22. 最終段階用病棟
二枚目の扉を開くと、その先は薄暗い最終段階用の病棟だった。
中に人の気配はない。どことなく、放課後の校舎のように感じた。天井の蛍光灯は、一つも点けられていなかった。
薄暗いのは、窓の一つ一つに鉄格子が取り付けられているせいでもある。陽の光が入ってこない。
おまけにそれらの窓ガラスも全部強化ガラスらしく、中に黒い針金が通されていた。
異様なのは窓だけではない。並んでいる病室もだった。
普通なら病院は、各病室に窓が出来るよう部屋を配置するはずだ。それこそちょうど、学校の教室のように。
でもここは、廊下が建物を一周するように作ってあって、その内側に、いくつも狭い病室が並んでいた。
その様子は何となく、ペットショップを思い起こさせた。
一つ一つの病室には、錠前がいくつも付けられた、さっき以上に厚い金属扉がある。
それぞれにちっぽけな窓が付いていて、中をのぞき込めるようになっていた。
足早に廊下を歩きながら、扉の中を見て回る。最初の三部屋には誰もいなかった。
最近は、長期療養の患者も減っているのかも知れない。しかし、部屋の様子、扉の具合を見れば見るほど、こんなところに入れられた人が事故で外に出てしまうことなんて絶対にあり得ない、と確信した。
確実に誰かが、この扉を意図して開けたのだ。
そしてマコトくんは逃げだし、屋上から飛び立っていった。
まといついてくるような暗がりの中で、一部屋一部屋を、目をこらして調べていった。
七部屋目でとうとう、拘束されている患者を見てしまった。
狭い部屋の中には、真っ白な拘束着で全身動けなくされた、女の子がいた。
彼女の翼は、ユウくんのように綺麗に広がってはいなかった。かなりの部分羽が抜け落ちてしまい、部屋中に飛び散っていた。
羽毛のクッションでも引き裂いた後のようだった。翼はあまりに痛々しく、見ていられなかった。
すると、ベッドの上で芋虫のように転がされ、痩せて暴れる元気も失いつつある彼女は、覗き込んでいるわたしに気づいたのか、じっとこちらを見つめてきた。
彼女とわたしは、まっすぐに眼が合う。舌を噛まないようにか口にも何かマスクのようなものを付けているので、彼女は何も言わなかった。
長い黒髪の彼女は、しかし、信じられないほど美しい眼をしていた。
澄み切って、見ているこちらが囚われてしまいそうなほど、澱みのない瞳がそこにあった。
どれだけ身体や翼がぼろぼろになっても、彼女の眼は気高く、自信に満ちたままだった。
わたしはしばらくの間そんな彼女を見つめ続け、それから耐えられなくなって、そこから急いで立ち去った。
並ぶ病室を廻るうち、何人もの最終段階の患者をわたしは眼にした。
彼ら、彼女らは、一人一人違う状態にあった。
ある子は必死に拘束から逃れ、空に飛び立とうと半狂乱になって暴れていた。
ある子はもう全てを諦めた様子で、床に倒れ、涙を流してうずくまっていた。
頭から血を流している子もいた。何の事情でか、片腕のない子もいた。
でもたぶん、みんなそれぞれに必死で、だからわたしは見ているのが辛くて、仕方なかった。
そうして見ているうち――次第になぜ、この子たちを拘束しなければいけないのか、わたしは分からなくなってきた。
いや、もちろん、空に飛び立てば死んでしまうから、こうしているのだ。そんなことは分かっているのだけれど。
でも、なぜこんなひどいことをしなければいけないのか。見れば見るほどに、分からなくなってくるのだった。
部屋の奥に縛り付けられ、中程から真っ二つに折れた大きな翼を晒したまま、強い瞳でこちらを見据えている小学生くらいの男の子を見たとき、わたしは目の前が霞む気がした。




