表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

5

「エリサ、よくやった」


 結局、カザーレ家には裏帳簿があったようだ。定期的な調査では隠しきれたが、突然の訪問に慌てた当主は執務室の棚に裏帳簿を隠してしまい、それを文官が見つけたらしい。

 逃げ切れないと察し全てを白状した当主は隠し金庫の在処も吐き、そこにはテトア地区3年分の税収に値する現金が、異国の通貨で保管されていたのだという。

 執務室でその報告を受けた私は、ご褒美を貰えることになった。ただいきなりそんなこと言われても、咄嗟に浮かんだのは――


「ではお父様、褒めてください」

「ほ、褒め?」

「こう、なんかこう、小動物を愛でるように……」


 手をわきわきとしながらお父様をからかっていたら、お父様が私の腰をひょいと持ち上げ膝に乗せた。案外力持ちですわね。


「ひゃっ!?」

「変なとこ触ったか?」

「い、いえいえいえいえ」


 膝に乗せられてしまったので、お父様の顔は見えない。良かった。真っ赤な顔が見られないで済む。

 とりあえず膝に乗せたは良いもののどうすれば良いか悩んでいたお父様だったが、しばらく待っていると頭を撫でてくれた。不器用な手つきだ。小動物を愛し慣れていないのだろう。いや私は別に小動物ではないが?


「も、もう結構です!」

「そうか……?」


 全然撫でるのやめないので私の恥ずかしさゲージ先に溜まってしまい、慌てて飛び降りる。床にしゃがみ込み呼吸を整え、もう一度お父様に向き直った。


「で、その、カザーレ家はどうするんですか? お取り潰しですか?」

「そうだな、ゆくゆくはその予定だが、後釜における家が近くにはないからな。しばらくは当家から文官を派遣して管理する予定だ」

「……そうなんですね。ところで、保管されていたのは他国の通貨とおっしゃってましたが、どこの国のものだったんでしょう?」


 ヴァレンティ公爵家の領地はたいへん広い。他国と面している領地もあるのだ。

テトア地区もその一つだが、隣接している国が友好国なので、最低限の防衛戦力しか置いていないと聞く。島国でもなければ、人や物の行き来を遮る壁など作れない。


「お隣の、ルフィナ聖王国のものだ」

「……やっぱりですか。保管するだけで常用しないなら、そっちのが良いんですよね」

「ん? どういうことだ? 他国の間者ではないかと疑っていたが――」

「それもあるかもしれませんが、ほら、ヴェッキオ公国の通貨って紙幣じゃないですか。これ、前に調べたんですが300年くらい前から使われてるんですよね」

「あぁ、公国建立からすぐに使われるようになったはずだな」


 ヴェッキオ公国の通貨は、この世界にしては珍しく紙幣である。それは他国にはない魔導具によって不正防止が出来るからだが、周辺国と比べると新興国であるヴェッキオ公国は、国内に金貨を流通させられるほどの金山を持っていなかったというのも大きい。

 お父様が無造作に机に置いていたお札を指先で摘まみ上げ、見せてくれる。なんで執務室にお金が置いてあるかは、まぁ気にしないでおこう。


「こちらの10エウロ紙幣――この紙は、本質的には()()()()です。それでも、ただの紙に公国が10エウロの価値を認めているから、10エウロの価値が生まれます。聖王国は違いますよね」

「あぁ、あちらは金貨だからな」


 隣の大国、ルフィナ聖王国も貴族制を残している。だが、あちらは古来より宗教関係者が貴族より偉く、国王が一神教の長――教皇を兼ねている。権力が宗教組織に一元化されているのだ。前世で言うとローマ教皇の国、バチカン市国のようなものだろうか。

 そうなると、貨幣を発行することの出来る造幣局に権利を持たせるわけにはいかない。複数の貴族が強い権力を持つヴェッキオ公国とは異なり、聖王国で発行する通貨は、どこの誰が作っても同じ価値である必要があった。

故に金貨本位制――貨幣そのものに(きん)を使うことで通貨の価値を保証しているのだ。そこが紙幣を用いる管理通貨制と大きく異なる点である。


「はい。ヴェッキオ公国が発行するエウロ札は、公国が滅んだ瞬間にただの紙屑になります。ですがエウロ札と違ってルフィナ聖王国が発行する金貨には金が含まれていますから、仮に国が滅んでも金の価値は消えてなくなりません」

