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二十一話

 とうとうレプケが招待状を渡してから二週間が経ちましたわ。

 今日が勇者の命日になると思うと――嬉しさのあまり笑ってしまいます。人々を導く立場の人間として、はしたない真似はせず余裕のある姿を常に見せなければなりませんね。

 わたくしは既にムッカナンの廃城の一つで、勇者の到着を今か今かと待って居ます。場所がわかるように、勇者たちがムッカナンに着く前に城の周囲を封鎖したので、他の人間に介入はされません。

 さあ、いらっしゃい。この城であなたの命運は尽き果てますのよ……。


「フフフ♪」

「アンヌ様、勇者様ご一行が結界の前に姿を現しました」

「そう。時間をきちんと守ってくださって喜ばしいわ。“招待状を確認してから”入っていただいて」

「畏まりました」


 これが私の一番始めの一手ですわ。あの招待状には私が持っていた印章で、時間と共に招待状が消滅する魔法印を押しました。確認しようにもないのでは……くすっ。思わず、笑いが唇から零れますわ。


「どうなさるのかしら……お手並み拝見ね」


 十分後、レプケは慌てた様子で戻って来ました。どうしたのかしら? 私の従者足る者、いつでも冷静沈着でいて欲しいのですけれど。


「えー、アンヌ様。確かに勇者一行は招待状を所持しておりました。魔封蝋もサインも、アンヌ様お手ずからの物に間違いありません」

「何ですって?! そんな――私の企みが露見したと言うの……? ――いえ、これくらいは可愛い意地悪ですわ。招待状がなくても、もちろん入っていただくつもりでしたもの。丁重にお通しして、レプケ」

「畏まりました」


 けれどあの魔法印が外されていたとなると、解呪に長けたスターシアの仕業に違いありませんわね。スターシアは私に疑いを持っているでしょうから、注意しなければ。

 そして待つこと五分後、親友のスズカと憎き勇者エミリオが連れ立ってホールに入って参りました。くっ、振られた私に対する当て付けですの?! いいえ、もちろん私には防御力の高い前衛の二人が先に索敵をしているのだとわかりますわ。

 今までずっとそうでしたもの。……それでも、事実を知っていても尚、醜い感情が私を焦がしました。――フフ、何を考えているの。これから死で償っていただくのですから、寛大になりませんとね。

 装備は全員が機動性を重視した、格好のつく物を選んで身に着けたようですわね。冒険者が公の場で望まれる一般的な格好です。


「ようこそいらっしゃいました、スズカ、ニニラ、スターシア……。そして、私を侮辱なすった勇者様――? 歓迎致しますわ」

「特別のご歓待痛み入ります、アントワーヌ様。今日はこのような場を設けてくださり、真に嬉しく存じます」


 勇者がこの四人の中で一番地位が高いということから、挨拶は勇者から始まりました。今更そのように猫を被っても無駄ですのよ? あなたが貴族でありながら、挨拶や社交が嫌いで時間の無駄だと言っているのをこの耳で聞いておりますもの――。

 スターシア、ニニラ、そしてスズカの順で挨拶は終わりました。


「さあ、いつまでもお立ちになられては足がお疲れになるでしょう? ぜひ席にお座りになってくださいな」


 私は魔術に拠って椅子を自分の物以外、同時に引きました。これには慣れたので、魔法ほどきちんと陣を形成しなくてもできるようになりましたのよ。


「うわっ! アンヌすっご~! これって魔界の礼儀ってことかな?」

「その通りですわ。流石はニニラ、相変わらずお目が聡いんですのね」

「いやぁ、まあね♪ にしてもアンヌ、その服と髪型超似合ってる~! 可愛くてカッコいいね!」

「お褒めいただき光栄ですわ。これはディモルト界の貴族の正装ですのよ。決してふざけてなどいませんわよ?」


 今日は勇者に舐められてたまるかと、羞恥心を復讐心に食べさせて来ました。

 黒い革製の艶めくボディスーツに、シャンパンゴールドのジャケットと揃いのセパレートパンプス。髪は人生で初めてサークレットタイプの髪飾りで前髪を留めて、額をさらけ出しましたわ。飾りには黒いリボンが付けてあります。

 ゴールドのパンプスのつま先にも黒いリボンを付けて、トータルコーディネートと大人可愛いを演出しています。

 後ろの髪? 下ろしているわ、当然! 胸元ではヴァーミナスが贈ってくださった深紅の首飾りが、交差する革の上で存在を主張します。

 戦闘用でもあると聞き、この衣装を選びましたのよ。ジャケットがなければどこに出ても恥ずかしくない、とマスユに太鼓判を押していただきましたわ。ジャケットなしでは私の品位に関わるので、無理に仕立てさせました。

 四人は自分の名前が書かれたウェルカムプレートのある席に着きました。仮にも和平の場ですので、円卓にして上座のないようにしましたが、扉から見て最奥の席に私が、その右隣に勇者、左隣にスズカ、正面右にニニラ、そしてスターシアの順ですわ。

