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第九話:英雄の虚像、剥がれ落ちる鱗

 私は、この山に住まうふくろう。


言葉というのは、時に鋼よりも鋭く人を刺す。


守りたいもののために吐いた嘘が、自分自身をからめ捕る鎖になる。


娘さん。茂みに隠れて震えるあなたが見るのは、風車のように回る、嘘と真。


 


〈山門 石段下の山道〉


 山門の静寂を切り裂いたのは、無慈悲な、血気盛んな男たちの足音でした。


黒田様と共に、配下数人が山寺の参道に現れました。


私もいてもたってもいられず飛び出して、なんとか先に茂みの影に身を隠しておりました。陽はすっかり雲に隠れ、生温かい空気が風となって流れております。


 そこへいつものごとく、参道脇から姿を現したのは、ズイシンでした。


殺気だった男達の気配をすでに察して、ズイシンもいつもの飄々としたご様子ではありません。まるで果し合いの待ち合わせに現れたお侍のように、男たちとの間合いを取りながら、片手は脇差にかかっております。


 「お主らのようなよそ者には、近づいてよい領域ではないぞ。この山寺の奥は禁足地である。誰の指図で参ったのじゃ」


 ズイシンの今まで聞いたことのないような低い声が森に響きました。


 「わしは越中、黒田じゃ。貴様のような浪人に用はない。押し通す。


……まあ、しかし、わしらは禁足地を荒らすものではない、ただ山裾に住む子ネズミを召し取るために来ただけじゃ。お主の手を煩わせるつもりはない」


 黒田様は、その血の気を抑えながら、落ち着いた口調でズイシンに応えました。


 「あの野鍛冶か、あれもまた山の一部、勝手なことは許すまじ。俺はこの山の神殺し、神なしの呪いを祭る番人よ。そう簡単に押し通せるかな」


 黒田様は、ふと何かに気付かれた様子で、ズイシンをまじまじとご覧になりました。


 「……ほう、そうか、お主は鬼退治の一之介ではないか。覚えておるぞ。


ふむ、なるほど、この山がその禁足地か。


鬼を斬ったか、神を斬ったか、そんなお伽噺は、里のわらしにでも聞かせておけ。


わしが求めているのは、貴様が山から持ち帰った『偽りの証』ではない。この奥で今も鉄を打つ、あの男だ」


黒田様は不敵に微笑みながら、ズイシンに近寄ります。


ズイシンは一瞬たじろぎながら返しました。


 「なんという戯言を。


言うておくが、あれはただの偏屈な野鍛冶に過ぎぬぞ」


 「ならば通せ。わし自ら確かめてくれるわ」


黒田様がさらに一歩踏み込みます。ズイシンの刀が鞘の中で「カチり」と音を立てました。一瞬、切り合いになるかと思われたその時、黒田様が顔を寄せ、ズイシンの耳元で何かを囁きました。


それを聞くと、ズイシンの肩が、目に見えて小さく震えました。英雄の威厳が、まるで剥がれ落ちる鱗のように剥落していくようでした。


 「……一之介よ。主君に、過去の『真実』を報告せねばならん。貴様が守っているのは山か、それとも己の保身か?」


ズイシンは、握っていた拳を力なく解きました。黒田様は彼を突き飛ばすようにして、配下と共に山門の石段を駆け上がっていきました。


 私は、その一部始終を茂みの中から見つめていました。


なすすべもなく、立ち尽くすズイシンの背中が、酷く小さく見えました。


重く垂れこめた灰色の雲からぽつりぽつりと雫が落ち始めていました。


 


 雨の雫……、私の頭の中に、あの日と同じ「雨の匂い」が蘇りました。


 幼い私が、雨に濡れた手で握っていたのは、あの方の着物の裾。


 そして、それを見て優しく微笑んだ、若き日のゼンさんの横顔。


 


 (……思い出した。あの時、私は……)


 


 私も急いで石段を駆け上がり、ゼンさんの野の畑のある脇道へ入りました。


黒田様たちは、逃げもせず、畑に佇んでいたゼンさんを、取り囲んで押さえつけていました。


私はさっと茂みに身を隠し、駆け上がって息切れる呼吸、震える手を結び合わせながら、じっと様子を伺っていました。


ゼンさんは、まるで物言わぬ道具のように捕らえ、縄をかけられました。


一切の抵抗をせず、ただ一度だけ、私の隠れている茂みの方に視線を送り、静かに微笑んだのです。


 連行されていくゼンさんの背中。


雨が次第に強くなっていました。


本陣へと戻る黒田様たちの勝ち誇ったような足音。


私は、喉まで出かかった叫びを、自分の手で必死に押し殺しておりました。

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