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姉が好きすぎる令嬢の憂鬱。〜姉の婚約者に口説かれた。どうやら王都の男どもの目は節穴らしい〜  作者: 藍野ナナカ
猿百合令嬢、王都に行く

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(48)私は猫でいい 【終】


「……あの、お兄さんのお母様とお姉様は、今どこに……」

「二人とも長生きはできなかった。もう十年以上前のことだ。だから気にするな」


 何でもないことのように言うけれど、猫たちはピッタリとくっついて離れない。まるでお兄さんの心の隙間を埋めようとしているようだ。

 だから私も、なんだか寂しそうに見えたお兄さんの背中にそっとくっついてみた。


「……何をしている」

「私も猫だと思ってください」

「猫にしてはよくしゃべる」

「では、にゃーと鳴きましょうか? お兄さんは猫はお好きでしょう?」

「馬鹿馬鹿しい。お前、外から見るとどんな風に見られているか、わかっているのか?」

「え、ただの猫ですよ!」

「……では、そこで青ざめている男に聞け」

「青ざめて?」


 首を傾げながら私は振り返った。

 そこにいたのは、ここにいるはずのない人。青ざめたイケオジ魔導師様だった。ついにここが見つかってしまったのか。……そう思うと、とても残念な気がする。なぜかはわからないけど。

 でも、私は取り敢えず顔色の悪い金髪のイケオジ様に声をかけてみた。


「ロイカーおじさん。顔色が悪いけど、大丈夫?」

「……あー、うん、まあ大丈夫だ。だが……その、ちび嬢ちゃん。俺は伯爵様になんて報告すればいいんだ?」

「報告って?」

「つまり……公爵閣下! そういうつもりではないんですよね?」

「これは猫だ。本人が言っているから、猫でいい」

「…………いや、それは無理でしょう!」


 ロイカーおじさんは頭を抱えている。

 お兄さんはいつも通りに冷たい目で見ているけど、その横顔は笑っているように見えた。

 いや、これは絶対に笑っているよね。お兄さん、実は結構優しい人だし、よく笑う人だから。

 わずかに和んでいる横顔を見ていたら、私の心も穏やかになっていく。


 だから私は……しばらく異界の猫扱いでいいかな、と思いながらお兄さんの背中にぺたりとくっついた。子供の特権だ。

 ロイカーおじさんが息を呑んだのがわかるけど、気にしない。

 でもお兄さんはあまり寛容な気分ではなかったようだ。小さくため息を吐いて、ぐいっと私を押し剥がしてしまった。


「お兄さん、私は猫にも劣りますか?!」

「……私を後ろ指を刺されるような変態にしたいのか」


 そう言って、冷たい目でジロリと睨まれた。

 でも私が何か言い返す前に、さらに言葉をつづけた。


「それから、私の名はガーフィルだ」

「…………え?」


 一瞬、意味がわからなくて首を傾げる。

 お兄さんはもう一度ため息をついた。


「どうせお前は、姉にまで遠慮して何も聞けていないのだろう?」

「な、なぜバレているんですか」

「お前はわかりやすいからな」


 それだけ言って、お兄さんは流れるような動きで私の手元からバスケットを奪い返し、リグ入りクッキーを取り出した。

 やっぱり自分で食べている。

 ……お兄さん、そんなにリグが好きなんですか?

 と呆れていたら、お兄さんに睨まれた。


「私の名はガーフィルだと言っただろう」

「あー、そうでした。えっと、ガーフィル卿?」

「言い慣れない言葉は使うな」

「では、ガーフィル様」

「……まあ、それでいいか」


 お兄さんは……ガーフィル様は冷ややかにつぶやいた。でも、私の口元にクッキーを押し付けてきたのは、どう解釈すれば……。

 食べろということ?

 いわゆるご褒美的な?

 思い切ってパクリと食いついてみた。お兄さんは満足そうに頷いて、私にお茶のお代わりを注いでくれた。

 お兄さんは優しいなぁ……あ、違う。ガーフィル様だ。

 ガーフィル様、ガーフィル様……慣れないな……。


 もぐもぐとクッキーを食べながら、心の中で練習をする。

 どうやら、お兄さんはロイカーおじさんにもフルーツケーキとお茶を振る舞うつもりらしい。

 その辺の草の大きな葉をちぎると、面倒臭そうに魔術をかけてコップに仕立てていた。

 あの草製コップ、お茶を入れても熱くならないのだろうか。質感も軽いままなのか、草の匂いもしないのかとか、いろいろ気になってしまう。


 思わずじっと見ていると、お茶を注いでいたお兄さんがふと私を見た。

 もしかして、また思考が筒抜けになっている?!

 私は慌てて「ガーフィル様」と言い直した。

 そこだけ不自然に声に出してしまったけど、ガーフィル様は気にしないでいてくれるようだ。むしろ、ちょっと満足そうに微笑んだ。

 やっぱり、お兄さんは……ガーフィル様は優しい。


 横にいるロイカーおじさんが、ガーフィル様の笑顔に動揺して声無き悲鳴をあげていて、長毛の美しい猫たちが面白そうにじぃっと見ている。

 でも私はなんだか幸せな気分になったから、うるさい周囲については無視をした。


     ◇ 終 ◇


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