109話
何やら急に真顔になったエルンストさんが、虚空を睨んで両手を握り締めると、スックと立ち上がった。
「見事な騎士紋だった! それに尽きる。正直私はあの男が好きでは無かったが、あれ程見事な騎士紋を見せられれば、評価を改めずにはおれん!」
はぁ?
一瞬、何の話だが判らなくて、そのまま目の前のエルンストさんを凝視したまま固まる。
これってまさか本気で言ってる話じゃ無いよね? 単なるウケ狙いだよね?
「成る程あの男は長い事、己が信ずるに足る真の主を探す旅をしていたんだな、と思わず貰い泣きをしてしまったぞっ」
しかし疑問符を頭に付け捲くってるワタシを尻目に、目を瞑って天を仰いだエルンストさんが力の入った物言いを続けて来ちゃって、もうガックリ。
はぁぁぁ。何かドッと力が抜けちゃう話だわぁ。
このヒトって大丈夫なんでしょうか?
真剣に頭痛がして来たわ。
深刻な頭痛の幻痛に襲われながらもレティを見れば、何時の間にかヤツまでが仁王立ちして腕を組み、目を閉じてウンウンと肯いてやがった。
二度ガックリって感じ。
「アンタまで一緒になって何やってんだよ!」って怒りが湧いたものの、そのお陰で何とか持ち直したワタシは気合を入れ直し、転がり落ちそうになってた椅子に座り直すと、頭痛の幻痛を振り払う様に頭を振った。
ふう。
改めてお茶を飲んでちょっと復活。
見ればエルンストさんとレティは立ち上がったままで、何か無言で肯き合ってやがるし、とてもじゃないけど付いて行ける雰囲気じゃ無い。
なんだかなぁ。
脳筋にも程があると思うのはワタシだけなのかな。
しかしまあ、どうやらおじ様は、昨日今日で入ったばかりの隷属魔法陣をもうカスタマイズしちゃったらしい事は判った。
エルンストさんの話を聞く限り、それも相当盛大にやったみたいだ。
確かに騎士の隷属紋(魔法陣)って、刻まれた方が色々と魔法的に意味の無い装飾を付け足したりして、元が何だか判んない程ド派手にしちゃう事は良くあるし、派手ならば派手な程上等と言った風潮は知ってる。
何故なら、精神的に抵抗すれば消えちゃうモノである以上、逆にクッキリハッキリと保ち続ける事は強い意志が無いと困難だからだ。
それが装飾込みとなれば、正しくその忠誠心が試される様なブツと言っても過言じゃ無い。
刻んだ側である主の方も、そう言った理由ならば無碍には出来ないので、大抵の場合は好きにさせるのが慣わしだしさ。
一度見せられた事があるけど、レティの背中もスンゴイ事になってるのは知ってるしねぇ。
「首下にチョコンと乗る程度のブツが、どうやったらそうなるんだよっ!」って涙目で訴えたけど、全く取り合って貰えなかったもんな。
って、待てよ?
ワタシはハッとして、未だにエルンストさんと肯き合ってるレティの方を睨んだ。
まさかと思うけどコイツ、おじ様にも自分と同じ「例の仕掛け」をカマしたんじゃないだろうな。
ワタシの睨みに気が付いたレティが意味有りげにニヤリと笑みを浮かべて肯く。
肯定のサインだ。
コイツってば信じらんない!
思わず右手で顔を覆うと、ワタシは天を仰いだ。
レティの騎士紋には独特の「人権無視」な仕掛けがある。
ある切実な理由から、ワタシが自立型自動人形の魔法を研究している時に出来ちゃった魔法陣で、コレを刻まれた人はワタシと強制的に魔法でリンクしちゃうと言う無茶苦茶なブツだ。
レティのヤツが真剣に頼むから渋々入れた経緯があるんだけど、その理由の最たる所は、この魔法陣は刻まれた人間の戦闘能力を一時的にとは言え強力に底上げしちゃう効能があるからなんだよね。
なんたってワタシの劣化版コピーが乗り移る様なモンだから、対象者は例のワタシオリジナルな身体制御魔法や雷気魔法が、劣化した形とは言え使えちゃうって事なんですよ。
知識としては理解出来なくても、ワタシの魔法なら感覚だけで使えるからねぇ。
しかもその上、ワタシの魔法力の一部まで使えるんで、対象者個人の魔法力まで底上げしちゃうって言う物凄さだ。
こう言うとイイ事尽くめっぽいけれど、コレって元々はゴーレムを制御する為の魔法陣だから、ワタシがこっち側のスイッチを入れたが最後、対象者はワタシの思い通りに動く人形になっちゃうし、その場合は精神とか心とかってモノにも強烈に侵食するんで、真剣にヤバい。
主導権は完全にこっち側に有るから、こっちが起動しない限りは起動しないし、例え起動したとしても、こっちの最終スイッチを入れない限りは人形状態には成らないとは言え、こっちの気持ちも考えて欲しいよねっ。
そんな強制隷属魔法もビックリな魔法陣を臣下に刻んでる主ってどうなの?
考えただけで頭がクラクラしちゃう。
その内勝手に消えるだろうと思ってたのに、レティの背中のヤツはまだ思いっきり有効らしくて、未だにこっちのそのテの魔法検索に引っ掛かって来るしさぁ。
それだけでもマジで頭が痛いのに、まさかあんなブツを背負ってるヒトが増殖するなんて、思ってもみなかったよ。
考えて見ればレティだって討伐騎士だから魔法士の端くれなんだし、例え内容が全く判らなくっても、自分に刻まれてるブツである以上、そのコピー&ペースト位なら出来ると考えない方がおかしい。
完全に見逃してたわ。マジで頭痛が痛いです。エエ、ホントに。
今宵も此処までに致しとう御座います。
読んで頂いた方、ありがとう御座いました。