「……なるほどな。長い目で見れば、使わない資産は他国の金貨である方が都合が良いとということか」

「そういうことです。どんな目的で貯めこんでいたかは知りませんが、本当にただ貯めてただけかもしれませんよ。お金が増えるだけでなんとなく嬉しいこと、ありますし」


 なお経験則である。営業と比べ直接的に金を稼げないバックオフィスはベンチャー企業で軽んじられる傾向にあるが、社長がちょっとはマシな人だったので、前世の私は同年代に比べたら高給取りであった。

 仕事が忙しく若い頃ほどオタク活動を熱心に出来なかった社会人時代でも、通帳を見るだけで落ち着いたのを覚えている。預金残高は人を救うのだ。


「……そうだな。もしエリサが言ったことを主張したなら、減刑を提案してもいいか」

「そこには口出ししませんので、お任せ致します。ところで、この場合はどのような罪になるのでしょうか?」

「保管していたのがルフィナの金貨だったことから間者であると疑われていたので、一族郎党死刑の予定だった。が、減刑するなら強制労働まで落とせるだろうな」

「まぁ」


 思わず声が漏れた。あっさり死刑が出るんだなぁと思ったが、それもそうか。そこまで文明観が整っているわけでもないし、貴族制の社会で終身刑なんて面倒な罪を与えるわけにもいかない。死罪に値する罪を犯した者は殺さないと、貴族の地位は保てない。

 友好国の通貨で間者を疑われれば死刑になるってことは、割とあっさり死刑を求刑されることは多そうだ。私はたゆひつ登場キャラじゃないから死刑になる悪役令嬢でもないけれど、調子に乗って罪を重ねるのは避けなければ。変にゲーム知識あるから、どうしても本編時間軸始まったら動きたくなっちゃいそうなのよね。

 私は見知らぬ人の減刑を訴えるほど聖人ではない。横領したのが罪なのには変わりないし、減刑を願う立場でもない。不正を見つけたのは私だが、悪いのは不正をした方だ。


「何なら領地運営でも覚えてみるか? 向いてそうだが」

「あー……えっと、遠慮しておきます」

「そうか? 別にやりたくないなら良いが……」

「今はまだ、お父様と一緒に居たいですから」


 正直に伝えると、お父様は少しだけ頬を赤らめ口元を隠す。セクシーですわその仕草。私以外の人の前でやらないで下さいません? それ食らって無傷でいられるの、お父様が生まれた時から世話してる乳母とリディオさんくらいですから。


「それにしても、識字率が低いからこういう領主主導の不正が増えるんですよね。領民自らが書けるようになれば――まぁ不正をする頭数が増えるだけかもしれませんが。識字率を上げるにはどうすれば良いんでしょう」

「……どうするべきなんだろうな。少なくとも農民に関しては、必要ないから覚えていない者がほとんどだろう。勉学に励むには普段の業務を止める必要がある。そうすると必然的に生産効率が落ちる――というのが当家の文官から出た意見だった」

「悩ましいですねぇ……」


 お父様は「そうか……?」と言いたげな表情で私を見る。

 屋敷に住むようになって驚いたのは、この国には図書館という概念がなかったことだ。お父様の執務室には百冊を超える本があって、中を開くと手書きには見えなかったので活版印刷技術が既に確立されていると考えたのだが、どうやら複製魔導具によって印刷しているらしい。

