099話
「うわぁ」
何が何だか判らないまま、昇降機が着いて4階で降りると、そこにはほとんど何も無いダダッ広い空間が広がってた。
幾つか有る建物の柱以外に目に入るのは、真ん中へんにある執務机っぽい大きな机とその周辺に散乱する箱類、後はその近くにある応接セットくらいだ。
「どうやら魔法士協会ではそれなりの収穫があった様ですな。こちらも今の所は順調ですが、魔石精製のプラント調達でやや躓いております」
机の向こうからのっそりと立ち上がったおじ様が、何やら意味有りげにレティと肯き合ってからこっちを向いた。
「姫様、この建物は両協会での『騒ぎ』と魔物ドラゴン騒ぎの混乱の中、我々が手に入れた物件の一つでしてな。場所が良いので仮の拠点として使っておるのですよ」
へっ、われわれぇ?
思わずレティの方を見ると、ヤツはシレッとした顔で見返して来た。
「紅蓮の翼討伐を祝う席でお話したと思いましたが、私とマチアス殿は、ひぃ様が近い将来に作られる独立騎士団創設の為の下地作りに動いております」
ぬう。コイツってばいきなり何を言い出してるんですかねって感じで、反射的におじ様の方に振り返ると、何故かおじ様も静かに肯いてた。
あ、あれぇ、そうだったっけ?
こりゃヤバいって感じで、急いで思い返してみるものの、そのなんちゃらパーティの時の事なんて、レティとおじ様が侍女頭と執事長をやるって盛り上がってた事くらいしか覚えてない。
アリーと遊ぶので忙しかったってのもあるけど、その後もかなり酔っ払ってたし、イイ気分になっちゃって、そのまま寝ちゃったしねぇ。
「ひぃ様。まさかと思いますが、酔っ払ってたから全く覚えてない、などと言い出すお積りでは無いでしょうね?」
しまったと思うものの何も思い出せず、ポリポリと頭を掻くしかない状態のワタシに、なにやら妙な迫力を出したレティのヤツがずずいと迫って来て、ちょっとアセる。
マズいっ。幾ら何でも「全然聞いて無かったよー」とかって言える雰囲気じゃ無いですよっ。
「まあまあ、別に良いではありませんか。どの道必要な事でありますし、姫様とて既に我らに少なくない金額を預けられておるのですから、全く覚えておられない訳では無いでしょう」
しかし即座におじ様の助け舟が出て、シブシブって感じに引き下がったレティを見てホッとした所で、ワタシは漸く少しだけ事の顛末を思い出した。
そう言えば、アリーが寝る為に下がった後で、ワタシが何かデカい事を言って、ザリガニの賞金で貰った大箱一個をレティに預けたんだったわ。
取り敢えず思い出した事を口に出すと、レティは納得してくれた様で「覚えておられるのならそう言って下さい」なんて言いながら、お茶の支度を始めた。
ううむ、危ない所であった。お酒って怖いですねぇ。
若年性の痴呆にでもなったのかと思いましたよ
「ところでココって、一体幾らで手に入れたんですか?」
でもその時の詳細の話に移るとヤバいので、速攻で話題を変えてみる。
どうもおじ様とレティは、奴隷売買組織壊滅や魔物ドラゴンの騒ぎに紛れて、色々と暗躍しちゃった感じがする。
こんな商業一等地の物件を押さえるなんて、普通なら並大抵じゃないお金が掛かるのに、どうやって手に入れたのかねぇ。
「全て地代込みの値段ですが、大箱一つ(約二千万円)程かと。まぁ此処は一番値が張りましたが、他はタダも同然でしたので知れております」
「マジですかっ」
おじ様の言葉に唖然とする。
それが本当なら、これは由々しき事態ですよ。
「南部連合成立で王領から離れれば、地の利の有るランスは必ず化けましょう。リプロンに匹敵する一大城塞都市となってもおかしくはありませんから、将来が楽しみですな」
悪い笑顔で続けたおじ様に、ワタシは頭を抱えそうになった。
おじ様の言い様から、二人が買った物件は此処だけじゃ無いみたいだし、全てが地権代込みと言う事らしいけど、こんな一等地の建物を借地権(普通、土地を所有出来るのは王侯だけだ)ごと買えば、普通ならその5倍でも激安だ。しかも将来値上がり確実と来れば、更に数倍の値段が付いても可笑しく無い。
それをたった大箱一つで買っただなんて、この二人、一体どんな悪事を働いたんだよっ。
思わずレティをジト目で睨むと、ヤツはスイッと目を逸らしやがったものの、即座におじ様が割って入って来た。
「魔物ドラゴンが出たお陰で、皆が要らないと投げ捨てた物を捨て値で拾い捲っただけですから、別段悪事に手を染めたと言う訳ではありません。またそれは無論、レティ殿も同様です」
はぁ、成る程ね。
もう一度レティのヤツを見ればうんうんと肯いてやがるので、おじ様の話は本当みたいだけど、広義の意味では悪事以外の何物でもないよなぁ。
おじ様やレティは、アルマスのオネエやフェリクスおっさん、そしてワタシの介入を事前に知ってたんだから、例え相手が魔物ドラゴンでもランスが墜ちる筈が無いって判ってたんだもんな。
溜め息を吐きながらも、おじ様の勧めに従ってソファーに座ると、向かいにおじ様とレティが座って、二人してこの件の説明を始めた。
