103話
にゅうん。こりゃ真剣な厄ネタだわ。
ワタシは、念の為にインベントリから取り出したピンセットでプレートを摘み直すと、ソレをシゲシゲと眺めながら嘆息した。
普通、こうした魔法陣の術式ってヤツにはある程度の大きさが求められるから、こんな細かい模様程度にしか見えないブツなんてまず有り得ない。
だって精密な魔法陣って大きな魔法力の流入に弱いから、精密な物に成れば成る程、どんどん魔法力に対しての抵抗力が無くなっちゃうものだからねぇ。
しかし片面の外周部分の魔法陣が辛うじて読める大きさな事に気が付いたワタシは、それを見てピンと来た。
これ、もしかしてワタシがやってる「想写」の方法論に近い技術なんじゃないの?
「みんな、ホッとするのはまだ早いよっ」
結構イヤな予感がしたんで、ホッとして力を抜きかけてたおじ様やレティに喝を入れると、ワタシは取り敢えず放っておいたロベールさんの体内にある休止魔法陣に意識を集めた。
すると全く知らないに等しい書式ではあるものの、外郭だけなら割りとあっさり内容が掴めちゃって、ちょっと驚く。
成る程ねぇ。
内容が掴めた最大の理由は、これらの魔法陣の内容がとても特化したモノだったからだ。
全くの門外漢ならイザ知らず、多少なりとも魔術の知識があれば、そのブツの働きが単純であれば単純である程判り易いモノなんですよ。
しかしコレ、本当にハンパじゃない仕組みだわ。
三つの内二つはモロに魔法力の制御用で、どうもこの二つがもう一つの魔法陣を動かす動力源と言うか、そんな感じなのに対して、残った本命の一つは、想写と「展開」の魔法陣としか言い様の無いブツだ。
おそらくこのプレートの魔法陣は展開元でしか無くて、本命魔法陣がそこから各種の魔法陣を展開して想写して、それによって様々な魔法が励起される仕組みって感じなんだろうと思う。
つまりこの小さなプレートに刻まれた魔法陣は小さく折り畳まれてる状態で、それらは展開&想写されて、初めて使えるモノになるって事だ。
で、前もって想写された魔法陣がロベールさんの体内にある三つで、これらが崩壊しそうになると、新たにまた想写され直すって感じなんじゃないですかね。
「こんな方式、見た事も聞いた事も無いわ」
速攻でインベントリから紙とペンを出して、展開&想写の魔法陣を模写する。
だって魔法陣を折り畳むとか再展開するなんて言う概念も初めて見たし、その上ずっとカンのみでやってた想写の魔法がズバリ書式として刻まれてるんだから、これを貰わないテは無いよねっ。
ぶっちゃけ、超ムズで内容も辛うじてって感じにしか判らないけど、分析や解析は後でも出来る。
にゅふふふ。コレは凄いプレゼントですよ。
コレがあれば、ワタシの魔法ライフは一気に快適度が上がる事間違い無しだし、今までとは次元の違う魔導具の作成だってホイホイと出来る筈だ。
「にゅっふふふ」
模写が終わって思わず笑いが声に出ちゃうと、喝を入れられてマジな雰囲気になってたおじ様とレティが、ギョッとした顔でこっちを見た。
「あ、いやぁ、何て言うか、ほぼ完全に処置が終わったからさ。思わず笑っちゃったんだよ」
念の為、ロベールさんの体内に想写された展開&想写の魔法陣を壊しながらも、言い訳っぽい事を口にして誤魔化す。
今の所この技術の原理原則が完全には判らないから、簡単に消す事は出来ないけど、所詮は想写されたブツだから、壊すだけなら同様の方法論を使うワタシにはチョロい。
元になる魔法陣がもう無い以上、壊れたらもうそれっきりだもんね。
「では、これで本当に処置が終わったと考えて宜しいのでしょうか」
おずおずと訊いて来るおじ様に「そうだね」と答えながらロベールさんを見れば、当の御本人はまだ半信半疑でポカンとした顔だ。
うんうん、そうだろうねぇ。
自覚症状は無かったんだろうし、これで今まであった枷が全て無くなったと言われても、実感は無いよね。
しっかしまぁ、想像以上のヤバいネタだったよ。巧く行って良かった!
