改稿中
「ディアナ戻ったぞ」
突然開かれた扉の前に赤毛の女が立っていた。褐色に筋骨隆々とした出で立ちは武人を思わせる。見上げるほどの体躯に朝陽は圧迫感を感じた。
「お帰りなさいヴァンケ。傷は大丈夫ですか」
「この程度はかすり傷さ。ところで、コイツは誰だい」
重力を伴う重い視線が朝陽にのしかかる。
「彼はヒノアサヒさんです」
「ディアナ……アタシのいない間に男を連れ込むとはね」
「何を言ってるのヴァンケ。アサヒさんは森で襲われた私を助けてくださったんですよ」
その言葉にヴァンケの目の色が変わった。
「ほう、助けた。こんな冴えないヤツが」
「ヴァンケ、失礼ですよ。長い逃走の疲れで八つ当たりしたいのもわかりますが、なにもアサヒさんにすることはないでしょ」
たしなめるようなディアナの言葉に少し喜ぶ朝陽。
「八つ当たりなんざしてないさ。見たまんまのことを言ったまでよ」
なぜか誇らしげな表情を浮かべたヴァンケに朝陽は多少の苛立ちを感じた。先ほどまでの清涼感ある空間は突如現れた赤毛の女に乱されている。なんとなく居心地が悪い。
「アサヒさんごめんなさい。ヴァンケは恥ずかしがり屋だから初対面な人には少し辛く当たってしまうの」
「いえいえ気にしないでください。ディアナさんは」
言い終えてヴァンケに一瞥をくれる。しかし後ろ向きで傷の手当てをしているようで、気にも留めていないようだ。朝陽は少しむくれた。
再び朝陽は蚊帳の外となった。
「国境沿いの追っ手はどうでした」
「アイツらなら撃退はできた。だがすぐ追ってくるだろうな。お前を追ってったのはどうだ」
「こちらも同じです」
「状況はあまり芳しくないな。明日にでもリューネに向けて出発の準備をした方が良さそうだ。逃げるのは早いにこしたことはない」
朝陽は二人の会話の中に、逃走や逃げるという言葉が混ざっていることに気がついた。
「ディアナさん。二人は何かと戦っているの? 撃退とか逃走とかって言ってるけど」
「まだ話していませんでしたね。私とヴァンケはとある国から逃げているんです」
「国から⁉︎ なんでまた」余計な質問だったのかもしれない、と朝陽は思った。
「それはですね……」
「ディアナ、余計なことは言わなくていい」
ヴァンケが遮った。質問をした朝陽はなぜか安堵した。深入りせずに済んだ事にだろうか。
「ごめんなさいアサヒさん」
「俺も変なこと聞いてすみません」
部屋の中に気まずさが横たわる。
二つのノックが部屋の空気を弾いた。
「ダーナーです。失礼いたします」
芯の通った冷たい声が外から聞こえる。ディアナは小声で「忘れてました……」と呟いた。ヴァンケは呆れた顔をしている。
応答の無い扉は開かれた。白髪を後ろに撫で付けた初老の男だ。
「皆さまいらっしゃったんですね」
「すみません。話し込んでおりまして」
あれだけ廊下の声が聞こえるなら、部屋の中の沈黙もお見通しだろう。朝陽は思った。
「いえいえこちらこそ。何やら受付で不手際があったようで、失礼いたしました」
わずかな時間、ダーナーの視線が朝陽に注がれた。だがすぐにディアナに向き直り話を始めた。
「お母様のリンダ様には大変お世話になりまして。今回は宿泊先の提供とささやかではありますが、少しでもディアナ様の助力になればと思いますので。何か必要なものがあればなんなりとお申し付けください」
要所要所ディアナは言葉を挟もうと試みている様子が見て取れた。連写された言葉への返答に窮している。何から返せばいいのか迷っているのだろう。出会って直後の朝陽にすらその困惑は見て取れた。再びダーナーが主導権を握った。
「ディアナ様、そちらの男性は」
「ヒノアサヒさんです。彼には森で襲われたところを助けていただいたんです」
「彼が……」
再びダーナーの視線が朝陽を捉えた。眉間に刻まれた皺には何かしらの意図が込められているようだった。
要件が済んだのか、ダーナーはお辞儀のあと部屋を出ていった。
「ディアナさん、さっきの人は知り合いですか」
「あの方は、私が生まれ育った城で給仕係をされていた方です。私自身面識があるわけでは無いのですが、ヴァンケの話では母がとても懇意にしていたと聞いています」
「城の給仕係か。なんで辞めちゃったのかな」
朝陽の疑問にはヴァンケの睨みが帰ってきた。
「さっきも言ったが、お前は知らなくてもいいことだ」
「ちょっと聞いただけじゃん……」
ふてくされた朝陽に、ピシャリと言葉が飛んだ。
「アサヒ、だったな。偶然でもディアナを助けた事には感謝する。だが、もうお前がここにいる理由はないんじゃないか。そろそろ出ていったらどうだ」
ヴァンケは言葉を紡ぐ間、朝陽とディアナの交互を見ていた。
「ヴァンケ。あんた、もしかして気遣ってくれてるのか」
「別にそういうわけじゃない」
逃走の渦中である二人と行動することは危険に巻き込まれる可能性を示唆していた。朝陽の身を案じての発言なのだと朝陽は考えた。
「じゃ、俺行くわ。幸い会話は出来るみたいだし」
ディアナも気づいたのか俯いている。おもむろにポケットを漁っている。何かを取り出した。
「アサヒさん。これを」
差し出されたのは金貨の入った小袋だった。
「こんなの受け取れないよ」
「命を救われたお礼です。今の私たちにはこれぐらいしかできません。ですから受け取ってください」
朝陽の手には金貨の詰まった小袋が手渡された。
「それだけあれば一ヶ月は暮らして行けます。無駄遣いをしなければ、ですが」
二人から見送られながら宿屋を後にした。
お読みいただきありがとうございました。今後も研鑽をつみ、執筆してまいりますのでよろしくお願いいたします。




