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「あなたは、えっと……田舎の三流貴族の六女、ドナテラさんでしたか」

「い、田舎ですって!? 娼婦風情が何をおっしゃいますか!」


 派手なドレスに高価な宝石類、純金の首飾りに、指輪にブレスレットに。私はお金持ちですよと見た目からアピールしようとするあさましい令嬢に絡まれていた私は、ついにプッツンしてしまった。彼女が言ってはいけないことを口にしたからだ。

 私の平手打ちをモロに受け床に倒れこむ令嬢を見下ろし、宣言する。


「えぇ、確かに私は娼館の生まれです。ですが私のお父様はあなたの家より遥かに上――公爵家の後継ぎです。しがない子爵家の令嬢に過ぎないあなたは、公爵家より偉いのですか?」

「い、家の話をするなら、あなたは養子ではないですか! 娼婦の娘が何を偉そうに!」

「養子なのは事実です。一つ訂正しておきますが、私は娼館の生まれではありますが、娼婦ではありません。売られる前にお父様に見つけてもらえましたから、私はまだバージンですよ」


 私が養子ということは、公国の貴族なら皆知っていることだ。だから今更隠す必要はないし、否定する理由もない。

 書類上は養子だが実は実子ということまで知っているのは公爵家の中でもごく一部の忠臣だけだからそれを武器にするわけにはいかないが、たとえなんと言われようがその事実は変えようがない。


「ところでドナテラさん、人を娼婦呼ばわりしてますが、あなた……屋敷の離れに男娼を匿っておいでですね。あなたの婚約者であるライモンド様はそれをご存知なのですか? あぁ、言えるわけありませんよね、異国の男娼なんて――」

「だ、黙りなさい!」


 ドナテラはそう叫ぶと立ち上がり、テーブルにあった水瓶を掴みこちらに放り投げようとする。慌てて彼女の手首を抑え、護身術とした習った技で彼女を床に押し倒す。

 極(き)めた手首を背中側に回しぎゅっと力を込めると、ドナテラから小さな悲鳴が漏れた。いやだって、ここでホールドしておかないと暴れるでしょ絶対。その方が面倒だよ。


「ちなみにこれ、何かご存知でしょうか?」


 ポケットから取り出したものを彼女に見えるよう床に置く。それは音結晶とも呼ばれる魔導具の一種だ。水晶のようなこの魔導具に魔力を通せば、一定時間周囲の音を記憶させることが出来る。

 一度再生すると二度と使えなくなるので使い捨てだが、こんな時のためにいくつか用意しておいたので別に惜しくはない。高いものではあるが、使えるものは使うのだ。


「お、音結晶……!?」

「この場に味方しか居ないからといって、油断されてました? ふふ、これをライモンド様に送ったら、なんて反応をするでしょう。楽しみですね」

「私をお、脅すというのですか!?」

「えぇ、そうですよ? だって私のことはともかく、お父様まで悪く言うあなたに優しくする必要はありませんから」


 私が冗談を言っていないことを知り青ざめた表情になったドナテラは、助けを求めるように周囲の令嬢に視線を向ける。だが、誰も彼女に近づこうとはしない。私が何を隠し持っているか分からない以上、失言の一つも残すわけにはいかないからだ。

 ドナテラはひく、ひくと嗚咽を漏らし涙を流しながら、震える声で懇願する。


「ど、どうか、それだけはやめてください。非礼は詫びます。その、賠償金だってお支払いします。ですから、どうかそれだけは――」

 私はにっこりと微笑んだ。お父様曰くセラフィーナ似の、性(・)悪(・)そ(・)う(・)な(・)女(・)の(・)顔(・)で。


 どうしてこんなことになったのか。それは、しばらく前に遡る。


*


「王宮での舞踏会、ですか」

「あぁ、エリサ宛てに招待状が来ている。嫌か?」


 ジュリオ・ヴァレンティの養子になってから、あっという間に2年が経過した。

 お父様の補佐をしたり、文官の真似事をしたり、魔法の勉強をしたり、たまに貴族としてお父様と一緒にパーティに出席したりと充実した毎日を送っていたが、ある日送られてきた招待状は、公爵家ではなくエリサ・ヴァレンティ個人に宛てた、舞踏会への招待状であった。


