111話
「実は誰をこの役職に付けるかで最後まで揉めてたんだが、アンベールがお前さんにと言い出して押し通しちまってな。ま、そう言うワケだ」
そう言うワケだ、じゃねー!
冗談じゃ無いよ。
思わず頭を抱えそうになりながらも、何とか必要な知識を引っ張り出す。
城塞都市の守護騎士って言えば、名前だけの名誉職のクセに普通は死ぬまで変わらないし、結構な年金にプラスして域内に支配地まで与えられる事実上の地封貴族だ。
その城塞都市を基点とする地方を治める領主が委任する形だから、普通なら領主の人の臣下(つまり陪臣)が成るモノだけど、れっきとした「官職」なので、形式的には陪臣格では無く王の「直臣格」になる。
要はこの話、実現した暁にはワタシは立派なお貴族サマになっちゃうってコトだ。
「あのさぁ、確か城塞都市の守護騎士って域内に知行(支配地)まで貰えるんじゃなかったっけ?」
流石に呆れ果てたって感じの顔で訊いてやったのに、当のエルンストさんは何故かご機嫌な表情になってまた笑う。
「そうだなっ。出来ればさっさと地図に『ココ』って丸でも付けて貰いたい所だ」
「決定事項かよ!」
幻頭痛どころか、頭がパニックを起こしそうになったワタシが乱暴な言葉で切り返すと、エルンストさんは「仕方が無いヤツだな」って感じのお手上げポーズで応えた。
「あんな銘も無いカタナ剣一本で借りが返せるワケが無いだろう? あの馬鹿はヘンに律儀なんだ。後はお前さんがコイツにサインするだけさ」
はぁぁぁぁぁ。
魂が抜けちゃいそうな位に盛大な溜め息を吐いて、ワタシはガックリとうな垂れた。
この話の流れじゃ、コレってもう拒否とかは出来無いんだろうなぁ。
「でもあの剣って二代目モンラッシュ作だよ?」
もう悪足掻きだって判ってても、言う事だけは言わないとマズいと思って剣の素性を口に出すと、エルンストさんがニヤリと嗤った。
ううむ。この嗤い方、知らない人が見たら結構ビビりそうだな。
流石は強者って感じの嗤い方だけど、普通人だったら卒倒しかねない位の迫力があるわ。
「知ってる。だが所詮は数打ちの駄物だ。売って何処ぞの王侯の倉に仕舞われる位なら、お前さんの様な強者に使い潰して貰った方が世の為と言うモノだな」
うはぁ。こっちの「勿体無いんじゃないの?」ってセリフが、言下にスパッと切り捨てられちゃったよ。
モノが何であろうと、一度手放すと決めたが最後、未練など微塵も無いって雰囲気だ。
ホント閣下と言い、このヒトと言い、戦場往来の強者ってヒト(無論、人では無い)らはコワいわ。
「マジですか…」
返事にならない返事を口に出して、ワタシは何とか顔を上げた。
官位や官職は爵位や称号と違って年齢制限が無いから、この問題はすぐにでも襲い掛かって来る問題に成り得る。
薄々ながら裏は読めて来たものの、こりゃ本当にメンド臭い事になっちゃうかも知んない。
「オイオイ。お前さん程の強者が、城塞守護騎士程度の単なる名誉職にビビッてどうするんだ? 要は『名前を貸せ。地位と名誉と金は出す』と言ってるんだから、笑って貰っておけば良い」
するとこっちの表情を見たエルンストさんが、大層な事を言いながらまた笑い始めた。
しかも今までの笑い方と違って、気配まで丸出しの、何か本性が出た様な獰猛な笑いだ。
最後の一押しってコトで畳み掛けて来たって感じだね。
でもこっちにとってはこう言う雰囲気の方が気楽だし、何て言うか、頭の中がクリアな感じになってイイ。
「また随分と強烈な物言いをするよね。確かにぶっちゃけたらそんなモンかも知れないけどさっ」
心の中でニヤりと笑い、突っ込んで来たトカゲ野郎を躱す様にエルンストさんの気配を躱す。
元貴族の端くれだった者として、此処はタダでは退けない。
