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短編集  作者: 時田総司(いぶさん)


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20/20

『現世転生~酪農農家生活はじめました~』

「ピコピコピコピコ」




俺の名前は佐藤良夫。引きニートになりつつある、高校二年生だ。


夜が明けるまで自室に引きこもってゲームをし、朝日が完全に昇った頃に寝始めるという生活を続けている。そんな自堕落な生活は、夏休みを迎えた今となっては一向に改善されることなく、むしろ定着しつつあった。


「んー。さて、今朝も寝るとするか」


大きなあくびをした後に、ゲームの電源を切り、布団に入る。


「むにゃ……」


ふわふわの布団は心地良く、秒で俺を夢の世界へといざなってくれた。




(今日はどんな夢を見るのだろうか……)




そんなコトを思いながら、夜更かしに疲れた俺はいつもの様に昼過ぎまで眠りにつく…………




ハズだった。






「ッハ!!!!」






俺は目覚めた。そう、糞尿臭い牛舎内で――。俺の背中には藁のようなモノが敷き詰められていていた。


(ここは……? 布団も……無い)




「ン゛モー」




「『ン゛モー』?」


ふと横に目をやると、そこには十数頭の牛が、目前に迫っていた。






「! ! ! !」






「ン゛モー」




「ぎゃああああああ!!」




俺は叫んだ。そう。数年前、耳鼻科で鉄の棒みたいな器具を鼻に入れられた時以来の、大きな声で――。




「そこで何をしてるの!?」




「!?」


女性の声がした。力強い声だった。しかし厳しさと優しさを兼ねそろえた様な、そんな声に聞こえた。


「え……あ……助けてください!」


俺は牛に迫られたこの状況に恐怖を感じながらも、声を振り絞って言った。


「待って。牛達は繊細な性格だから、そんなに大きな声を出さないで。今行くから」


女性はそう言うと、牛舎小屋の柵を開けてこちらへ歩んできた。


「ほら、立って」


座り込んでへたっている俺の手を、彼女は引っ張って立たせた。


「いきなりこんな所に居た君は何者なの?」




――、


俺は一連のこれまでの出来事を説明した。


「そう。良夫君って言うんだ。私は神奈。神様の神に、奈良の奈で、神奈。ヨロシク!」


「あ、よろしくお願いします」


「でも、どうして布団で寝てたらいきなり牛舎小屋にワープ? するんだろうね」


「ああ、俺にもさっぱりです」


「君、年齢は?」


「17、高校二年生です」


「じゃあ、とりあえず親御さんに連絡して、うちに帰らないとね」


「! そうだ、スマホで」


俺はここから家に帰る算段を思いつき、パーカーのポケットからスマホを取り出した。




「なにそれ? 変わった機械だね」




「!?」


神奈さんはスマホを不思議そうに見ている。


「神奈さん。まさかスマホ、持ってないんですか?」


神奈さんは首を横に振った。虚を突かれた俺は顔をしかめた。そしてスマホの画面を見て、異変に気付く。


「あれ……? 電波、立ってない……神奈さん。ここ、何県ですか?」


「北海道だよ?」






(何――――!!!?)






俺はぐわんぐわんと、めまいがして頭を抱えた。


「神奈さん。俺、東京出身なんですよ。北海道って、今でも電波届かないところ多いんですか?」


神奈さんは今まで見たこと、聞いたことのない用語の連発に、目を細めるように顔をしかめて言う。


「電波電波って、何言ってるの? ……あ! まさか都会では有名な、携帯電話っていうやつ? 良夫君も持ってるの?」


俺は愕然とした。


(都会では有名な? 何時代の反応だよ? この人とこの空間、大丈夫か? 時代に取り残されてないか……?)




「ちょっと見せて」




「え?」


神奈さんは顔を近づけてスマホの待ち受け画面を見た。


「へー、携帯電話ってこんなんだっけ? あ! ここ、なんだか変だよ?」


「え? 何がですか?」




俺は驚愕の事態を知ることになる。




「ここ、202×年ってなってるけど、今は199×年だよー」




「! ! !! !?」




雷に打たれた気がした。


(何……だと……)


あたふたしながら俺は神奈さんに話す。


「えーっと、神奈さん? 今のは悪い冗談で、今年は202×年ですよね?」


「いいえ、今年は202×年じゃなくて、199×年だよ?」


神奈さんは平然と返してきた。


(なんということだ……)


