100話
「成る程。二人共色々と頑張ってくれたんだね、有難う。で、具体的にはどうなる訳?」
色々と複雑な思いはあるけれど、まずは独立騎士団の資産形成の為に頑張ってくれた二人に頭を下げてから、ワタシは当面の行動指針を訊いてみた。
二人共私利私欲で走ったワケじゃ無いんだし、取り敢えずお礼を言っておくのは当たり前だよね。
「当分の間、ひぃ様はゴットリープ商会かその傘下の商会に討伐素体を納めれば、それだけで回る様に手配済みですので、今までよりも素体処理はラクになるでしょう」
するとちょっと嬉しそうな顔でワタシのお礼に応えたレティの口から、思った通りの話が出て来て「やっぱりな」と納得する。
レティが暗躍したんなら、この商会の流通のバックはG商会の絡みに決まってる。
なんたってコイツは、ワタシ以上にかの超級商会内部にツテがあるんだからね。
「例の引っ詰め髪の娘のツテ? アンタってば、そう言う所はホントに抜かりが無いよねぇ」
引っ詰め髪の娘ってのは、サラが個人的に面倒を見てた娘で、良くアイツの侍女と言うか個人秘書っぽい事をやってた娘だ。
ワタシがサラと友人同士って事は、従者同士だって仲良くなっても不思議じゃ無いとは思うんだけど、こいつらの意気投合っぷりには並みじゃ無いモノがあったからなぁ。
以心伝心って言うんですか? そんな感じで、何も口にしないままに黒い笑顔で笑い合う場面を何度か見た事がある位だ。
「ああ見えて、今現在は中規模商会を動かしておりますので、取引相手としては申し分無いかと思われます。本人もひぃ様の討伐数を聞いて涎を垂らしておりましたし」
レティの言葉にうんうんと肯きながらも、ワタシはそっと溜め息を吐く。
一体全体、この話ってどんな裏取引があったんだろうねぇ。
引っ詰め髪の娘は拝金主義の権化みたいな娘だから、幾らワタシの討伐数が抜きん出ていると言っても、事実上の個人相手にそうそうは前のめりで協力なんてしてくれないと思うのに、涎をたらすなんて聞けば尚更だ。
「その話のウラって何? あの娘がそこまで乗り気になるって事は何か大きな理由があるんじゃないの?」
「アヤツの弱みの一つはシルバニアに全くもってツテが無い事なのです。ですから、コレの話をしてやりましたら大いに乗り気になりまして」
そう言ってレティがインベントリから出したモノを見てビックリ!
なんとそれは、書類の支局長印の所で見た紋章が掘り込まれた、金色の印章指輪だったからだ。
「ええっ、ソレってアンタが貰ってたのっ?」
思わず指差して大きな声を出すと、レティのヤツは「何を当たり前の事を」ってな顔で返して来た。
「女王陛下のお墨付きをお持ちのひぃ様に、直臣のアルマス様が指輪を渡せる筈が無いではないですか。ですからわたくしが代理として受け取っておいたのです」
にゅう、成る程。言われて見ればそうだよね。ワタシってばバカじゃないのか。
アルマスのオネエは女王陛下の側近なんだから、直接の従者って事だもんな。
そりゃ、主である女王陛下が印章指輪代わりのお墨付きを渡してる相手に、同じ様に指輪を渡せば不敬になっちゃうわ。
そこまで考えて無かったよ。ちょっと反省。
「レティ殿がゴットリープ商会にツテをもつお陰で、我々はそれを十二分に活用出来ます。当面の所我が商会は、ゴットリープ商会と姫様の間を繋ぐ代理人業務を行う事になるとお考え下さい」
レティの言葉にちょっとガックリしていると、おじ様が後を続けて来た。
成る程ね。以降ワタシは一々討伐士協会の支部や支局に行かなくても、G商会か傘下の商会に獲物を投げ渡すだけで、後は何もかもやって貰えるってワケですな。
「具体的な話になりますが、週当たり換算でオークの10体も契約商会に回して頂ければ、十二分に採算ペースに乗ります。魔石も込みならば半分でもイケますな」