「主催者は王太子のセヴェリアーノ様……これ、絶対出ないといけないやつですよね」

「……基本的には、な。実は毎年やっていたんだが、一昨年はエリサが来たばかりだったし、去年は前王の崩御もあって中止されていたんだ」

「なるほど。えっと、このタイミングの舞踏会ってことは、結婚相手を探すとかいう」

「……そうだ」


 家庭教師にも教えられていた。これは王家が主催する、未成年かつ未婚の貴族を対象とした舞踏会だ。

ヴェッキオ公国は比較的歴史の浅い国とはいえ、貴族家は100以上存在する。公国の前身となったタリア帝国から続く貴族家が多いからだ。

 かつて存在したタリア帝国は、蔓延する風土病により王族の病死が重なり、王家が存続出来なくなった。そこで王家を除けば最高位の貴族家であったヴェッキオ公爵家が同派の貴族と共に帝国の領土に作り上げた国が、私の住むヴェッキオ公国である。

 そんな流れが過去にあったため、新興国の割に多くの貴族家を抱えているのだ。

 しかし、新興国ということは、当ヴァレンティ公爵家のような成り上がりも多く存在する。領土もタリア帝国の時代に比べたら数倍まで広がっているし、貴族家同士の結びつきを強くするため開かれる、言ってしまえば国家主催の婚活パーティだ。


「お父様を見るに、なぁなぁで逃げ切ることも出来るのですよね」

「あまり推奨はされないがな」


 ハァと小さな溜息を吐かれた。お父様は私を簡単に嫁入りさせるつもりはなさそうだが、だからといってそのまま私に家督を継ぐつもりもきっとない。

 嫁入りして家を出たいというのなら好きにして良いと言われたことはあるが、それならまだしばらくお父様の隣に居たいですと答えて困らせてしまったのを覚えている。

 現状、お父様以上にいい男が現れないと嫁入りする気など毛頭ないのだ。あれ、そんな男、この世に居るかな?


「婚約者が居る者も呼ばれると聞きましたが、それはどうしてでしょう?」


 婚活パーティであるなら、ふつうは婚約者の居る貴族が呼ばれることはない。だが、この舞踏会は名目上はただの舞踏会。書類上未婚であるならば、婚約者が居ようが呼ばれるらしい。


「あぁ、簡単な話だな。ヴェッキオ王家は、代々略奪婚をしている」

「…………そういう」

「……そういうことだ」


 そういえば、そんな話もあったっけ。勿論、略奪婚といっても既に結婚している者を娶るわけではない。婚約者が居ようが関係なく本妻や妾に迎え入れるというだけの話だ。

 誘いを断る令嬢はほとんど居ないらしい。何せ、妾だろうととんでもない成り上がりだ。自分が王家の一員になれると知れば、弱小貴族家に嫁ぐ気などなくなってしまうのだろう。女って怖いね!


「舞踏会でいい感じの婚約者を見つけて、ほとぼりが冷めた頃自然に別れるのが良いでしょうか……」

「いや、何が良いんだ……? 婚約者を見つけたならそのまま嫁入りしても良いし、何なら当家に婿入りさせても構わないが」

「それだと、お父様の実子でない者に家督を継ぐことになりませんか?」

「ん? だが、エリサが子を産めば、それは私の実孫になるだろう。どちらにせよ、2代経たら血は4分の1だし、3代経たら8分の1だ。大して変わらないな」


 きょとんとした顔でそう言うお父様を見て、思わず笑みが零れた。お父様、そういうところあるのよね。効率厨というか、情緒がないというか。

 確かに私がお父様の実子である以上、私の子供は間違いなくお父様の血を継いでいる。一度だけ自分に血の繋がりがないものが当主になろうが、その次から元に戻るなら構わない、ということだ。