ワタシはポカンとした表情のままのロベールさんの右肩に、要望どおりに騎士紋の魔法陣を刻み込むと、ホッと溜め息を付いた。
再度街中をぽてぽてと歩く。
おじ様やロベールさんはまだまだ仕事があるって言うし、レティにはオネエの所に行って貰ったから、ワタシは独りだ。
あんな厄ネタなプレートは、さっさとエラいヒトに渡して手放すに限るもんね。
ロベールさんさえ助かれば、こっちはもう関係無いんだから、後は知らぬ存ぜぬで通せばイイ。
でもそのロベールさんの反応には参った。
暫くは実感が無くてボーッとした感じだったのに、ワタシの隷属紋が入った事実に気が付くと、長年の枷が外れた事が漸く判った様で、その後は狂喜乱舞って感じの大はしゃぎになっちゃってさ。
「下男でも何でも、一生付いて行きやす!!」
とかって言い出して、誓いを破った場合は命に関わる宣誓の魔法まで持ち出して来ちゃったから、止めるのが大変だったわ。
王侯の側近じゃあるまいし、勘弁して欲しいよなー。
本来なら止め役のレティやおじ様までが参入してきやがるし、悪ノリもいい加減にしろって感じだよ。
本当にとっても疲れました(主に精神的に)。
そんなこんなのせいで魂が抜けそうな溜め息を吐きながらも、人や車でごった返す通りを歩いて行くと、代官屋敷の表門近くに出たので、ワタシは敷地沿いに裏門を目指そうと、取り敢えず近寄る事にした。
幾ら部隊内で有名人になったとは言え、おじ様の部隊は200人からの人員が居るから知らない人も多いだろうし、ワタシなんて元々しがない一従騎士でしか無いんだから、それが例え通用口からだとしても、西聖王国の代官公邸に表門から入る事なんて有り得ない。
「マリー殿、御帰還!」
しかしそう思ったのも束の間、表門まで20フィート(約6m)位まで近付くと、衛士の格好をした部隊の人がワタシを見つけて声を上げたのでビックリ!
うわっ、マジですか!?
直後に普通なら大型馬車とかが出入りする大きな門扉が、片側だけとは言えすうっと開いちゃってビビる。
な、なんですかね、このエラい人向けっぽい対応は。
恐る恐るって感じで更に近寄ってみれば、衛士の人(部隊の人)達に敬礼までされて迎え入れられちゃいましたよっ。
「えっ、ええっと、スミマセン。ホントに・・・」
いやー、何か思わず卑屈な感じになっちゃうわぁ。
ワタシは衛士の人(部隊の人)達にヘコヘコとお辞儀をしながら公邸内に入ると、ドッと襲って来た疲れ(主に精神的な)にちょっと眩暈がしてよろめいた。
まさかこんな対応をされるとは夢にも思ってなかったよ!
そりゃワタシってば、一応任務部隊の副指令格かも知れないけど、あくまでも「格」ってだけだからエラい人とかじゃ無いし、考えても見なかったよなぁ。
はぁぁっと、またもや魂が抜けそうな溜め息を吐きながら公邸内を歩いて行くと、建物内の方からジュリアンさんが走り寄って来た。
「お帰りなさいませ、マリー殿っ。お一人だけで御帰還とは、流石にお忙しそうですね」
うーむ。また微妙なタイミングで微妙な人と会っちゃいましたよ。
何か嬉しそうなジュリアンさんには悪いけど、ロベールさんの事もあるし、憂鬱ポイントが高いよなぁ。
「あ、ああ、うん。ワタシってばモロに両方の協会に所属しちゃってるし、色々あるんだよ、ね」
適当な事を言って、ハハハと乾いた笑いで誤魔化しながら応じると、ジュリアンさんはさもありなんと言った顔で肯いてくれたけど、話はそこで終わらなかった。
「実は御訊きしたい事がありまして、ご帰還を待っておりました」
ああ、やっぱねぇ。ほぼ間違い無くロベールさんの話なんだろうなぁ。
取り敢えずの覚悟を決めてジュリアンさんの話を聞けば、彼は今日になってロベールさんの除隊を知ったとの事で、とっても驚いたんだそうだ。
まーねぇ。突然の話だし、普通は驚くよなぁ。
で、ワタシに何か知らないかって事なんだけど、こっちは知らない所の話じゃ無いものの、真実をボロボロ喋るワケにも行かないし、困るわ。
しょうがないので、ワタシはロベールさんをワタシが作る予定の独立団体に引き取った事を話して、その理由をある程度デッチ上げる事にした。
「ロベールさんが協会を辞めてこっちに来るのは、幼少期に受けた非道な扱いの後遺症を治療するって言う特殊な事情があって、治療後の経緯をワタシが魔法士として引き受ける事になったからなんですよ」
「そうですか。あの男の『アレ』にはそんな理由があったのですね」
ワタシが8位の魔法士章を出しながら説明すると、ちょっと驚かれたものの、どうやらジュリアンさんもロベールさんの「魔法スクリーニング陽性疑惑」は知っていた様で、話はすんなりと通った。
納得してくれて良かった!
流石に8位の魔法士章は説得力があるわ。
「ロベール殿を宜しくお願いしますっ。階級が違うせいで何時もこちらが立てて貰いましたが、実力は彼の方が上でしたし、私にとっては真に心の許せる相棒でした」
ワタシの適当な説明に納得したジュリアンさんは、そう言って一礼すると、また足早に去って行った。
いやー、流石に討伐騎士に成るヒトは忙しそうですな。ワタシの戦場従者なんて言う閑職からも開放されたみたいだし、ジュリアンさんの今後の御活躍をワタシも祈ってますよ!
デッチ上げのウソに多少心を痛めつつも、ワタシはジュリアンさんの未来の活躍を想った。
今宵もこれまでに致しとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。