うわっ、ホントかよ、それ。
自信満々に言い切るおじ様が頼もしいわぁ。
もしそれが本当なら、今現在保存用ストレージに入れて更に「もどき」の方にブチ込んであるオークの素体だけで、軽く二ヶ月はイケちゃう計算になりますよっ。
紅蓮の翼の件の時もそうだったけど、ちょこちょこと合間に出て来るんで、仕方無く討伐してる魔物だけでも結構な数になるんだよね。
今回は色々あったせいでまだ協会にブツを卸して無いから、結果論としては良かったわ。
「そう言えばおじ様はさっき、レティに魔石の精製プラントがどうとかって言ってましたけど、それってどう言う話なんですか?」
重要な話が片付いたんで、今度は細かい話ねって感じに思った事を訊いてみると、自信満々だったおじ様の表情がちょっと曇った。
「実は魔石の加工プラントを押さえる事がまだ出来ておりません。そもそもが難しい話ですので、魔石の件は最悪レティ殿のツテ任せになってしまう状態です」
ふむふむ。流石のおじ様も、魔石の精製や加工に関わる事に手を突っ込むのは難しい様ですな。
魔石と言うモノはそのままでは使えないから、製品素材とするだけでも精製しないとダメだ。でもその技術って魔法士協会がガッチリ守ってるから、例えそれが結構な規模の独立騎士団でも、そうそうは手を出せない案件なんだよね。
魔法師級が在籍してて、なおかつ魔法工学の技術者が居れば何とかなるけど、それでも一度には数十個程度が限度だと思う。
だから普通の素体商会は、魔石は生のままで大規模商会や討伐か魔法の協会に流すしか方法が無いワケで、結構買い叩かれちゃうのが現実なのですよ。
ところが、ワタシは違うんだな。
「ワタシは自前で魔石精製から一次加工まで出来る小規模プラントを持ってるから、魔石は全部自前で処理出来るよっ」
今度はワタシが自信満々になる番ですよって感じで言い放つと、予想通りおじ様やレティが驚いた顔になった。
にゅっふふふ。してやったりって感じだよ。
当たり前の話だけど、そう言う技術や設備を持って無かったら、ゴブ魔石から銃弾のカートリッジなんて作り様が無いもんな。
その気になれば、ワタシはゴブどころかオークやリザードマンの魔石だって、一刻(約一時間)もあれば200くらいは精製出来るし、一次加工だってお手の物だ。
「ひぃ様、それは本当の事なので御座いますか?」
「勿論事実だよ。って言うか、取り敢えずオーガの魔石精製までは実績だってあるし、今現在だって、自前の精製魔石を数百単位で持ってる位だね」
レティの言葉にまっ正面から答えてやると、二人が共に、驚いた顔から唖然とした顔になって、思わず笑っちゃう。
勿論、数百単位で精製魔石を持ってるなんてのは、かなり少なめに見積もった数字で、現実は多分二千を突破している筈だ。
何故ならワタシはまだ、本格的に協会に魔石を売った事なんて無いんだもんね。
素体の引き取りは頼んでも、魔石は高値で商人に売り付けようと思って、常に自分で処理して来たんですよ。
一討伐士として世の中でやって行く為に、得意分野で稼ぎを増やそうとしたって事なんだけど、肝心の商人にツテが無いままだったから、溜まる一方でさぁ。
ホント、何が幸いするか判んないよなぁ。
「なんと! それは流石と言う以外にありませんな。これで最大の懸念が払拭されました」
驚いたままの顔でおじ様がそう言うと、レティのヤツもうんうんと無言で肯いた。
ぬう。コイツ(レティ)ってば、ワタシの個人研究の内容とか知ってる筈なのに、この態度は一体どう言う事なんでしょうか。
まさかと思うけど、実は今の今まで、大した事は無いって舐め捲くってたんじゃ無いだろうな?