 資料室にあるものと合わせたら、屋敷内に4桁は本があるだろう。それほどまでに本が流通している世界なのに、図書館がないのだ。


「勤勉であれ。且つ無知であれ――かなぁ」

「ん? どういう意味だ?」

「為政者は民に無知であることを望み、その一方、仕事には勤勉であることも望んでいる――という意味です。ちょっと誰が言ってたかは忘れちゃいましたが」

「…………残酷だな」

「えぇ、とても。貴族社会をよく表してます」


 お父様は言葉を返さず、口元に手を当てた。言葉の意味が分かるから、自分がそれを求めている為政者であるという自覚を得てしまったからだろう。

 何も知らず畑を耕し生涯を終えるはずだった農民が知識を得てしまえば、いつかそれは貴族に牙をむく存在となる。前例がなくとも、想像に難くない。


「それにしても」


 少しだけ後味悪く会話は終わり、しばらくソファに腰かけて本を読んでいると、お父様が思い出したかのように口を開く。


「どうされました?」

「いや、税のことといい、識字率のことといい、エリサはやけに真面目なんだな」

「……そうなんですか?」


 同年代の子供など一人も居ない屋敷から一切出ない生活をしており、この世界の基本を知らない私は、そう言われても自覚はない。


「私がエリサくらいの頃は、どうしたら婆やから逃げられるか常に考えていたものだが」

「えっ何それ可愛い」

「……可愛い言うな」

「その頃のお父様も見てみたいですわ」

「無理だ」

「……録画の魔導具とかないものなのでしょうか。いえ、この場合は過去視……?」

「エリサが何を求めているか私には分からないが、恐らく存在しないものだ」

「残念です」


 本当に残念だ。少年時代のお父様も見てみたいのに。

 たゆひつでは幼さの残る同年代の攻略対象と比べると、ブレない大人として描かれることが多かったジュリオ・ヴァレンティは、子供時代のCGなどが一切ない。騎士団長にだって若かりし頃のCGがあるというのに、ジュリオ様――お父様にはそれがないのだ。

 魔導具という便利なものがあるというのに写真がない世界なので、残っているのは絵姿くらい。でも私は動くお父様が見たいんだ。無邪気にはしゃぐお父様が見たいのだ。あー見たい。見たい見たい見たい超見たい。


「娼館でもそうやって真面目に働いていたのか?」

「え、いえ、自慢ではないですが、バンビの中では一番不真面目だったと思います」

「…………そうか」


 娼館で住んでいた頃の私を知っているのは、一緒に身請けされてきたミミとミレーナくらいだ。

 二人は新入りなので本邸に入れる立場ではなく、見かけることはほとんどない。

 自由に敷地内を動ける私から会いに行くことは出来るのでたまに会いに行っているが、元から教養があったミレーナはあっという間に溶け込み、ミミもゆっくりとだが馴染んできているらしい。

 使用人の中にも立場があり貴族出身の人も居るが平民出身の者の方が多いので、二人が娼館の出身ということはあまり問題にはされていないようだ。――突然養子に入った私とは違って。

 私も使用人として雇われてた方が良かったな、と最初は思ったが、お父様に近づけないのは間違いないのでそれは無しでとすぐに考え直した。ミミなんて、身請けされたあの日から一度もお父様の顔を見ていないのだという。


「不真面目だったにしては教養があるように思えるが」

「あー……私は婆ちゃん――娼館の雇用主から、身体ではなく頭で稼ぐ方が向いてると思われてたので、たぶん教育方針の問題かと思います」

「ふむ……セラフィーナもそうだったのか?」

「どうなんでしょう? お母様――フィネは踊ることに目がないと聞いていたので、どちらかというと身体で稼ぐ方だったと思いますが、会ったことはないのでなんとも」


 娼婦として10年以上モンテッラに勤めている者は、実はあまり多くはない。若さを失い、客が取れなくなった時点で系列店に送られるからだ。

 系列店には、娼館だけでなく飲食店のようなものも存在する。稼ぎは少ないが身体を売るより安全ということもあり、あえて不真面目に働くことで下の店に送られようとする娼婦だって居るくらいだ。