神奈さんの言う事が本当なら、17歳の俺はこの時代に存在しない。俺は、帰る家が無いという事になる……。俺は咄嗟に軽い頭を地面に押し当てるように土下座し、言った。


「神奈さん! 諸事情で家に帰れなくなりました!! ここで生活させてください!!!!」


「! えーっと……」


神奈さんは困っている様だ。顔は見なくても声色で分かった。


しかし俺は引かない。食い下がる! OKのサインが出るまで土下座を続ける。すると、神奈さんは口を開いた。


「私一人じゃ決められないから、ここの管理人さんを呼んでくるね」




「ハイ!!!!」




俺は大きな声で返事した。神奈さんは牛舎小屋から立ち去ったが、まだ土下座を止めない。4,5分が経っただろうか? 俺は戻ってきた神奈さんの一声を聞くことになる。


「え!? まだやってたの?」


足音は一人分じゃない。二人分の足音が、確かに聞こえていた。足音は止む。そして――、


「小僧、顔を上げろ」


聞いたことのない声が聞こえた。声に従い、顔を上げた。そこには強面で白髪交じりの、4,50代くらいの男が、神奈さんと一緒に立っていた。視線が合う。


(交渉は難航しそうだ。……なら!)


俺は再び軽い頭を地面に擦り付けた。


「佐藤良夫と言います!! ここで生活させてください!!!! 何でもします!!!!!!」


すると男は口を開いた。


「良夫、と言うのか……? 俺の名前は豊作だ。仕方ないな。ここで働かせてやる。期待はしていないがな」




(やった!!)




交渉成立……!! 俺は再び大声で言った。


「ハイ! ありがとうございます!!」


「仕事については神奈から聞くように。じゃあな」


「ハイ!!」




――、


「はぁー? で、このヒョロヒョロをうちで働かせるコトになったの?」


見知らぬ女性が立っている。


「佐藤良夫と言います!!」


「分かった分かった。もう、うるさいなぁ。私は水樹、ヨロシク」


「よろしくお願いします!!」


「だからぁ、うるさいって。あんまり足引っ張らないでね」


かくして、俺の酪農農家生活が始まった。


牛舎の作業は基本的には神奈さん、水樹さん、そして俺が担当することになった。豊作さんは、子牛の世話やエサ作りを主に担当する様だ。


さて、牛舎の作業だが、内容は牛舎の清掃、機械のメンテナンス、牛舎の補修とあるが、キツイ、汚い、臭いという新しい3kの応酬に、早くも心が折れそうになる。ちらりと神奈さんや水樹さんが居る方に目をやる。するとそこには左手で汗をぬぐいながら作業に没頭する神奈さんや、額に汗を浮かべながら作業を続ける水樹さんの姿があった。


(男の俺が、負けてられない……!)


俺も負けじと、牛舎の作業に汗を流していった。




17時――、


夕食の時間となった。プレハブ小屋で俺達四人は食事を摂ることとなる。酪農家の食事だけに、牛乳やクリームシチューといった乳製品の食べ物が多く並んでいた。


「ふいー、今日の作業もこれで終わりですね。いやー、終わってみると早いもんですね」


俺はご機嫌な様子で匙を進めている。


「はぁ!? コイツ、これで終わりと思ってますよ。神奈さん」




「え?」




水樹さんのやや辛辣な言葉に、俺は虚を突かれた。口元をナプキンで拭いた神奈さんは、そっと口を開いた。


「この後も、酪農家のお仕事はあります」


(ンな!?)


「エサやりや搾乳、牛舎清掃など、ざっと3時間はかかるお仕事です」




(なん……だと……)




俺の精神は休憩モードから絶賛社畜モードへと切り替わった。


「ってコト。分かった?」


水樹さんは俺を見て言う。


「そーですよね! これで済んだら、牛舎小屋はいらないってもんですよね!」


無理矢理にテンションを上げて俺は答えた。




小一時間後――、


俺達は今日の残りの仕事をするべく、牛舎小屋へと足を運んだ。


牛舎小屋での、搾乳の作業は時間がかかる。何やら、前搾りというものに始まり、ディッピングというものを次に行い、搾乳をし、もう一度最後にディッピングを行ってから終わる。ミルカーという機械も使う、プロの仕事だけあって、見習い一日目の俺が搾乳を行えるハズもなく――、


「サッサッサッ」


「うう、排泄物が臭い……」


俺はずっと牛舎小屋の清掃を行っていた。


「ふぅ。これで終わり、っと」




「ちょっと、新入り!」




「!」


牛舎小屋の清掃を終えた途端、俺は水樹さんに呼ばれた。呼ばれるがままに水樹さんの方へ足を運んだ。手の届く程度の距離まで近づくと、水樹さんはさらに口を開いた。


「今からエサやり教えるから、覚えて」


「!!」


「できるでしょ? エサやりくらい!」




できる仕事が増えた……と考えるべきか? やらなきゃならない仕事が増えた……と捉えるべきか?