「婿入りした者が、公爵家を乗っ取るかもしれませんよ?」

「……エリサが選ぶ男がそんな男であるはずなかろう」

「それもそうですね」


 何を当たり前なことをと言いたげなお父様には、2年も一緒に暮らしていることで流石に私の性質を理解されている。

 世間知らずであったり変なところに聡かったりするのを全部「娼館育ちですから」で誤魔化すのも難儀な話だが、自分の知らない世界の話を嘘と断定するお父様ではない。

 実際のところ、娼館でなく前世の知識を活用することがほとんどだが、お父様にとってどちらも知らない世界であることに変わりないのだ。


「私が心配しているのは、エリサが公爵家に連れてきた男が、ルーベン様のようにならないことのほうだ」

「……流石にそこまでは」

「ならないと言えるか?」

「…………微妙ですが」

「だろう」


 ルーベン様と呼ばれるのは、今から150年ほど前の公国に実在した王太子だ。

 継承権第一位のルーベンが王になれなかったのには理由がある。それは、彼が娶った女が一言で言うと女(・)傑(・)であったからだ。

 このままルーベンを王位に就けると、確実に女王による傀儡政権となる。代々男系の一族であったヴェッキオ王家に女王は必要ないとのことで、ルーベンは優秀でありながら王家から追放処分を受けたのである。

 それ以来、公国の貴族はルーベンの二の舞を踏まないように、女は聡く淑やかな者を良しとする風習が出来たのだという。私とは真逆な。

 お父様や秘書執事リディオさん曰く、私は公国の令嬢としてはだいぶ変わっているらしい。領地運営には口出すし、男のみが就ける文官の真似事をするし、社交場でも婚約者を探そうともせず父親の傍を離れないし、父以外の異性に興味がなさそうなのに同性愛者というわけでもない。

 ヴァレンティ公爵家に関わる親戚からは拗らせたファザコン扱いされているが、まぁ大体合ってる。何てったって娼館育ちですから! 


「でも、お父様はルーベン様タイプではないじゃないですか。私の好みはお父様ですから、たぶんそんなことにはなりませんよ」


 正直に伝えると、お父様は顔を赤らめそっぽを向いてしまった。

あぁー、こういう反応が見られるから娘の立場最高ですわ。あんまり怒られませんからね。にしても、この美貌を持ちながら褒められ慣れていないとは流石男性。男は生きていても褒められないって言いますしね。


「……それはそうとして、婚約者くらいは居た方が今後楽だぞ」

「実体験ですか?」


 お父様は大きく頷いた。この国では、二十歳過ぎて未婚の長男が当主になることなどまずないらしい。もしそんな男が居たら確実に何か問題を抱えているので、当主にするべきではないとか。

 だが、お父様の性格に問題があるとしたら初めて好きになった娼婦を忘れられないというところくらいだし、お父様より下の兄弟姉妹は全員故人なので今更どうしようもない。

 もっと子を増やそうにも、ご当主様は子供だけでなく妻も亡くしているのだ。妾はおらず居なかったようで、結局多少地雷物件のようだが優秀ではあるお父様が次代当主に内定している状況だ。

 もしも弟達が生きていたなら、お父様はきっと喜んで家督を譲っただろう。そして、自分は補佐する側に回る。本来、陽の光の当たらない位置を好む――そんな人なのだ。


「現時点ではエリサに縁談はほとんど来ていないが、たとえばこれだ」


 お父様が書類の束――ではなく見やすいところに置いていた紙は、私宛の縁談の申し入れだ。そんなものが来ていたことを、私は今はじめて知った。


「アリブランティ伯爵――って、確か妾が30人は居るとかいう」

「あぁ。速攻で突っぱねたがな。私の(・・)エリサをそんな奇人に渡すつもりはない」


 私ファザコンって言われますが、お父様も大概ですわよね。私の(・・)、って。照れちゃいます。まぁお父様のことだから、自分の種で生まれた実子を、くらいの言葉でしょうが、それはそうとして嬉しいものは嬉しいのです。


「恐らく、娼館出身ということだけ知って、娼婦だと勘違いしているのだろう。このように、妾を多く抱えている貴族から時折送られて来る程度だな」

「そのくらいなら、お父様より全然少ないですね」

「言うな……」


 大きな溜息を吐いたお父様の視線が、書類の山の一部を見る。きっと縁談の申し入れを重ねているエリアだろう。

 実はお父様には今でも縁談の申し入れが多数来る。大体が夫を先に亡くし未亡人となった貴族令嬢からだが、お父様に釣り合う年齢の令嬢は、もう社交場に居ないのだ。

 男の未婚より女の未婚の方が珍しい社会。男尊女卑が根強いというほどではないが、貴族社会において女の立場は男よりも低い。男系の王族というのもあるだろう。

 27歳まで未婚を貫くたゆひつ攻略対象としてのジュリオ・ヴァレンティならともかく、今のお父様はまだ24歳。一般的には精力のピークくらいだろうか? この歳で未婚の貴族はほとんど居ないが、それはそうとして子に恵まれていない貴族くらいならいくらでも居る。