 まぁ、そういう性質の娼婦はすぐ婆ちゃんに見抜かれて下級娼館に送られるわけだが。

 私を産んですぐに亡くなった母がミレーナと同年代と考えても、娼婦歴は精々15年程度だろうか。どちらかというと長い方だが、普通ならじきに客が取れなくなる年齢だ。


「…………そうか」


 お父様は、私がお母様の話をするたび、少しだけ寂しそうな表情をする。

 それが母親の顔も知らない私への同情なのか、想い人を亡くした悲しみなのか、今の私には分からない。


「ミレーナさんの方が詳しいですよ。話したがるかは分かりませんが」

「ミレーナ……あぁ、エリサと一緒に身請けした、()())」

「えぇ、そのミレーナさんです」


 お父様にとって、私以外の二人は新しい使用人くらいの感覚しかない。名前を覚えていないのも当然だが、身請けされた最初の日にとある事件が起きたのだ。


 娼館から身請けされてきた娼婦ということしか知らなかった若い使用人たちは、立場を弁えろとミレーナを呼びつけた。

最初は数人で囲んでいただけだったのに次第にミレーナを囲む使用人が増え、それが数十人に上ったところ、お父様の近くで働く使用人が漏らしてしまったのだ。「新人が虐められているかも」、と。

 それが誰のことかも分からなかったお父様であるが、自分が身請けした相手が虐められているのは問題だと使用人を宥めるため現場に赴いた。

 ――が、そこで行われていたのは、虐めなんて生易しいものじゃなかった。

 そう、下剋上である。高級娼館モンテッラで長く娼婦を務めてきたミレーナにとって、女の戦いとは、()()()()()()()()()()()なのである。

 貴族の屋敷という優しい世界で生きてきた使用人達とは格の違う女であったミレーナは、あっという間に自分を囲んでいた全員を宥め、そして信奉者に変えてしまった。

 貴族出身のベテラン使用人までもがミレーナのことを「お姉様」と呼ぶ始末で、呆れたお父様は解散を命じただけで終わってしまったという事件が。


「でも、本邸にいきなり呼んだら間違いなく妾だと思われますよね」

「……そうだな」

「お父様が別邸に行っても同じですね」

「…………そうだな」


 お父様は、早く世継ぎを作れと常にプレッシャーを掛けられている立場だ。

 これでもし娼館出身、更に自ら足を運び身請けしてきた使用人を自室に呼ぶようなことがあったら、既成事実ガチ勢のお爺様に何を言われるか分かったもんじゃない。

 首都で暮らしている公爵家当主のお爺様と話す機会はほとんどないが、食事の席を囲むことはたまにある。

 お爺様は、まさかお父様が妾でなく養子として娼婦を身請けするとは思っていなかったようで、私のことを相当訝しんでいた様子ではあったが。


「ところでお父様、お母様が存命だったら、やはり妾として身請けしたのでしょうか?」

「ん? あぁ……どうだろうな。考えていなかった」


 お父様、そんなとこあるんだよね。賢いのに時折考え無しなのだ。たゆひつの攻略対象であった落ち着いた大人としてのジュリオ・ヴァレンティしか知らなかった私にとって、お父様となったジュリオ・ヴァレンティはまた別の味がする。

 これが身内にだけ見せる本来の性格なのか、それともこれから成長して変わるのかは分からないが。


「それに、お父様は一体いつまで結婚しないつもりなんですか? 毎日のようにお見合いの手紙が来てるじゃないですか」

「……エリサは父様のようなことを言うんだな。それは、まぁ、うん、そのうちだ」


 書類を片す手を止め、ぷいっと唇を尖らせ窓の外に目を向けるお父様。そういう子供っぽいところも可愛いですわ。ここイベントCGとして配布してくださらない?

 でも私は知っている。そのうちそのうちとのらりくらりと交わし続け、27になってもまだ相手を見つけていないジュリオ・ヴァレンティを。

 そこまで未婚だと無理矢理結婚されそうなものだが、ジュリオルートでは主人公に惚れ込んで婚約を申し込むことになる。他キャラのルートだと出番が多いわけではないので、未婚なことを主人公や周囲の者にからかわれることもないのだ。


(……他キャラルートだとずっと独身なのかしら)


 少しだけ嫌な予感がしたが、お父様に妻は居なくとも子供(わたし)が居るので、ひょっとしたら生涯独身ルートを突き進むのかもしれない。結婚相手には絶対困らない美貌を持っているのに、初恋を抱え独身を貫く姿も何故か似合ってしまう。まさに顔面の暴力だ。


