第28話 アストラの契約書と女の敵
「うーん……。なんとかして、この年間6兆ヌールを削減できないものか……」
俺は、裏紙にプリントしたアンドロイドのサブスクリプション契約書を確認していた。すぐに契約を切りたいのだが、今は更新したばかり。違約金が発生するのだ。
とそのとき、倉庫の壁が転移装置の強い光に包まれた。エライアだ。
「アストラ様、なにをそんなに悩まれておりますの?」
「いや……。ちょっと、アンドロイドのサブスクリプション契約を、な。違約金なしで解約できないか、契約書の穴を探しているんだ。年間6兆だぞ? 高すぎるだろ。ところで、エライア。今日は随分と早いな。まだ9時半だぞ?」
エライアは、少し困ったような顔をした。
「実は、昨日大切なものを無くしてしまいましたの……。それを探しにきたのですわ」
「大切なもの? 一緒に探してやるよ。なにを無くしたんだ?」
「ありがとうございます! 実は、瓶詰めの100パーセント化学合成油を無くしたのです」
「お、お前マジでブレないな……。逆に尊敬するわ」
俺のその言葉を聞いたエライアが、両手を頬に当てて急にモジモジし始めた。
「尊敬だなんて、そんな……」
「……褒めてないからな? とりあえず、二手に分かれて探すぞ。俺は入り口側を探すから、エライアは奥側を探してくれ」
「わかりましたわ!」
俺は、契約書を読みながら適当に探し始めた。瓶詰めのオイルの、どこが大切なのか全くわからん。
エライアは、少し離れたところの床に、ペタンと座って探し始めた。座る必要あるのか?
◇
「見えてきたわ……」
メリアは補給倉庫が見えたところで、ソニック・エリンジュームの逆噴射を行った。
音もなく静かにハッチの中へと滑り込んでいく。そのまま、二重ハッチの内側へ入ると、ソニック・エリンジュームを停め、忍び足で倉庫の入り口へと向かった。
そして、いつものように身を潜めて中の様子を窺った。
エライアが床に座り込んでいるのが見える。
(エ、エ、エライア様がいらっしゃったわ! 後ろ姿もカワイイ!!)
アストラが、なにか紙を見ながら、エライアのほうへと歩いていた。
(アストラ! エライア様を誑かしているチャラい男め!)
メリアは、拳を固く握りしめた。
◇
契約書を夢中で読んでいた俺は、いつの間にかエライアに近づいていたようだ。
「アストラ様、近いですわよ。二手に分かれるっておっしゃってたではありませんの!」
「あ、あぁ。悪い悪い。いや、契約書の穴を探して、そこを突いても、最悪の場合、法廷闘争に持ち込まれると困るんだよなぁ」
「理由のわからないことを言ってないで、ちゃんと探してくださいませ。わたくしの大切なオイルですのよ!」
◇
(なにか言い争いをしている?)
メリアは戦場で鍛えた、1キロ先の敵の会話をも聞き取れると評判の、自慢の耳をそばだてた。
「アストラ様…………別れるっておっしゃってたではありませんの!」
「あ、あぁ。悪い悪い。いや…………最悪の場合、法廷闘争に持ち込まれると困るんだよなぁ」
(ん? 『別れる』? 『法廷闘争』? ま、まさかアストラのヤツ! 妻帯者なの!? 離婚すると言いながら、エライア様に言い寄っていたってこと? 二人の関係はいつの間にか、そこまで進んでいたの!? 私としたことが! もっと早くアストラを始末しておくべきだったわ! 女の敵め!)
エライアが絡んだときのメリアの耳はポンコツだった。そして目は節穴だ。
(おいたわしいエライア様。床にへたり込んで泣いておられる! それなのにあの男は悪びれることなくへらへらしやがって! エライア様、私がすぐに敵を討って差し上げます!)
メリアは、入り口から飛び出した。というか飛び込んだ。
そのときだった。お約束のようにメリアの足元に向かって転がる一つの影――エライアの大切なオイルの入った瓶だ。
メリアは、それを完璧なタイミングで踏み割ると、そのままの勢いで滑りながら、アストラの脇をすり抜け小型機に頭を強打した。
そのままメリアの視界は暗転するのであった。




