不思議な熱
「凛」
そのはみ出た頭の方に向かって声をかけてみたら、ビクンっと反応があった。そしてこちらを覗くようにして振り返ってきた。
「あ、祐真さん。どうも」
いきなり背後から声掛けちまったし、驚かせちまったか。
「どうしたんですか」
「ちょっと外歩いて戻ってきたところに、凛の姿を見かけたもんだったからな」
「あぁ、そうでしたか」
数歩ばかり凛に近寄ってから聞いてみる。
「そっちこそなんで一人なんだ。橋本とかと一緒じゃないのか?」
「桐華さんと明莉さんは再び大浴場の方に。京子ちゃんと神奈さんは、向こうの方にいたと思いますよ。私はちょっと、今は一人で過ごしていたかったので、こうしていたんです」
「そうかい。なら邪魔しちまったな」
そうだと言うなら、今は一人でそっとさせておいた方がいいか。
なら俺はさっさと、拓弥達に合流を。彼女の右横を通り過ぎようとしたところで、クイッと身体が後ろに引き寄せられる。凛に浴衣の右袖を掴まれていた。
「あの……祐真さん」
「なんだ」
「少し……お時間頂いてもよろしいでしょうか」
そう言われ、無言で少し考えてみる。拓弥達を待たせてしまってるが、少しなら問題ないか。
「まぁすぐに終わるのなら」
「あ、ありがとうございます。場所、変えてもいいですか」
凛に言われ、従うがままに再び外へ。少し歩いて人通りの比較的少ないところに。
「わざわざこんな所まで……どうした急に」
「あまり他の人には聞かれたくないというか、人目を気にしたくはなかったので」
「そう」
わざわざそこまでしなきゃならんってことは、よっぽどの事なんだろうか。もしかしたら、あの時のあれと関係があるのだろうか。
いやいや考えすぎか。いくら休暇でハメ外しているとはいえ、頭の中お花畑になっちゃあいかんだろう。変な考えは持ち込まんように、と。
一度咳払いしてから、凛に聞いた。
「それで、どうした」
「温泉に浸かっていた時、こちらの方に来てからのことを、思い返していました。色々なことを学ばせていただいて、とても楽しかったです」
「そっか」
思い出話、みたいだな。一見、他人の目を気にするような内容ではないけど、凛の内面的な事情も顧みれば、人目がないに越したことは無いだろう。
「やっぱり向こうの方、凛や黒羽がいた世界とは、かなり違うもんなのか」
「ですね。以前にもお話ししましたけど、私はずっと里の中で育ってきましたので」
「そら、見たことないものだらけか」
それだけで済んでくれればよかった。そしたら俺も、色々あったよな。って終わった話だったんだが。
薄々警戒していた事が、凛の口から。
「それと……桐華さんからこんなことを言われたんです。自分くらいの歳の女の子だったら気になる男の子のことを考えることがある……って」
「お、おう……」
やっぱり橋本の奴、何かよからぬこと考えてやがったな。
「極力考えないように……とは思っていたんですが……どうしてなのか頭から離れなくなってしまって」
「え゛」
「こういうのって何なんでしょうか。桐華さん聞こうとしたら、はぐらかされてしまいまして」
好奇心旺盛な、子供の様なうるうるした目で聞いてきた。
とうとうそういう領域にまで踏み込んできやがったか。橋本め、純情な凛につけ込んできやがったな。
「さぁな。少なくとも、男の俺には乙女心なんてものは理解できん。複雑ってか掴みどころがないからな」
「理解し難いと」
「そう思ってくれていい」
「そういう気持ちがあると、時には大胆になるものなんでしょうか。その……夢咲さんみたいに」
「時にはって言うか、あの人はいつも大胆だからな」
俺自身呆れさせてくれるくらいに、あの人は積極的だ。出なきゃ俺の部屋に忍び込んで夜這いなんて真似できないし。あの人の種族の問題でもあるのかもしれんが。
「でもそれは、そういう感情があるからって言うことですよね」
「だと、思うけど」
「それって」
右横に立っていた凛が軽いステップを踏んで俺の前に向き合うように立つと、背伸びして俺の顔にずいって近づいてきて――――
唇が軽く触れた。
ほんの一瞬。あの時とは違う柔らかい感触。
「こういう事……なんでしょうか」
「……わからん」
いきなりの事で、何て返事したらいいのかわからん。どう受け止めたらいいのか。なんて思うのが正解なのか。
「でもなんか、疑問が少しは解消されたのかスッキリしました。ありがとうございます」
「おう……そうか」
顔すごい赤いけど、無理してやった……とかじゃないよな? てかそんなこと考えるのは、勇気振り絞ってやった凛に失礼極まりないな。
「そろそろ中に戻りましょう。祐真さん」
「……そうだな」
動揺は顔に出さないようにと、咳払いしてからロビーの方に歩いていった。
「おーい祐真ー」
「凛ちゃーん」
ロビーに戻ってくるとそこには今度、拓弥達六人の姿があった。
「どうしたいったい」
「どうしたって、あまりに遅いし連絡来ねぇからこうしてきてやったんじゃねぇか」
「ありがたく思えよな」
そういや連絡飛ばそうと思ったところに凛に遭遇して、その後ずっと二人で話していたから、そうする間がなかったんだ。
まぁ結局の所、連絡飛ばすの忘れてた俺に非がある訳なんだが。
「てか二人してなんで外からやってくるんだよ」
「戻ってきたところにたまたま凛がいただけの事だ」
横からぼそっと「なんでそういうこと言うですか」って呟いて来たけど、事実を言うわけにもいかんので。そういうことにしておいてもらいたいのだ。でないとからかわれるし。
「あっそ。それよか早くカラオケ行こうぜ」
「そうそう。皆待ってたんだからねー」
「悪かった悪かった。なら早く行こう」
「それで、凛ちゃんとは何があったのかなー」
橋本の横を通り過ぎる時に、そう彼女に言われたけど、返事をすることなく素通りする。
ちょっと驚いた顔を見せてからまた俺に話しかけてくる。
「なんだ橋本。呆気に取られた顔して」
「いや、いつもの架谷くんだったら「なんでー」とか「何もねぇよ」とかって言って突っかかって来るのに」
「どうせ、聞いても教えちゃくれないからな」
余計なことは何一つ言わず。ただそれだけ言って、前を歩く拓弥の背中を追いかけて行った。
顔は平常を取り持っているけど、内心は全然そんなことは無い。心臓はテンポ早く鼓動しているし頭の中は軽く真っ白だし。
凛の表情はもういつもの感じに戻ってるけど、彼女も今は俺と同じなんだろうか。