ましてや本物の気配を出された程度で退いちゃったら、討伐騎士(従騎士だけど)としての沽券にも関わるもんねっ。
「無位で未成年の守護騎士なんて聞いた事も無いし、そっちが大変なんじゃないの?」
畳み掛けを外されたエルンストさんが「おやっ?」って顔になった所で 貴族感覚な物言いをワザと砕けた口調で言ってやる。
この守護騎士って官職、王サマが地方領主の目付け役に送り込んで来たりする官職だったりもするんで、大抵の場合、既に爵位を持つ(爵位を持つ人は形式的には直臣格)人か、高位の官位(6位以上)を持つ人でないと成れない(王サマが反対する理由になる)のが不文律なんだよね。
この辺は彼らの泣き所な筈だし、どんな裏があるとしてもココがそれに直結してる筈なんだよ。
「参ったな。お前さんをガキだと舐めたヤツは、さぞかし酷い目に会わされるんだろうな」
しかしお手上げってなポーズになったのも束の間で、エルンストさんがまた笑った。
あーあ、やっぱこの反撃は予想してたって顔だな、こりゃ。
「しかしまあ、こっちの心配なら要らんから気にするな」
心配なんかして無いよ。って言うか、今の「大変」って言葉の意味を解っててそんな事が言えるんだとしたら、アンタの方が大したモンだよ。
ワタシの様な無位無官の未成年を城塞守護騎士にすると言う事は、正面切って大上段から世の慣例を破ると言う事だ。
ましてや、それが代官とは言え事実上の領主が制式にとなれば、それは世の秩序と言うモノに真っ向から挑戦する行為に等しい。
そう言う話をしてるんだからさ。
「マジで言ってるワケ?」
「無論だ。南部連合は新しい秩序を目指す国家である以上、旧聖王国から続く意味の無い因習に囚われない」
うわぁ…ど真ん中そのモノを言い切りやがったよ、このオッサン。
獰猛な気配を出しながらも笑い続けるエルンストさんに、つい「やってられないポーズ」をかましそうになってググッと堪える。
フェリクスおっさん相手じゃあるまいし、流石にそれはマズいよね。
どうもこのヒト、こう言う気配が出てる時の方が本物っぽいから、ついこっちも気が緩んじゃうんだよなぁ。
仕方が無いからお手上げポーズで応えつつ、そっと溜め息を吐いて考えを纏める。
何か今回も完全にやられたっぽいよな、コレ。
多分最初から今の今まで、エルンストさんの話は全部前フリだったんだろう。
「抜けて来た」なんてのも多分ウソ八百で、本当の狙いはワタシにランス守護騎士就任を依頼する事だったに違いない。
くっそー。
何だかんだ言うものの、エルンストさんも立派にお貴族サマしてるんじゃないかよっ。
「まあ、そんなモノをくれるって言うなら、確かにこっちは文句を言う筋合いじゃ無いし、喜んで受け取らせて貰うけどさ」
ワタシは意を決すると、委任状とやらにささっとサインを書き込んで、ニッコリと微笑みながらエルンストさんに差し出した。
まあもうしょうが無いもんね。
どの道ワタシがここでウンと言った所で、こんなのまず絶対に西聖王国の王宮が許さない。
当然な話だけど、官職ってヤツは王に任じられなければ就く事は出来ないのが決まりだ。
ましてや城塞都市守護騎士なんて言う高位の官職は、王に直接任じられなきゃ成れるワケが無いモノだからね。
だからこの委任状は、ワタシをダシにして南部連合が西聖王国王宮に対して放つ嚆矢になる。
南部連合が西聖王国王宮と反目する名目の、最初の一つになるって事だ。
あー、やってられない。
ホントにさっさと西聖王国域内から脱出しないと、どんな目に合わされるか判ったモンじゃないわ。
今宵もこれまでに致しとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。