 大抵もう少し歳を重ねても子が出来なければ妾でも取って血を絶やさないようにするものだが、お父様には既に年齢にそぐわぬ子供が居る。

 24歳で未婚の貴族より、24歳なのに12歳の実子が居る貴族の方が少ないはずだ。お母様ショタコンすぎですわ。精通したてで一発着床出来るお父様の精もとんでもないが、これ普通に妻とか妾居たら毎年孕みそうですね。

 にしてもお父様、性欲の解消はどうしてるんでしょう。自家発電しているようには見えないし、実は枯れてるとか? ED……とかも、医療が進歩してないこの世界だと不治の病扱いされそうね。


「お父様は、私がどんな男性を見つけてくると嬉しいのでしょうか?」

「そんなもの、エリサが決めた相手なら誰でも良いに決まってるだろう」

「……そうなるとお父様ってことになっちゃうんですが、それでも構いませんか?」

「私が悪かった。男の中からジュリオ・ヴァレンティを除外してくれ」

「分かりました。では今のところは居ませんね」


 小さく舌を出して意地の悪そうな目を向けると、苦笑されてしまった。冗談のつもりはないが、普段から告白しているせいで軽く流されるのが日常になっていた。

 実はお父様にもう一人隠し子が居てそれが私と同い年で――とかなったらその人を選ぶ可能性はあるが、残念ながらお父様が種を吐き出したのは生涯一人の娼婦だけ。

 たゆひつ本編が始まってから主人公にジュリオルートを選択された場合、同い年の母親が出来ることになるが、主人公の産んだ子が精通するくらいまで待っていたら流石の私もいい年だ。

 だが私はそろそろ婚約者の一人も見つけていないとおかしい年齢になってしまう。

 リディオさん曰く、ここ最近の貴族は早婚化が進んでおり、10代前半の時点で婚約者を見つけ、学園の高等部を卒業すると同時に籍を入れる風習があるらしい。となると、タイムリミットはあと5、6年か。

 仮にジュリオルートを選択された場合、私が急いで結婚する必要はなくなる。どうせ放っておけば主人公が子を成すから、その子に爵位を継がせれば良いからだ。

 とはいえジュリオルート以外を選択された場合、お父様が生涯独身を貫く可能性は高いので、私が子を産む必要が出てくる。私の後代が居なくなってしまうので、嫁入りという選択肢が消失するのだ。何としてでもお婿さんを貰ってこなければ。


 あれ、そういえば――


「……あの、お父様、つかぬことをお聞きしますが」

「何だ?」

「私がお父様の種で孕んだ場合、その子は書類上、私の子になるんでしょうか。それともお父様の子になるんでしょうか?」


 素朴な疑問を投げかけると、お父様は盛大に吹き出した。

 ごっほごっほと噎せまくり、震える手で鈴を鳴らすと10秒ほどで秘書執事のリディオさんがグラスを持って部屋に入ってきた。お父様はグラスの水を一気に飲み干すと、リディオさんを部屋から追い出し、眉間の皺に指を当てて私の問いに答える。


「…………恐らくだが、私の子という扱いになるだろう」

「そうなると、私は養子でなく愛妾にジョブチェンジでしょうか」

「……そ(・)う(・)な(・)っ(・)た(・)ら(・)、な」


 噎せたからか、それともわけのわからない質問をされたからか、顔を真っ赤にしたお父様が教えてくれた。

うーん、娼館で身に着けたテクを使って押し倒せばワンチャン……とか考えてしまったが、流石にそれは私を身請けしてくれたお父様に失礼なのでやめておきましょう。

 あ、いえ、同意の上ならむしろウェルカムなんですが、妾の一人も作らず生きてきたお父様のことですから、よほどのことがなければ難しそうですね。よほどのこととは一体?