「あぁ、そういえば」

「どうされました?」

「前にエリサが話していたサルヴィーニ魔法学園の件だが、あちらから回答が来ていた。どこだったかな……」


 お父様はそう言うと、乱雑に積み重なった書類から目的のものをごそごそと探す。

 秘書であるリディオさんは書類仕事を手伝わないようご当主様から命じられているようなので、どうしても仕事に追われたお父様は様々なものを放置しがちだ。

 だから私が陰ながらサポートしたいと思っているのだが、貴族社会の無知さから時間を掛けさせることの方が多い。


「あぁ、あった、これだ。初等部と中等部に通わずに高等部に編入する制度自体はあるらしい。その分試験は難しくなるらしいが。だが、どうしてだ? 中等部なら今のエリサでも勉強すれば入れるだろう」

「だって、中等部は寮生活だからお父様と離れることになるじゃないですか」

「…………まぁ、そうだが」

「時間が勿体ないです。ですが、色々あって高等部には入りたいんです」

「色々か」

「色々です」


 まぁ、それはゲームの舞台だからなんですが、説明は流石に出来ない。

 私と同じように転生した者が居たら、主人公であってもなくても必ず学園に入るはず。それに、どうせお父様も臨時教師として学園に入るのだ。高等部の3年間、お父様は学園で政治学を教えることになる。貴族としてのミクロな政治から、社会の構成員としてのマクロな政治までを高等部の生徒に教えてくれる。

 既に仕事に忙殺されている状況でどうやって教師になる時間を捻出するのか気になるが、まぁなるようになるのだろう。運命の強制力を信じるならば、私が関与しなくてもそうなるはず。もしギリギリまで粘っても予兆がないようなら、その時に考えよう。


「試験科目は聞いているので、後でクロディーヌに渡しておこう。エリサなら1年あれば覚えられるかもしれないが」

「私、生まれが生まれなので貴族の社交場には弱いですが、1年で大丈夫ですか?」

「そうだな、練習場所を用意するよ。近い親族で固めておけば緊張も少ないだろう」

「……それは、パーティ的な?」

「あぁ、パーティ的というか、パーティだ。エリサのお披露目にもなるからな」

「えぇー……まぁ、頑張ります……」

「そこは消極的なんだな……」


 パーティ。それはまぁ、貴族的なアレだ。やるよねパーティ。

 けどたゆひつだとふわっとしか説明されてないから全然分からないんだよね。前世でも一般人だから友人の結婚披露宴くらいしか出たことないし、実際のパーティがどういうものなのか全然分からない。

 けれど、今のうちに貴族の人脈を作っておけば必ず今後のためになる。主人公がどのルートに入るか分からない以上、出来ることは全部やっておきたいのだ。

 主人公が私と同じように0歳から転生していても、幼少期から出来ることは限られている。知識があっても娼館から出られなかった私のように、制限の多い人生になるはずだ。

 私は10歳の途中からとはいえ貴族家の養子に入れた。行動を縛られることがなければ、公爵家の膨大な財力によって欲しいものは割となんでも手に入る。

 養子に入ったばかりだったので多くのものはねだらないようにしていたが、最近のお父様の様子からして買って欲しいと言えば何でも買ってくれそうだ。……それが良いことかは別として、使えるものは全部使う。


「あれ、そういえばお父様の魔法適正って陰属性ですよね」

「……言ったか?」

「あれ、誰かに聞いた気がしましたけど、違いましたか?」

「いや、違わないが……。確かに私の適正は陰属性だ。だが、解放した魔法位階も低いので大した魔法は使えないぞ」

「陰属性って、確か死体を操ったり出来るんですよね」

「……それは第九位階(マスタークラス)の話だな。私は第五位階(プラチナム)までなので、出来てこのくらいだ」


 お父様が右手人差し指にはめた指輪に口づけをすると、そこから黒い影のようなものが溢れてくる。指輪になりたい。

 ――あっという間に影は部屋中を覆い隠し、部屋から光という光が消失した。自分が立っているのか座っているのかも分からなくなり、呼吸音と心音だけが響く。これは陰属性魔法における『暗闇(ダークネス)』という魔法だ。