説明によれば、二人はこれからのワタシが討伐する魔物の素体を売り捌く商会を設立したらしい。
後見(商会は貴族の後見が無ければ公的に設立出来ない)はオネエとデラージュ閣下で、取り敢えずの本部は此処だ。
仕事早ーいと思ったものの、良く考えれば実質的にこの地の支配者である閣下が後見なんだから、そりゃ許可なんて一瞬で出るわ。
どうせ商会設立時には全ての物件を押さえ終わってて、何もかもが後付けなんだろうけれど、そんな事は判ってて許可を出した閣下も黒いよなぁ。
ある種の恩返しみたいなモノかも知れないけどさ。
見事に遵法精神のカケラも無い所業に苦笑いしながらも、ワタシは二人のここ数日の謎の動きに納得して、紅茶を啜りながら一息ついた。
良くもまあ、魔物ドラゴン討伐戦の最中にそんな行動が出来たもんだと思う。
レティの行動って考えると、それでも「成る程」って納得しちゃう所はあるけれど、おじ様までがそう言うヒトだとは思わなかったよ。
そう考えると、何時ぞやのレティが言ってた通り、この二人って結構似た者同士なのかも知れないね。
「でもさ、将来の独立騎士団設立の為に何らかの公認組織を作っておくってのは判るけど、なんでまた素体商会なワケ?」
一息ついたら次の話ですよって感じで、ワタシは二人に対して最大の疑問をぶつけてみる事にした。
この二人、何だか思いっきりグルっぽいし、こうなった以上はもうおじ様もレティと同じ扱いでイイかと思って、一緒の扱いにしてみたんだけど、仲間内に入れられたと受け取ったようで、おじ様はちょっと嬉しそうな顔になった。
何故かレティまでがそんな表情だ。
この二人、キャラとやらが似ているだけあって、どうも反応まで似てる様な気がするのは気のせいなのかね。
ちなみに素体商会ってのは、それなりの討伐ギルド何かがよく傘下に持ってる、専門の素体売り捌き業者の事だ。
理由は勿論、討伐士協会の支部や支局に持ち込むよりも、その方が「金になる」からだね。
討伐士協会の素体引き取り額は、買い叩かれる事は無いとは言え、お世辞にも高いとは言えないのが実情だから、討伐総数のアベレージが高い私設討伐団は、自前で処理して懇意の商会に売り払ったり、初めから自前でそう言った商会を持ってたりするんですよ。
ぶっちゃけた話、素体を自前で流通に乗せられる程の力があれば、その儲けは協会に流すより5割近く高いと言われるし、魔石まで精製出来る場合は、倍を超えて跳ね上がるとまで言われるから、組織力の有る団体ならやらないテは無い。
要はそう言った大規模団体と同じ事をやろうって事らしいんだけど、どうなんでしょうかね。
「正でも準でも称号を贈られれば、ひぃ様はその御性格上、これまでの様に討伐士協会の支部などに顔を出す事が難しくなるでしょうし、現段階における魔物討伐数のアベレージも驚異的ですので、早晩、魔物素体の売り先に困る事は必定です。どの道何処かの商会と専属契約を結ばれるのであれば、自前で持った方が良いと言う判断で御座いますね」
シレッとした表情に戻ったレティが、理路整然とした口調で言い放った話の内容にガックリと疲れる。
いや、まあ確かに言われる通りなんだけど、「御性格上」と来ちゃいましたか。
シャイな性格で悪かったなぁ、全くよぉっ。
「姫様の魔物討伐数ですと、現状ではあまりにも不経済ですからな。さっさと枠組みを作って、売れるものは売りませんと、勿体無いと思いますぞ」
でも、レティのフォローをする様に続けて来たおじ様の話には納得するしか無い。
「確かにワタシの魔物討伐数って、とっくに個人レベルを超えてるもんね」
前にアレの町でも「支部始まって以来の大量持ち込み」とかって言われちゃった様に、ワタシの魔物討伐の週当たりアベレージ数はバカみたいに高い。
個人が討伐する魔物数なんて、普通なら週当たりでもオークで1、2体って所だから、ワタシの週当たりの魔物討伐数はぶっちゃけ、そこらの独立騎士団と同等のレベルだ。
トカゲ野郎の討伐総数なんか、何処の有名騎士団ですかってな数になっちゃうし、丸っきり一人独立騎士団って感じになっちゃってるもんな。
「まあそう言う理由で、取り敢えずは私が代表を務める形で、素体商会を立ち上げる事にしたのです。丁度良くフットワークの軽い男も見つかりましたし、そヤツに業務の主体は任せて、後はレティ殿と私のコネで回せると言う算段ですな」
おじ様は討伐騎士(つまり浪人)なので、普通の騎士と違い、それが商会主だろうが料理人だろうが何にでも成れる。
それはワタシもレティも同様だけど、好き好んで商人に成る騎士なんてそうそう居ないから、要はワタシの為って事なんだろうね。
なんだかなぁ。ホントにおじ様ってば、モロにワタシの臣下って感じになっちゃってますよ。
今宵もこの辺で終わりにしとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。




