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MERCY BOX  作者: 饗霞 累
2/5

episode 2 ザラメそしてクラッシュ

「ん、いつもの」


 カウンターに肘をつき、慣れた調子でそうトムに声をかける店内に入ってきた四十代らしき男性。その手には紙袋が抱えられていた。


「あ〜知ってます?ここ、ね?中古ショップなんですよ」


 ニヒルな笑みを浮かべながら、呆れたように、返すトム。カウンター上の木彫のような妙な置物を指さす。"MERCY BOX(マーシーボックス)"。


「ってるよ、ほら、買取り。あと朝飲んでないの」


 そう言いながらドンっとカウンターに紙袋を置く。


「エエェ、高いんですよインスタントコーヒー。」


 棒読みな悲鳴を上げながらトムは紙袋を受け取る。中を覗くと、コーヒーメーカー。水色、まさにコーヒー色の本体は、銀の部分は錆びていたりするものの、丁寧に使われてきたことのわかる品であった。


「こんな辺鄙な場所じゃアイツらも来てくんなくてデスネェ、人件費そして配達料! もうやんなっちゃうってもんすよ」


 トムはわざとらしく声を上げ、視線を斜め上にあげるも、いつの間にかアッシュが湯気上るマグカップを手にして、その客に渡していた。アッシュの横腹を肘で突っつくも、無駄なく交わす動きによって虚しく空を叩くのみ。


「あぁわりぃ」


 客はアッシュからマグカップを受け取り、そのままコーヒーを啜る。


「つか、いいんです?これ。」


「買い換えたんだ。良いヴィンテージなの見つけて。コイツはちょっと新しかったんで。」


 新しい方はまだ開けてねぇもんだからさ、と言ってコーヒーを飲みつつ歯の抜けた控えめな笑顔を見せる。


「んじゃ、まぁ買ってくよ、てかまず見積もり出してくれよ。いやだってさぁ、ここにあるの言っちゃわりぃがスクラップ品だぜ、トム」


 トムは肩を竦める。


「今更何言うんですかって話だなぁ旦那。」


「はは。んま、俺が言えたことじゃねぇけどよっ」


 そう言って客はカウンター近くの段ボールの上に雑につままれた物達を手に取る。


「…んじゃこの…ビデオと…君の勧めは?アッシュ」


 レジを弄っていたアッシュが慌てて顔をあげる。辺りを見回し、目に入ったのは最近買い取ったトレンチコート。


「あ、あー……トレンチコート?」


「っハハハハ!トレンチか!着る機会めっきり減ったもんなぁ」


 愉快そうに客は笑う。確かに暑い日差しの中、ましてや冬もダウンの活躍する昨今にトレンチは無いか、しまった、とアッシュは内心眉を下げる。


「じゃ、じゃー!本でもどうです、最近手に入りづらいですし…多分」


 隣で、多分意地悪そうに笑ってる食えない男を無視して、アッシュはカウンター近くの古本棚を指さす。


「相変わらずだなぁアッシュ、じゃあどれも貰ってくわ。」


 客は満足そうに笑うと、軽く手を挙げる。


「はいまいどー。んでお見積もりこれっす」


「ン、悪くない。いつもありがとね。」


 支払額を引き、そのまま使い古された財布を懐から取り出ししまう。トムはその紙袋に入ったコーヒーメーカーを抱える。一瞬だけほんの少し撫でる。


「こちらこそいつもありがとうございますねぇ、旦那。コーヒーは勘弁願いますけどね」


「飲みに来るぜ、んじゃ」


 そう言ってサングラスを取り出すと、日差しの中、彼は出ていった。


 店内はバンド曲が次に移っていた。

 


「…トム」


「んー?」


 アッシュは窓のカーテンを閉めながら、背中越しに呼びかける。


「本当に商売成り立ってる?」

「あめぇなぁ少年」

「"アッシュ"。」


 アッシュは振り向き、腕を組んで食い気味ち言葉を被せてくる。


「……成り立つ成り立たねぇってのはもう関係ないんだよ、…売れる事が奇跡さ。ほれ、彼らも喜んでる」


 カウンター内でガサゴソと弄りながら、トムはくぐもった声でそう答える。流れるバンドマン達の声が僅かに大きくなる。


「まぁそうだけど。」


 アッシュは店内の"彼ら"を見て、微かに頷く。ただ売れるのを待っている顔ではない、それだけは何故か書いてもないのにそう見えたのであった。


「そもそも居場所ってのがな?デケェんだよ。アッシュ。」


 ぱんぱんと手を叩き、うーんと腰に手を当て仰け反るトム。


「…"実体"である事がどんなに喜ばしく幸せな事か。」


 一瞬アッシュの身動きが止まる。


「…まぁ…」


 アッシュが視線を床に落としたまま、固まるとトムがひょいと顔を覗いてニヒルに笑い

「んまぁ大人の美学って奴よ。」と。


 ——そしてそのまま体を起こすと、大きく肩を竦めて大袈裟に呆れる。


「ガキには分からんか。」


 考えていたアッシュがピクリと動く、二、三拍遅れ、トムの目を見ずプラスチックの箱に向かう。その顔は何処か俯きがちであった。しかし次に口から出たのは、その言葉ではなく、"ガキ"という言葉に対してである。


「私も大人だ! ったく。何度言ったら…」


 ツカツカとトムの方へ寄る。


「あとトムと…お前とそんなに変わんないだろ。」


 吐き捨てるように、唸るようにしかしその手にはノートPCを二台抱え、トムを睨む。


「俺はそんな青臭くはないかねぇ。ねぇ俺のコーヒーは?」


 一度PCをカウンターに置き、胸に手を置いて宣言をするようにトムに詰め寄るアッシュ。


「私は二十八だ!ったく、鶏め。トムこそ何歳なんだよ。」


 あと自分で淹れろ大人なんだろ?と片眉を上げて意地悪そうにそしてすました顔で返す彼女に、


「ザラメキャンディだな、アッシュ。」


 トムはチッチッと指を振る、そしてその指先はアッシュの顎を掬う。


「男の秘密は、劇薬だぜ?…甘美、のな。」


「…酔うほどに?」


 

 ——カラン


 店内のドアが開き、乾いた音が響く。


 アッシュがひらりとトムの耳元から離れ、トムがニヒルに、だが一瞬でいらっしゃいませーと気だるげ店員の顔に戻る。


 ——いや聞いてくれよトム、アッシュさん……


 今度は若い男性がカウンターに肘をついては、朝の雑談を始める。


 トムはコーヒーのマグカップを片手に、片眉を上げて聞くも、その耳に熱が残る。


 先程のアッシュの一言、


 「…()のカクテルは如何?」


 と、言われたあの言葉。

 それだけが、鼓膜に絡み付いていた。

 

 ——クラッシュ。

 

 常連が帰った後、トムはそう、吐き捨てた。

 タバコは灰皿に押し付けられ、潰れて。

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