どっちつかずの俺だったが、水樹さんは意外にも懇切丁寧にエサやりを教えてくれた。エサの保管場所、エサの種類、エサやり場の場所、注意点など、分かりやすく教えてもらった。


「(普段の態度から、嫌われているのかと思ってたけど、案外、嫌われてるとまではいかないのかも……そうだ!)水樹さん!」


「ん?」


「水樹さんって彼氏居るんですか?」


「……馬鹿にしてんの?」


「あっ、いやっ……特に意味は無いです(やっべー、地雷踏んだ?)」


ちょっとだけ調子に乗っていた俺は、キツめの水樹さんの反応に、急に尻込みした。それでも水樹さんは質問に答えてくれた。


「ハイハイ、彼氏いない歴5年の、26歳ですよー」


「え!! 26!?」


「何? 文句あるの?」


「いいえ、若いなって思って22歳くらいかと思ってました」




水樹さんは、粟色のボブショートで、可愛いと言うよりは綺麗、と言った方がしっくりくる。スタイルは……。スレンダーでそれはそれで魅力的だ。




「とっとと嫁ぎ先見つけないとね。けどまぁ、こんな職場じゃ、出会いは期待できないよね。ここの職員も少ないから容易に辞めるのも気後れするし……」


「あー、大変ですね」


当たり障りのない返ししかできない自分が、心底力不足だと思った。


「あ、神奈さんは……?」


「神奈さんはねー、誰にも教えてくれないの。でも年齢は28歳だったかな? あ、私が言ってたって言わないでね」


「あ、はいー」




神奈さんも、若い。24歳くらいかと思っていたけど、あの黒髪ロングで可愛らしい顔立ちをしていて、グラマラスなスタイル……。水樹さんとはまた違った魅力を持っている……。




「コラ! 手を止めない。後30分! 気張りなさい!」


「あ、ハイ!」


21時に本日のスケジュールのすべてが終わった。俺は比較的話しかけやすい神奈さんに、今後何をするのか聞いた。


「ここの酪農農家ってこの後なにをするんですか?」


「お風呂入って、21時半には就寝かな?」


「21時半!? 小学生並みじゃないですか!? テレビも見ないんですか!?」


「あはは、だって明日4時半に起きるんだもの」


「4時……半……」




俺は絶望した。昼夜逆転の生活をしてきた俺にとって、早寝早起きほどの無理難題は無かった。




「明日、俺起きれますかね……?」


「頑張れ!」


神奈さんの、女神の様な笑顔に、癒され、やる気を出す俺だった。




翌朝、早朝――、


俺は気合で牛舎小屋に辿り着いた。


そして――、


その小屋で崩れ落ち、夢の世界にいざなわれていった。


(藁の、匂いがする……)


「明日も起きるくらいはしてねー」


遠くで、神奈さんの声が聞こえた。


「いいんですか!? あんなんで!」


水樹さんの怒り声も聞こえてきた。


「いいよー。多分まだ邪魔になるだけだし」


神奈さんの、珍しい辛辣な声も聞こえた。聞き間違えであってほしい……。


その後、俺は何とか、8時半には完全起床(それでも遅い)できた。


「すいませんでした!!!!」


全力での土下座、またいつしかしていた、軽い頭を牛舎の地べたに擦り付けるという動作をしていた。


「別にいいよ、あんたには期待してないから」


水樹さんの、いつもの辛辣な言葉が胸に刺さる。そして――、


「今朝したこと! 冊子三つにまとめといたから。読んでて!」


水樹さんから、仕事内容をまとめた冊子をもらった。


「あー、私も見せて」


神奈さんもそれを読むようだった。


「冊子三つ目の二枚目だけ見せて頂戴」


「あの……、他はいいんですか?」


おこがましくも俺は神奈さんに問う。


「あー、全部覚えてるからいいよー」


「! ……」


俺は完全に虚を突かれた。




(これが……ベテラン……! これが……プロ……!)




ただただ圧倒された。かくして、俺達の酪農農家生活は続くのだった。




【次回予告】河原での戦い




新鮮な水を求め、河原に訪れる俺、水樹さん、そして神奈さん。


しかし突如として現れた忍者によって放たれた鋭く尖った石が飛び、神奈さんの服が破れてしまう。下着が見えるほどに服がはだけてしまった神奈さんは、右手でブラを押さえ、左手でコートを無理矢理着る。困惑する水樹さんに、『ぐへへ、もっとやれ』状態の俺。三人の運命は!?




続きません




第ニ十話 および、短編集 完

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