「まーね。でも素体処理は全く出来ないから、ほとんど丸投げになっちゃうかな」
「そっちの方は任せてやって下さい。なーに、そのテは津々浦々にツテがありやすんで、ストレージで渡してさえ貰えりゃ、何とでもなりやすぜ」
レティに睨みを入れながら、ちょっとムッとしたワタシがぶっきらぼうに言い放つと、直後に明後日の方から聞いた声が聞こえて驚く。
「ロベールさん!」
誰か居るなぁとは思っていた物の、所謂「仁義を切ってる隠れ方」だったから放っておいたんだけど、声と共に姿を現したのがロベールさんでビックリ。
いやいや、これは一体どう言う事なんでしょうね。
「その男は元ははぐれ(主人が居ないってコト)の乱破者なのですよ。どうやって協会第一軍に潜り込んだのかは知りませんが、私は昔、現場で会った事がありましてな。どうも第一軍内で追い込まれておる様なので、巧く除隊させてやりました」
ふへえ。ちょっと驚いちゃいましたよ。
ロベールさんって、おじ様と直の知り合いで、しかも元乱破者だったんですか。
「いやぁー、ドバリー様に覚えて貰ってて助かりましたぜ。こちとら士官サマなんてガラじゃ無いし、身分変更の際に色々と調べられちまったら、ボロがボロボロと出ちまう所を保留のままで、除隊出来る形にして貰ったんでやすからねぇ」
うわぁ。何だかロベールさんって、随分とヤバそうな背景を持ってる感じですよ。
はぐれの乱破者なんて、まずまともな出自じゃ無いし、どこかで犯罪者として登録されていてもおかしく無いから、ボロって言うのもそう言う事なんですかね。
「もしかしてロベールさんって、犯罪者として追われてるとかなの?」
思わずド真ん中を口に出すと、ロベールさんは笑って答えた。
「いやぁ、アッシは単に親に売られた元魔法力持ち奴隷ってヤツですよ。ガキの内に何とか逃亡に成功はしたものの、それからが大変でやしてね。スリやかっぱらいで糊口を凌いでる内に、ヤベェ乱破者の集団に拾われたクチでさぁ」
そっか。ロベールさんって、奴隷売買の犠牲者の一人だったのか。
何時もの明るさからは想像も出来無いロベールさんの話に、何となくダウナーな気持ちになって聞けば、ロベールさんが所属してたヤバい乱破集団は、かなり前におじ様が参加した殲滅戦で全滅したらしい。
ロベールさんはその際に、子供だからとおじ様達が見逃して、施設に預けた数人の内の一人なんだそうだ。
「出自や素行が悪いとは言え、本人のせいでは有りませんし、何と言っても橙級に近い魔法力を持つ子供です。いずれ世の役に立つ男になるだろうと思い助けたのですが、預けた施設がマズかった様でしてな」
沈痛な表情になって説明を始めたおじ様の話に聞き入れば、なんでも、ロベールさん達が預けられた西聖王国の公的な施設は「アルバイト」に余念が無かった様で、魔法力を持つ孤児達を使って、影で悪事を重ね捲くってたそうだ。
おかげで後に運営者達が粛清され(尻尾切りとも言う)て、施設が御取り潰しとなった後も、生き残った子供達は今でも全員犯罪者扱いで公職に就く事が難しいらしい。
そりゃ運が悪すぎるよなぁ。
親に叩き売られ、逃げたら乱破者達に手下としてコキ使われ、助けられたと思ったら悪党の手先にされちゃって犯罪者扱いじゃ、誰を恨んでイイのやらって感じだよ。
「いえいえ、ドバリー様が悪いってワケじゃあ無いでしょ。確かに酷ぇ所でしたし、あの時のメンツで生き残ったのもあっしだけでしたが、メシは食えましたし、色々と世間の事も教わりやしたしねぇ」
でも渋い顔で話すおじ様に対して、当のロベールさんは飄々としたものだ。
なんて言うかこの人って、悲惨な生い立ちとかを想像させない様な明るさがあるんだよね。
ワタシだってこんな話、聞いてみるまで全く判らなかったしさ。
「そう言って貰えると救われるが、私がお前に借りが有るのは事実だ。だからこそ、お前の願い通りに姫様の手下に加えて頂こうとお願いしようと思ったのだが、もう少しの間控えておれば良いものを、突然出て来おって・・・」
飄々としたロベールさんに対して、おじ様は渋い表情を変えないままだ。
おじ様の言い様から、さっき話に出た「フットワークの軽い男」ってのは、ロベールさんで間違い無いんだろう。
と、なれば、要するにおじ様はロベールさんを使う事をワタシに許して貰いたいってコトなんだろうな。
何気なくレティに視線を移すと、ヤツはニヤッと笑って返して来た。OKのサインだ。
うんうん。そう言うだろうとは思ったけど、一応レティにも確認は取っておかないとマズいもんね。
ワタシの答えも勿論イエスだよ。
既に人となりや実力をある程度知ってるってのもあるけど、ロベールさんなら「GO!」だって、件のワタシのカンが囁くんだよね。
今宵もこの辺で終わりにさせて頂きとう御座います。
読んで頂いた方、有難う御座いました。