面倒な予感
楽しい時間が過ぎていくのはあっという間だと言うが、そう言われるのもよくわかる気がする。
ついこの前夏休みが始まったと思っていたのに、気がつけばもう九月。夏休みが明け、今日から新学期である。
夏休みというこの約四十日間。色々な思い出があったなぁと、振り返ってみる。
夏休み入ってすぐ、七月末には一年A組のあの七人と、オカ研の方達と一緒にプールや花火大会に行ったり、盆が開けた頃にはA組の八人、拓弥からの誘いで温泉に連れてってもらうことになったりと。
他にも文乃さんにはデート誘われることもあった訳で。ショッピング行ったり、映画見に行ったり。
その際に俺の部屋に夜這いできなくなったことを色々言われたけど、俺としてはもう勘弁してもらいたい。彼女に納得してもらうのにどれだけ苦労したか。
でもあの人の場合、いつまで経っても納得してくれないんだろうとは思うけど。何かしら別の策を企んでは来るだろうから、一線越えないようにこちらも対策の必要がありそうだ。
身内ぐるみになれば、日本に帰省してきた父さんと久々に顔を会わせた。
でもって家族四人と凜で祖父母の実家に遊びに行ったり、札幌と函館の方に旅行に行ったりした。
父さんはこの時に初めて凛とご対面することになったけど、言ってたことはやっぱりじいちゃんと同じだった。いつ結婚するんだって。
あっちは母方の祖父で、当然父さんとは血の繋がりが無いとはいえ、その辺考えることは似るものなのかよって、心の中で思ったよ。言葉には出さずにな。
総評を述べるなら……この上なく充実した夏休みだったと思う。
久々……と言っても十日程前に登校日があった訳だが。新学期を迎えて見る校舎というのは、少々新鮮なものを感じさせる。
一緒に登校してきた凛と校門をくぐって生徒玄関まで歩いていると、背後から聞きなれた声がする。
「おーっす! おはよぉ凛ちゃん!」
「あ、おはようございます。吉島さん」
「架谷もな」
「……おう」
虎太郎の奴、朝から随分と元気なもんだなぁ。こんなハイテンションなやつだっただろうか。
まぁそれは抜きにしたって、今日から新学期なんだぞ。夏休みが終わって、よっぽどの事でもない限りは気分の浮かれるやつなんて居るわけないだろう。
まぁそんな例外が今、元気よく挨拶しながらこちらに向かって来ているわけなんだが。
「おっはよー!!」
右手を挙げ、メトロノームみたいにブンブン横に振りながらこちらに走ってくる一年の女子生徒が一人、いや二人か。左手は誰かの右手と繋がれている。
「おはようございます。桐華さん」
「おはよー。そして架谷くんと吉島くんも」
「よーっす」
「おはよ」
橋本と挨拶を交わしてから、おそらく無理やりであろう、彼女に連れてこられた人物に声をかける。
「おはよう黒羽……大丈夫か」
「そう、見えますか……」
「すまんかった」
やや息の切れた黒羽である。ここまで取り乱した彼女は、普段あまり見ることがない。
「おはよう京子ちゃん」
「どうも……。凛さんは相変わらずお元気なようで」
「何があったの?」
聞かずとも、お察しはつく。
多分校門の所でだとは思うけど、橋本とばったり会って、そしたら同じタイミングで俺らがいることに気がついて走っていった橋本に引っ張られたのだろう。いきなりそんなことされりゃ、そらそうなるよ。
「災難だな」
「なんで京子ちゃんじゃなくて、私の方見て言うの?!」
「さぁなー」
黒羽がそうなった原因があなたですから。
何かと色んなことのきっかけになっているって言うか、トラブルメーカーって言うか? そんなあれだと俺は勝手に思ってみる。
「にしても今日から新学期かよぉ……」
「さっきのハイテンションはどうしたよ」
橋本とのやり取りを終えてみれば、もうテンション急降下な虎太郎の姿があった。
どうやら彼は橋本のような、その例外とやらではないらしい。
「いやだって。さっきは凛ちゃんの姿見かけたから少しは気分が良くなったけど、あっという間にってか、再び現実を突きつけられたって言うかなぁ」
「現実って」
「なんでもう新学期なんだよ?! あと十日くらいでいいから夏休み続いてくれよ! 八月三十二日とかになってくれよおい!」
それは物理的に無理だ。そんなこと言ってるといつしか八月六十七日とかになってるぞ。
そんな冗談はさておいてだ。気持ちはまぁ分からなくもない。もうちょい休みは欲しいと思うし、新学期が少し嫌になるのもわかる。
しかし現実とは恐ろしくも非情なのであって。
「諦めろ。制服着て学校来た時点で、その望みが叶わないことを受け入れてるんだろうが」
「ぬぐぁあ?!」
「中々に鋭い一言が入ったよ」
どうやらトドメを刺してしまったらしい。血でも吐いてそうな叫びとともに膝からガックリと。
仏具の鈴の、チーンという音が心には聞こえてくる。
「さて行くかー」
「いやいや。吉島くん、ほっぽいちゃダメでしょ」
「そうですよー」
凛と橋本は心配しているようだが、男友達の俺はさほどそうは思わず。てかそう思ってるならあんなこと言わねぇし。
「心配すんな。二分もすりゃ生き返る」
「そうですね」
「どぅあれが死人だオラァ!!」
俺と黒羽で先に行こうとしたところでほらこの通り。すぐに復活しました。魔導師も神父も必要無しですね。
「思ったよりお早い復活で」
「なめんなよ。てか調子乗んなよてめぇ」
「悪かった悪かった」
虎太郎をなだめつつ話し込んでいたら、背中が誰かにぶつかった。
「あ。すみません」
「……」
後ろを振り返り、ぶつかってしまったその人と顔を合わせた。
そこに居たのは、灰色の髪をした、宝石のような眼をした少女。ネクタイは赤なので二年の生徒か。それにしてもこんな生徒、いただろうか。
あとひとつ思うことがあるとすれば……初めて会ったような気がしない事だろうか。