 あ、一日自由にする券――でもあれで夜を迫ったら流石に冗談じゃ済まされなそう。やっぱり同意の上じゃないとね。

 これでも寝技は得意な方だ。バンビのうちに処女を捨てることは許されないので女相手しか経験はないのだが、女相手なら受けも攻めもどちらも出来る。お父様なら――うん、一旦この思考は止めておきましょう。また変なこと口にするかもしれませんし。


「婿入り希望の男性、そこまで居るんでしょうか……?」


 とりあえずお父様狙いアピールを中止してそう言うと、お父様は呆気にとられた様子で口を開いた。

 私が結婚に乗り気じゃないと思っていたのだろう。別に間違いではないが、少なくとも候補の一人くらい見つけておかなければ、最悪公爵家がお父様の代で滅んでしまう。


「あ、あぁ、男児に恵まれない貴族も居るからな。そういう時は他家から婿に来てもらうのが一般的だし、長男でもなければ、他家に入ることを拒む者はそこまで多くないだろう。血の繋がりがない男子が家督を継ぐなら、家の乗っ取りを防ぐ必要はあるが……」

「あー、確かに次男から下がどうなるのか気になってました。独立貴族になれないなら、貴族をやめるか他家に入るしかないんですかね」

「それか、親戚の娘を貰ってくるかだな。それ他家との繋がりも少ないから、家を出ても生まれた貴族名を名乗り続けることも出来る。今はその方が多いんじゃないか?」

「……なるほど、従妹くらいなら近親相姦に当たらないと」


 お父様は再び吹き出したが、今度は鈴を鳴らすことなく自力で息を整えた。

 あれ、日本でも従兄弟――四親等は近親者に当たらないんだったか。現代では一般的ではないが、昔は一族内での結婚もよくあったと祖母に聞いたことがある気がする。


「普通の貴族は、今(・)の(・)お(・)父(・)様(・)み(・)た(・)い(・)に(・)ならないために子を沢山産むんですよね」

「……そうだな、それが一般的だな」


 呆れ顔で返された。お父様だって6人兄弟の長男なんですよ。

 一人二人死んだ程度で血が途絶えることのないよう、子を多く生ませるのが貴族の常識だ。女は年に一人しか産めない以上、子を増やそうとするなら妾を入れるのを拒めないというのもある。

 妻一人で10人子を産むより、妾を二人ほど家に入れて3人ずつ産んだ方が絶対に楽なのだ。だからこの世界の女は妾が家に入ることを拒まないのだろう。

 しかし、そうなると貴族が増えすぎる。新しい貴族家が生まれることは滅多にないが、10年に一度くらいは、王に功績を認められ独立貴族として爵位を貰う者も居るらしい。


「別に、エリサが選んだ婿殿になら公爵家を乗っ取られても構わないが……」

「私が構いますよ、お父様。いくら私の子がお父様の血を4分の1引いているとはいえ、私が家の実権を握れなければ妾の子が爵位を継いでしまう可能性もあるんです。貴族の風習もありますし妾自体を拒むつもりはありませんが、私が生きているうちはお父様の血をヴァレンティ公爵家に残しておく所存です」

「……そうか。殊勝な心掛けだが、私が死んだ後のことなど気にしないでも良いぞ」

「お父様、忘れているかもしれませんが、私とお父様は12歳しか離れていないんですよ。暗殺でもされない限り、没年がそこまで離れるとも思えません」


 お父様は、口元に手を当て「それもそうか……」と小さく呟いた。

 ふつう、親が子より先に死ぬのは当たり前だ。早婚の貴族でも大往生ならば20年ほど差が空くものだが、私とお父様に関しては実子であるにも関わらず歳が12しか離れていないので、このくらいは誤差の範囲。私の方が早く死ぬ可能性だって全然あるくらいだ。


「お父様が公爵家を継いでいない以上、それがいつになるかは分かりませんが」


 なお、私は現ヴァレンティ公爵――ご当主様の没日を知っている。たゆひつ本編、ジュリオルートに入ってから亡くなり、ジュリオ・ヴァレンティが公爵位を継ぐことになるからだ。

 だが、事故で亡くなるのか病没なのか自然死なのか、そのあたりは全く語られていない。だからご当主様本人に伝えることはしないし、もし暗殺とかだった場合、そのイベントが起きないことで私の全く知らない世界線に入ってしまうことだってあるのだ。

