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精霊の愛し子ですが、追放してよろしいのですね?  作者: 雨沢雫@3/5「つまらない女」発売


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38.幸せの涙


 ――海に連れていく。


 それは、決戦前夜にルーファウスが約束してくれたことだった。


 まさかこんなタイミングだとは思わず、リゼは戸惑ってしまう。なにせ、ブロイド公爵が起こしたクーデターの後処理で、城内は誰しもが多忙を極めている。ルーファウスの忙しさは言うまでもない。


「大変うれしいお誘いですが、よいのですか? まだまだお忙しいでしょう?」


「少しくらいは大丈夫だ。ようやく少し落ち着いてきた」


 そう言うルーファウスに、リゼは半ば強引に連れられ、馬車へと乗り込んだ。


 皇城から海までは、少なくとも馬車で三日はかかる。今のこの状況で、皇帝がそんなに城を空けて大丈夫なのだろうかと、リゼはやはり不安になった。


 馬車の窓から後ろを見ると、そこにはもう一台の馬車と、荷馬車が連なっている。後ろの馬車には誰が乗っているのだろうか。荷馬車には、道中のための荷物が積まれているのだろうか。


 ルーファウスは何も語らなかった。ただひたすら窓の外を見つめ、リゼとの会話を避けているようにすら思える。時折リゼが話しかけるも、彼は言葉少なに答えるだけで、会話が続かない。ついにはリゼも彼との会話を諦めて、黙り込んでしまった。


 二時間ほど走ったところで、馬車が止まった。そこは皇都と隣街を結ぶ街道の途中だった。


 ルーファウスがなぜか馬車を降りたので、リゼも続いて降りようとするが、彼に視線で止められる。


「リゼ。ここでお別れだ」


「……え?」


 リゼは馬車の中で固まった。


 馬車の扉は開かれたままで、リゼとルーファウスを遮るものは何もない。それなのに、馬車の中と外で、明確な線が引かれている。


「港町まで、ここから三日もあれば到着する。帝国で三番目に大きな街だ。そこの一等地に、リゼ専用の屋敷を用意した。エリンがついて行くから、不自由はしないだろう。取り急ぎ必要となる荷物は後ろの荷馬車に積んであるが、他の荷物は後で運ばせる。精霊王たちもすぐに追いつく手はずだ。これからは何にも縛られず、好きなように生きろ。そして、もしこの国が嫌になったら、出ていっても構わない」


 わっと濁流のようになだれ込んでくる彼の言葉に、リゼは表情を引きつらせた。脳が理解を拒んでいる。


「ルーファウス様……? 仰っている意味が、よくわかりません。私は妃として失格、ということですか?」


 自分でもわかるくらい声が震えていた。声だけでなく、手も足も震え出す。


 そんなリゼの手を、ルーファウスは優しく握った。彼の手が温かくて、リゼは泣きそうになってしまう。


 ルーファウスは申し訳なさそうに表情を暗くした。


「リゼはずっと、自由を求めていた。それなのに俺は、ずっと気づけなかった。長らく城に縛り続けて、本当にすまなかった」


「……どうしてそんなこと仰るのですか? 私はそんな風に思ってなど――」


「避妊魔法をかけていたのだな」


 リゼの息がヒュッと詰まった。途端に青ざめたリゼを見て、ルーファウスはやはりといったように傷ついた顔をした。


「それなのに、リゼを求めてすまなかった。本当に、悪いことをした。これはせめてもの、俺の償いだと思ってくれ」


(……待って)


 声が声にならない。喉はヒューヒューと音を立て、ただ空気を通すだけで、言葉を届けてくれない。


「さよなら、リゼ。どうか……どうか元気で」


(……待って、話を聞いて)


