけれど、この首飾りを着けた私に敵う訳がありませんわ。
「さあ、公開処刑の時間ですわ。浮遊。――衰弱」
勇者の体を浮かせると、手始めに魔族の魔法で耐性を弱めます。勇者についている加護は厄介なことこの上ないのですわ。そう、額に魔法陣を刻んで、見た目も無様にしてやらなくては……ハッ?!
「異常回復! 止めなさい、アンヌ!」
背後に立ったスターシアは勇者にかけた魔法をすべて解除してしまいました……余計なことを……っ!
「邪魔なさるおつもり!? 沈黙!」
沈黙は魔法陣に光と共にはねつけられました。抵抗をかけて置いたのね……!
「効かないわよ。光雨!」
「私に攻撃を向けるなんて……酷いですわ! この男には当然の報いではありませんか!」
威力の弱い浄化魔法の一つですけれど、それでも攻撃であることには変わりませんわ。距離を取って、スターシアから注意を逸らしません。スターシアを攻撃するなんて……私にはできませんわ。
「だからって殺そうとする?! 気持ちはわかるけど、今の魔法を解除して、アンヌ!」
床に倒れている勇者の額には、まだ衰弱が効いている証である陣が刻まれたまま……ディマの魔法だから、回復できなかったのですわ……そうだ。
「お断りだわ。あなたお得意の癒やしの魔法で解いて差し上げたら? ……これは死の魔法。徐々に肉体を弱らせて命を奪う呪いですのよ……フフ」
嘘っぱちですけれど、解呪できない証拠の魔方陣はきっと勇者を苦しめてくれますわ。この魔法を維持し続けることくらい、今の私でしたら造作もありません。
「そんな、嘘でしょアンヌ?!」
頭を下げたまま麻痺しているスズカの言葉を肯定しなくては――あなたに恨みはありませんのよ……この男がいけないの。
「親友と言ってくださるスズカ。悲しいですけれど事実ですわ……呪いで苦しめ、更に肉体的苦痛を味わわせ……この場で殺すつもりでしたわ」
「異常回復!」
スターシアはスズカとニニラの麻痺も解いてしまいました。完全に失敗……っいいえ、まだだわ。
「マスユ!」
「緊縛」
「な!? 呪文抵抗が、きッカ……?!」
魔法の根本的な違い……やはり先ほどの衰弱と同じで、ディマの魔法ならば無効化されなかったようですわね。
素早く全員の麻痺を確認して、手のひらに魔力を練り上げます……あら。勇者ったら気絶しているの? 情けないですわ……起こして差し上げないと、恐怖を感じていただけないわね。
ヒールを鳴らして倒れこむ勇者に近づきます。
「さあ勇者、私の受けた屈辱を……」
「止めてーーーーっ! 止めてアンヌ、エミリオを殺さな、でッ、ぐっ。ゴホッ……!」
スズカは血を吐きました。今度はマスユがちゃんと喉まで麻痺させた証拠でしょう。
無茶をなさるわ……それだけこの男が好きなのね? 私をこんなにも嘲笑う真似をしたこの男が――!
「スズカ……」
早く、今なら殺せる……でも、スズカが私を見ている――スズカが……泣いている……。
エミリオ様に愛されたあなたには、こんなにも侮辱された私の気持ちが――、
「アンヌは、そんなことしない! 誰かを……殺して償わせようなんて、そんなのアンヌじゃない!!」
「あなたにはおわかりにならないのよ!」
「う、ぐッ! 待って……アンヌ、お願い……」
勇者を殺すべきとわかっていながら、私を必死に止めようとなさるスズカの前に立ちました。
音が濁って酷い声だわ、無理に叫ぶから喉が痛むでしょうに説得を止めないのは何故? ――何故、スズカは泣いているの? 私は……。
「この男は、私に理解の欠片さえ示してくださらなかった。謀が嫌いなことも知らず、自身も貴族でありながら私の血、更には私の名前までも罵った……みんなこの男が悪いのですわ!! 誤解だってなんだって、決して赦せるものじゃありませんことよ!?」
「だけど、謝る気持ちは……」
「フフッ、謝罪が聞いて呆れますわ。私になど興味が無いのでしょう? ええ知っていますとも! だからって信用もしてくださらないの? 髪飾りだって、泥をぶつけられた気分ですわ! 謝る気持ちなんて微塵も感じられませんっ、結局は不吉な毒を盛る女とお思いなのでしょッ? だったらそれらしく殺してやりますわよ!! 絶対に、この手で! 殺してやりますわ……でなければこの恥辱は雪げませんことよ!」
「アンヌ……や、止め……」
本来ならもっと苦しめる予定でしたけれど、もういいわ。今は心臓を一突きにしたい気分。気絶している勇者の肩を蹴って完全に仰向けにさせ、集中で右手に魔力の刃を作ります。
「死になさいッ、」
「脱出っ」
スターシアの声で、四人の人間が目の前から消えました……な、こんな魔法力を持つ訳が……? いいえ、そもそもエスケープなんて魔法聞いたことがありませんわ。
「逃がしてしまい申し訳ありませんアンヌ様、勇者たちを追いますか?」
――マスユの声に正気づきました。逃がすなんて……くっ。
「あなた、スターシアの喉や口に麻痺をかけ忘れたの?」
「申し訳ありません。魔法以外の方法で解除されたようです」
「ニニラだわ……彼女は色々な道具を持っているから……」
つまり、エスケープもその道具という訳……きちんと備えていたのでしょうね。私が敵かもしれないと考えて……不思議と悲しみはやって来ませんでした。
忌々しい勇者を殺せなかった、それだけがただただ不愉快でなりません。祝杯を挙げる予定でしたのに……っ。
「どうかお許しください、アントワーヌ様。私がもっとサポート出来ていれば……」
「何を言うの。これは完全に私の判断ミスですわ。感情的になりすぎて周りが見えていなかった……でも、勇者をまだまだ苦しめられる、……そう思いましょう?」
「ご寛大なお言葉に感謝致します」
私の指示があるまで何もするな、と言ったのは私。スターシアにだけは最初に沈黙をかけるべきでしたのよ。そう、計画でも注意点に挙げていたのに……。
「帰りますわ。魔法痕もありませんし、すぐには追えないでしょう。ここを撤収したら、あなたたちも城に帰って来てね。浮かぶのは無理でも、沈むのは確かできましたわよね?」
「その通りでございます、畏まりました」
新たに腹立たしい気持ちを抱えて、ディモルト界に帰る呪文を唱えました。
「沈下」
次の策も練り直さなければならないし、これで殺せないとなると、一気に難しくなりますわね……もっと冷静に追い詰めなければ。
なんたる失態なの? 反省点は山のようにありますわ。勇者があんな物を出して来たせいで――余計に腹が立ちますわ!
この和平昼食会に関しての感想は、ノーコメントとお返しさせて頂きます。ご了承ください。