 お父様がパチンと指を鳴らすと、暗闇はあっという間に晴れた。


「思ったより何も見えなくて驚きました。お父様の『杖』は、その指輪ですか?」

「あぁ。10歳の誕生日に父様から頂いたものだ。よく分かったな」


 たゆひつの作中でも重要視されるのが、生まれ持った魔法の才能だ。

 魔法の精度を高めるために存在するのが、『杖』と呼ばれる魔導具である。棒の形状をしていることもあればお父様の指輪のように全く違う形で作られていることもあるが、どんな形であろうと魔法の補助用に使われる魔導具を、総じて『杖』と呼ぶ。

 お父様が指輪にキスをするイベントCGがあったので私はすぐに分かったが、『杖』であると分かりづらい形にする理由もあるらしい。

 自身の魔法適正に合わせた『杖』を持つのが一般的だが、全属性に適正があり『杖』によって扱う属性を切り替えられる、主人公のような特例もある。


「私の適正は、(きん)属性のようです」

「ん? 娼館ではそんなものも調べるのか?」

「あ、いえ、こちらに来てから興味本位で調べました。やり方は本にあったので」


 金属性。お父様の陰と全く異なり、無機物である金属を操るのに適した属性だ。

 たゆひつにも金属性のキャラは一人だけ居た。鍛冶屋の少年で、攻略対象ではない。

 実は魔法適正を調べてから錬金術のようなものが使えないかとコッソリ試したのだが、本の知識だけで使えた魔法は、融点の低い金属を曲げることくらいだった。素手でも曲げられる程度の。


「金……金か。なんというか、難しいな」

「ですよね」

「あぁ、ただ学生時代に上手い使い手が居たのを覚えている。戦闘中に相手の剣を柔らかくしたり、鎧を薄くしたりといった小技で、演習ではいつも上位の成績だったな」

「……お父様は?」

「言わせるな」


 ちなみにお父様――ジュリオ・ヴァレンティは、たゆひつ攻略対象の中ではかなり弱い方だ。というのも、適正のある陰属性といえば、そのほとんどが裏ルートに入った主人公が扱う死霊魔法のことであり、表ルートの登場人物であるお父様に裏ルートでスポットライトが当たらないよう、あえて非戦闘要員ばりに弱く設定されているらしいのだ。

 それでも、ルートに入った時のお父様は並外れて強い。それは、公爵家という高い地位を利用し、多額の資金を費やして大量の魔導具を使い捨てることが出来るためだ。


「……誕生日で思い出したのだが、そういえばエリサ、誕生日はいつなんだ? 明日とか言わないよな?」


 慌てた様子のお父様の視線が、ちらりと壁に掛けられている魔獣の毛皮の方に向いた。確かあれも誕生日に貰ったと言っていたか。よほど高いものなのだろう。


「あー、えっと、セレストのいつかです」


 ちなみに、日本基準だと8月くらいにあたる月を指す言葉だ。どこ行っても結構暑い。


「いつか? 5日か?」

「いえ、正確な誕生日は教えられないんですよ。同い年のバンビにたかが数日の差で上下を付けられたくないとかで」

「……そういうものか。では、いつでも良いということだな?」

「えぇ、いつでも構いません」

「じゃあ、そうだな。セレストの8日にしよう」

「……どうしてですか? いえ、日にちに文句があるわけじゃないんですが」

「私の、弟の誕生日なんだ」


 お父様は、小さく呟くと目を細め、窓の外に顔を向けた。

 ジュリオ・ヴァレンティには二人の弟と三人の妹が居る。――が、全員故人だ。

 その理由はたゆひつ作中で殆ど語られなかったが、不慮の事故で亡くなった身内が居るという描写がある。事故で母親を亡くし、兄弟姉妹を失ったことで、自然に公爵家の後継ぎに決まったのだ。


「弟というと、アルノルド様でしょうか。それともカルミネ様?」

「カルミネだ。――縁起が悪いか?」

「いえ、構いませんよ」


 弟について、私が知っていることはほとんどない。屋敷の誰も話そうとしないからだ。

 この国では何回忌のような行事はないようだが、近しい身内だけで死者の誕生日を祝うという文化がある。それは弔いでなく祝いの席なのだから、同じ日にしても良いと考えたのだろう。