 彼の顔が涙で見えない。彼がどんな表情をしているかはわからなかったが、さよならと言ったときの声音で、ひどく苦しんでいることはよくわかった。


 リゼの目から涙が零れ落ちた時、彼の手が離れ、自分の手が途端に冷たくなる。


 ルーファウスはゆっくりと馬車の扉を閉めると、後方へと向かっていった。そこでリゼははたと気づく。


 もう一台の馬車には、誰も乗っていなかった。彼が皇城に帰るためのものだったのだ。


 窓から顔を出すと、彼はすでに後方の馬車に乗り込もうとしていた。この時を逃せば、一生彼に会えなくなると、リゼはそう直感した。


 頭で考えるより先に、体が動いていた。リゼは馬車の扉を開き、勢いよく外に飛び出す。


「ルーファウス様!」


 リゼはルーファウスの元へ全力で走った。それほど離れていないのに、彼までの距離が随分と長く感じた。涙があふれてはこぼれを繰り返す。


 ルーファウスは名を呼ばれたことに驚いたのか、馬車に乗り込む前にこちらを振り向いていた。そんな彼に、リゼは勢いのまま抱きつく。


「リゼ……?」


「ルーファウス様のおそばにいても、いいですかっ……?」


 嗚咽が漏れるのを堪えながら、リゼはかろうじて言葉を紡いだ。


 泣きながら離そうとしないリゼに、ルーファウスは困惑しているようだった。


「……自由になりたいのではなかったのか?」


 頭上で再び声が聞こえ、リゼは首を大きく横に振る。


「ルーファウス様のおそばにいられるのなら、自由など必要ありません……!」


 そう言って顔を上げると、ルーファウスは心底驚いたように目を丸くしていた。


 リゼは懸命に訴える。


「嫁いで来た当初は確かに、側妃になって帝国から出ていこうと考えていました。ですがそれは、この国でもひどい扱いを受けると勝手に思い込んでいたからです。皇城での生活は私が思っていたよりずっと自由で、ずっと楽しくて……。今はこの国に――ルーファウス様のおそばにいたいと思っています」


「そうだったのか……?」


「避妊魔法はすでに解きました。それに恐らく私は、ルーファウス様のお子を、身ごもっています」


「……!」


 今から半月ほど前だろうか。リゼは漠然と、自分の中に、自分以外の魔力の存在があることに気が付いた。


 初めは一体なんの病気だろうと不安になったが、時期を含めてよくよく考えてみると、それは自分の体内に新たな生命が宿っている証拠なのだと、得心がいった。


 しかし、妊娠が確定するまでは様子を見ようと黙っていた矢先に、ルーファウスから別れを告げられてしまった。リゼにとって、それはどうしても受け入れられないことだった。


「私はあなたの隣で生きていきたいっ! それが私の、唯一の願いです!!」


 涙が次々とあふれ、どうしても彼の顔がにじんでよく見えなかった。拭いたくても、彼を抱きしめている手を離してしまえば最後、彼はここから去ってしまうのではないかと怖かった。


「リゼ」


 とても優しい声だった。だが、震えてもいる。


 背中が不意に温かくなり、彼も抱きしめ返してくれたのだとわかった。


「愛している、リゼ。どうか、共に生きて欲しい。これからも永遠に守り続けると約束する」


 ルーファウスの声はやはり震え、そして、わずかに上ずっていた。リゼは彼の胸の中にいるので顔を見ることはできないが、彼は今きっと、泣いている。


 リゼは思わず抱きしめる力を強めた。


「はい……! 私も、私の持てる力全てで、ルーファウス様と、私たちの子を幸せにすると誓います……!」


「フッ……本当に……なんと頼もしい妻だろう」


 ルーファウスは小さく笑った。彼は一度リゼを離し、触れるだけの優しい口づけをする。


 今までで最も愛にあふれた口づけだった。


 彼の想いがこの上なく嬉しくて、リゼはきゅっと胸を締め付けられる。そして、涙が拭われて視界がはっきりしたリゼは、ルーファウスの顔をようやく見ることができた。


 やはり彼は泣いていた。泣きながら、嬉しそうに笑っていた。


「リゼ、帰ろう。俺たちの家へ」


 ルーファウスの泣き顔を見るのは、これが二度目だった。一度目は、血塗られた誕生日の夢で見た、悲痛の涙。


 しかし、今回は違う。


 今、彼の目にあふれるのは、幸せの涙だ。




最後までお読みいただきありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

皆様と別作品で再びお会いできることを願っております。


もし気に入っていただけましたら、ブックマークや★での評価などで応援していただけますと、次作の励みになります!


【書籍化情報】

以下作品が26年3月5日にベリーズファンタジーより発売されました!

「つまらない女」と捨てたのは貴方ですよ?~居場所を奪われた国一番の才女、実力を発揮して第二の人生を謳歌する~

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【連載情報】

現在連載中です!下にリンクがありますのでよろしければどうぞ!

婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜

https://ncode.syosetu.com/n5306jp/


〜あらすじ〜

エレノアは表ではしがない文具屋を営み、裏では婚約破棄の代行を生業としている見目麗しい女店主。

そんな彼女の元には様々な事情を抱えた依頼人が訪れる。

断罪された令嬢、虐げられた姉、白い結婚を言い渡された男などなど。

しかし、彼女たちの依頼には裏があって――?


ご興味あればお立ち寄りいただけると嬉しいです!


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