 なのでご当主様には悪いが、予定通り死んでもらおうと思っている。まぁ、あまり面識があるわけでもないから、別にね。


「確か以前、ルーゴの前に譲ると言われていたな。まぁあの頃は私もまだ若かったからそう言っただけかもしれないが……」

「ルーゴ……50ですか。今のご当主様が確か41歳ですから、まだ9年もありますね」

「あぁ。だから別に、すぐ婿を見つけてこいなんて言うつもりはないぞ」

「でも、行き遅れたらお父様みたいになっちゃいますよ」


 ぐさりと言葉のナイフを突き刺すと、お父様は露骨に表情を歪めた。

 そんな表情も素敵ですわお父様。苦虫いっぱい嚙んで下さいませ。イケメンが嫌悪感や罪悪感に表情を歪めた時からしか得られない栄養もあるんですのよ。


「成人した女の未婚は男より厳しいですから。まぁ、学園に居るうちにはなんとかしたいと思っております」

「……そうか」

「はい、お父様は気長に、――あと6年ほど、吉報を待っていて下さいませ」


 当然、それは主人公の行動によって変わる。

 だが、お父様にそれを伝えるつもりはない。

 私はお父様の実子であるが、書類上は養子で血の繋がりはない。それを知る者も少なく、次代には誰も知らなくなるだろう。

だから、出来る限りお父様には直接妻か妾に子を産ませて欲しい。それが主人公であってもなくても、お父様の血が途絶えることになるより全然マシだ。

 長く屋敷に勤めお父様の惚れた娼婦セラフィーナを見たことのあるリディオさん曰く、私は相当母親似らしい。

娼館の婆ちゃんが私をセラフィーナ超えの娼婦にしたいと考えたのも、顔面偏差値がたいへん高い二人の子供が不細工に育つはずがないと考えたからだろう。

 私は見慣れちゃったし自画自賛するわけじゃないけれど、今の私は前世のモブ顔成人女性と比べたら半端ない美少女である。主人公も狙えるわ。狙わないけど。


「私としては、お父様が妻を迎えてくれる方が良いのですけれど……」


 再び言葉のナイフを突き刺すと、お父様は痛いところを突かれたと言いたげな表情になった。「そうしたら心置きなく嫁にいけます」と続けなかったのは、私がそう言ってしまうことでお父様が適当な女を拾ってくる可能性を避けたかったから。

 相手が主人公である必要はないけれど、お父様にはちゃんとした女の人を娶ってもらいたいんですよね。

でも、ちゃんとした人ならちゃんとした人で、家に夫と血の繋がった養子が居ることは耐えられないだろう。だからそうなったら、私は大人しく嫁入りして家を出る。

 妻が、もし主人公なら――転(・)生(・)者(・)じ(・)ゃ(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)と(・)し(・)た(・)ら(・)、八方美人で誰からも好かれる理想主義者(ロマンチスト)だ。

 プレイヤーの第一印象は大抵「何この女」だが、内面の掘り下げをされる裏ルートをプレイしたら皆の反応は変わる。実はこの子は理想主義者(ロマンチスト)などではない、むしろ誰よりも現実主義者(リアリスト)で、人から自分がどう見られているか考えて行動していたのだと。

 それを知ったうえで表ルートの誰かをもう一度攻略してみれば、能天気に見えていた行動一つ一つが実は計算づくであったと知れて、誰よりも強かな女だと考えを改める。


 ――それが、たゆひつプレイヤーなら誰しもが経験した手の平返しである。


(主人公なら家を出る必要はないか……)


 そんなことを考えながら、お父様にはどんな相手が向いてるか思考を進めてみたが、やはり主人公以外は浮かばなかった。

 実際、ベストカップルなのだ。明るく誰にでも優しい主人公が突き進み、それを隣で補佐するジュリオ様という構図は、ケンカップルが好きなオタクすら尊さを感じるほど。

 ジュリオ様のファンはたゆひつ本編だけで満足することが多く、二人のカップリングで二次創作は流行らなかったが、公式のベストカップル賞では常に上位に位置していたのを覚えている。


「……まぁ、そのうちな」


 お父様は、自分の結婚関係の話題になるとすぐにこうやって話を逸らそうとする。

 でも、そんなところも愛おしいですわお父様。ぷいっとするのが似合う成人男性とか反則ですわ。


 二人して直近の現実から目を逸らしているうちに、私が初めて参加する婚活パーティもとい王宮舞踏会の日を迎えた。

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