スピンオフ 一之介④ 人の性たる嘘の真実
私は本当にあの存在に出会い、そして首飾りを受け取った。
山奥の、普通の旅人が決して足を踏み入れぬほど深い場所に、それは棲んでいた。
それが本当は何であったのか、今でも私には分からない。
村人はそれを鬼と呼び、土地に降りかかるあらゆる災いの源として恐れていた。
私がそれを迎え撃つ者に選ばれたのは、必然だったのかもしれない。
私は剣術を修め、長年子どもたちに教えていた。危険に立ち向かう者がいるとすれば、私以上に適した者は少なかった。
当時、村は長年の凶作に苦しんでいた。季節外れの嵐が収穫を台無しにし、山からは野獣が下りてきて田畑を荒らし、奇妙な虫の群れが異常に繁殖していた。人々は絶望していた。
そして私は――愚かにも、彼らの役に立てるという誇りを抱いていたのだ。
二十年前、この町に流れてきた私に、最初に優しく声をかけてくれたのは彼だった。
今では寺の和尚となった彼が、私にとってかけがえのない存在になっていた。
若い頃は悪戯をして共に馬鹿なことで笑い合った。しかし、人生の岐路に立つとき、彼はいつも私の話に耳を傾け、そばにいてくれた。
鬼退治に向かう日も、彼は最後まで私の隣にいた。
あの男にだけは、嘘がつけなかった。
心のうちを語れる相手は、彼ひとりだった。
山へ登る日、私は帰ってこられぬ気がしていた。
彼とも今生の別れになるのだと、覚悟していた。
私はあの短刀を彼に預けた。父の形見だから持っていてくれ、と。
彼は私の覚悟もろとも、それを受け取ってくれた。まったく、私はあの男に頭が上がらない。
だが、その和尚にすら、短刀の由来だけは話せなかった。
父の形見だ、と。それが、私が彼についた唯一の嘘だった。
あれから二十年が過ぎた。
私は山から生還し、災いは収まった。
鬼など、もとよりいなかったのかもしれぬ。ただ自然の巡りがそうであっただけだ。
それでも私は、人々にこう告げた。
鬼は去った。だが祟りは残る。ゆえに山へ入ってはならぬ。祀らねばならぬ、と。
私はまた嘘をついた。
首飾りは、その嘘の象徴だった。
今度の嘘は、町のため、人々のため、そしてあの存在のための嘘だった。
ある夜、私は和尚にだけ打ち明けた。
鬼などいなかったと。
そこにいたのは山の神、私は首飾りという呪いを授かったのだと。
今、この山門の階段のふもと。
山と村の境界。
私の前に、この男が立っている。
黒田の息子。
私がこれまで抱えてきたすべての嘘の、最後の目撃者。
そしておそらく――すべての嘘が終わりを迎える前に、私が直面しなければならない最後の試練。




