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俺はあの日から、忘れてはいない。
霊園で見た、五匹の猫の髭が抜かれたことを。
葵の猫に至っては、目がくり抜かれていたことを。
足を引きずり、暴行をされている猫たちを。
猫の悪戯事件は、ここ鳴本市内でも最近ちょっとした話題になっていた。
携帯とか無いけど、高校生のネットワークでもそれはなぜか知られていた。
事件というモノは、あっという間に拡散されているのだ。
「ボクもこの前、見たよ。髭の無い猫、目の無い猫」
「誰がこんなことをするんだろう?」
「さあ、でも趣味は悪いよね」
「ああ、そうだな」
俺はあの光景を、霊園で見ていた。
自然と憤りがあって、顔が強ばっていた。
「ちょっと怖い顔だね」
「ああ、実際に見たからね」
「髭を抜かれた猫を?」
「うん」俺は肯定した。
一周目の高校生では、この事件はあまり記憶が無い。
あるいは当事者でも無いから、忘れているだけかもしれない。
だけど、葵と飼い猫の髭が抜かれているのを見てしまった。
もう、この瞬間は生涯忘れることは無いだろう。
死ぬまで二度と忘れない、それほど凄惨な出来事だ。
「警察も動き始めたようだけど、なにせ被害は飼い猫と野良猫もでているからね」
「難しいよね、猫を全部監視するわけじゃないし。
防犯カメラだって、まだそんなに普及していないだろうから」
「まあ、田舎だしね。鳴本」
この時代はどれぐらいの防犯カメラが普及しているか知らないが、現代よりはカメラが無いのは確かだ。
だから、犯人捜しには時間がかかるだろう。
「人的被害も特に出ていないから、警察は動かないと思うよ」
「まあ、そうだろね」
俺と聖也が、会話をしている最中だった。
教室の中が、ざわめいていた。主にざわつくのは、女子だ。
女子のざわめきは、教室の隣の廊下から起っていた。
「誰か来るのか?」
「これだけざわめく人間は、あの男に決まっている。生徒会長だ」
間もなくして、一人の男が姿を見せた。
そこにいたのは、紺のブレザーで金ネクタイの男子生徒。
肩まである長い髪の男子、顔立ちは二枚目より三枚目。
だけど、放つ陽キャラオーラは離れたところからも感じられた。
「やっぱり匂う、香水か?」
生徒会長から漂う、独特な匂い。
俺の鼻が、特別敏感ではないが反応していた。
「そうか?」と聖也は気づかない。
それでも生徒会長が一瞬でも姿を見せるだけで、女子達の目はハートに変わった。
凄まじい陽キャラオーラだ、この学校の中でも一番強い。
やはり、彼の周囲には容易に近づけない。
最近は葵とも、気軽に話せるような中になったのに……だ。
(凄い人気だな)
頭の中で、俺は羨ましそうに見ていた。
女子を恋する眼差しに、一瞬に変えてしまう生徒会長はそのまま俺たちの教室に来ていた。
「やあ、香美はいるか?」
生徒会長は、俺たちのクラスのアイドル望月 香美を呼んでいた。
教室で、葵と一緒にいた望月は生徒会長の方に小走りで近づいていくのが見えた。