 基本的に親族だけが集まる行事だが、この広い公爵家の屋敷で故人の兄弟姉妹の親族にあたるのは、ほとんど帰ってこないご当主様を除けばお父様ただ一人。

 たった一人によるそれが、祝いの席になるのか、葬式のような暗い席になるのかは、考えないでも分かることだ。


「でも、そうしたらもう来月ですよね」

「あぁ。高価なものはともかく、珍しいものをねだられても用意出来ないぞ」

「……別に変なものねだるつもりはありませんが」

「領地くらいならあげられるが……」

「要りません」


 それ娘への誕生日プレゼントにあげるものじゃないよね明らかに。っていうかさっき領地運営したくないって言ったのに! そんなことしてたらお父様の傍に居れないじゃないの! 悪い虫が付かないように私が見ていないと――

 って、いや、うん、常識的に考えたら娼館生まれの私こそが悪い虫なんだけど、ごめんね昔からお父様を守ってくれてた皆……。


「私、普段から充分すぎるくらい頂いていますよ」

「……そうなのか?」

「お父様がどうだったかは分かりませんが、少なくともこれまでの人生でここまで尽くして貰ったことがないくらいには、たくさん頂いています」

 一緒に居られるだけでご褒美なんですよ私は。あと単純に、多忙なお父様の時間という最も大切なものをいつもこうして奪ってしまっている罪悪感も少し。元から娼館では私物など一つも持っていなかったし、そんな生活に慣れてしまっていたのだ。

 私に残されたオタクとしての魂がお父様のグッズを作りたがっているが、残念ながらそれを本人に言うわけにはいかない。アクキーとか欲しいんだけどな。


「だが……」


 それでも、二十歳まではご当主様から常にプレゼントを頂いていたというお父様、どうしても私に何かを贈りたいというのなら、仕方ない。


「では一枚で結構ですので、お父様を一日自由に使う券を下さい」

「じ、自由に!?」

「……何されると思ったんですか」


 肩たたき券くらいの感覚で求めたが、この世界の文化ではあまり想像できないものだったのか、お父様は俯き口元に手を当てながら小さく唸っている。あれ、本当に何されると思ってるんだろう? 別に何かに使いたいと思ったわけではないんだけど。


「うん、まぁ、そのくらいなら良いか」


 そう言うとお父様は、近くに置かれていた小切手にすらすらと自分の名を書く。あれ、そうやって券作るんだ。別に良いんだけど、金額のところに名前書いてるのちょっとシュールね。

 貴族間の取引では小切手が使われていることが多い。大量の札束を用意する手間を思えば、このような紙一枚で取引が成立する方が楽という面があるのだろう。


「これで良いか?」

「あの、どうせなら誕生日に渡してくださいません?」


 小切手をぴらりと手渡そうとしてくるので、ひとまず受け取り拒否しておいた。雰囲気台無しだ。別に何かに使いたいわけではないんだけど!


「そ、そうか。すまなかった」


 妻子がおらず早くに兄弟姉妹を亡くしたお父様はプレゼントを渡す側になったことがなく、すぐに用意出来るから用意した、今あるから渡そう――くらいの感覚だったのだろう。自分の行動を振り返り、「それもそうか……」なんて小さく呟いている。

 お父様を自由に使える券をあと10年貯めればお父様を10日も自由に……なんて考えちゃったが、まぁやめておこう。っていうか、別に1年1枚である必要もないしね。来年は2枚ねだっちゃうのもアリだ。学園に入るまで5年しかないから、こんな冗談みたいなプレゼントだけじゃなく他にも必要なもの考えておかないと。


 そんなくだらない雑談をしながら、私は充実した一日を過ごした。

 常に何かに追われるように生きていたバンビ時代とは比べ物にならない自由な時間は、しかし自由であればあるほどに早く進む。養子に入り、あっという間に半年が経ってしまったように。


 大人の体感時間は、子供とは比べ物にならないほど速く感じると聞いたことがある。

 前世で三十路を超えていた私の精神は、転生してからも合わせると40年以上連続している。もしかしたら、それだけ体感時間が速くなってしまっているのかもしれない。

 そう思えば、勿体ない。ずっとこの時間が続けば良いと思えるほど、お父様と共に暮らすことが日常になってしまったのだから。


 ――そうして、季節は巡る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