 私も自分の手で椅子を引いて、着席します。


「ねえアンヌ、私たち、アンヌが出て行ってしまってからずっと心配だったんだ……急かすようで申し訳ないんだけど、どうして魔界に行くことになったのかとか――訊いても良いかな?」


 そうですわ、あの小鳥のベルンはどうなったのでしょう? 今の機会に訊いておかなくては。


「ええ。そうね……もちろんお話するわ。昼食を運ばせますので、少々お待ちくださいな。先に、あなたのお友達のベルンがどうなったのか、私に聞かせてくださらない?」

「ああ……うん、ベルンはね……居なくなっちゃったの。行方不明で……」

「なんてこと! では生死も……」


 スズカは首を横に振りました。そんな……まず生きてはいないでしょうけれど、スズカの悲しみが痛いほど伝わりますわ。ベルンとスズカの絆は、よく知っていますもの……。

 給仕して行くのは、ディモルト城のメイドたち。指示通りに配膳やしきたりは完璧ですわね。


「心中お察し致しますわ。私では力不足でしょうけれど、気落ちなさってはダメよ。ベルンが悲しみますわ」

「ありがと、アンヌ。あなたにそう言ってもらえると、何より励まされるよ」


 スズカはやはり悲しいお顔で笑います、私も可愛らしいベルンを思い出して感傷的になりました。


「話を遮るようで悪いけど、ねえアンヌ。今回の招待状のこと……あれってわざとなのよね? 理由を先に説明して欲しいの。でなければ私はこのお食事を頂けないわ」

「スターシア! それは言わないって――」

「あらスズカ、庇ってくださって嬉しいのですけれど、スターシアの仰ることは当然ですわ。あれは……招待状は、あれくらいの悪戯でもしなければ、私の気持ちはわかっていただけないと思いましたのよ。……この会談で私がすべて水に流すつもりでいる、だなんて思われてはかないませんもの」


 スターシアは苦々しい顔を作った私に同情してか優しい表情で頷きました。

 その質問は予想済みですわ。答えは心からの気持ちですもの、スターシアにもニニラにも疑われる余地はありません。


「よくわかったわ」

「仲間だったとはいえ、スターシアが警戒なさるのは当たり前ですわ。今日お召し上がりいただく物はすべて、私が最初に口をつけようと決めていますので、それで信用なさってくださらない?」

「もちろんだよ!」


 真っ先に答えてくださったのはスズカでした。嫌ですわ、涙が出そう……この信頼を今から裏切るのだと思うと……。でも、スズカを傷つけるつもりはありませんわ。

 私の復讐の矛先はただ一人、勇者だけなのだから!


「私もアンヌを信じるよ? それだけエムはさいてーだったもん」

「私も納得したし、喜んでお食事を頂くわ」


 ニニラ、スターシアも続いてくださいました。勇者に何か言われては神経が逆なでされますわ。口を開く前に先手を打ちます。


「ああ! あなたには信じていただかなくて結構よ。私は食事に毒を盛る女ですから、気を許してはなりませんものね?」

「違うんだ! 今はアンヌを、」「気安く呼ばないでくださる?! 虫唾が走りますわ!」


 いけないわ、つい感情的になって……でも、侮辱された名前をこう気安く呼ばれては苛立っても仕方ありませんわよね。


「済まない、アントワーヌ様を……信じている。あの時が異常だったんだ」


 この期に及んでまだ言い訳なさるなんて……見下げ果てましたわ。


「そう。私には信じられなくてよ。勇者の言葉はさておき、準備も整いましたからいただきましょう。……和平への一歩となることを願って、いただきます」


 私が食事を一口飲み込むと、すぐにスズカも続いてくださります。なんて、なんてお友達甲斐のある方なの……。


「いただきます! ……うん、すごく美味しいよ、アンヌ」

「じゃあ私も、いっただきま~す!」

「神とアンヌに感謝を。いただきます」


 まだ手をつけようとしないのは勇者だけ。まさか、本当に食べないつもりですの? また侮辱され……そう思った瞬間。


「なにしてんの、エミリオ? まさかアンヌに当然のこと言われただけで食欲なくなっちゃった? 私がもらっちゃうよ?」

「「スズカ……」」


 うげっ、勇者とハモッてしまいましたわ。


「ねえ、前も言ったけど反省は伝わったから。あなたの態度はアンヌに失礼だってまだ気づかないの?」


 ……反省して、食べられない? あり得ない思考回路ですわ。


「あ、ああ。そんな、失礼な態度をとるつもりは……もちろん頂くよ。いただきます」


 どうだか。信用以前に礼儀の問題ですわよ。

 私が毒味をしたのにそれを無視したのですもの。それがあなたのお気持ちなんでしょう? よ~くわかりましたわ……。


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