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君の声  作者: ひなた
3.狙われる姫
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将軍と姫?

 そして遂に訪れてしまった、翌日。

「それじゃあ行こうか。昨日は舞姫一人に行かせてしまって、本当に悪かったな」

 抱き寄せようとして逃げられながらも、平然とした顔で吉宗は舞姫を追い駆けいう。

 リアルな危機を感じている舞姫と、その後ろを追う吉宗とでは、完全に犯罪の加害者と被害者。

 将軍と姫としてではなく、普通に目立ってしまっていた。

 急に江戸の街に現れて、鬼気迫る顔と笑顔の二人が追いかけっこをしていたら、そんなものは目立つに決まっている。

「落ち着いて下さい吉宗様ぁ! こんなことをしにきたのではないことくらい、わかりましょう?!」

 いつまで経っても吉宗が諦めてくれないので、華麗にダッシュ吉宗をかわした舞姫は、まず落ち着かせようと声をかける。

 その声を聞いて我に戻ったのか、やっと諦める気になったのか。舞姫にかわされた吉宗は、転んで地面に顔を強打した後、やっと落ち着いたようだ。

「久しぶりに一緒に街へ行けるのが、嬉しくってつい」

「ついじゃありません! それに久しぶりだなんて、何を仰っているのです? 私が一人で行ったのはたった一日、一昨日は一緒だったではありませんか!」

 怒鳴りながらも、やはり不安があったのか、舞姫は吉宗の手を握る。

 何か意図があったことではなく、ただ不安で、不安で、本人も知らないうちに握ってしまっていたのだろう。

 そんな乙女全開な舞姫の機嫌を損ねないよう気を付けながらも、吉宗も力強くその手を握り返す。

 楽しげに言葉を交わし、傍を歩く姿がよく見られた仲睦まじい二人。

 しかしその二人が肌に触れ合っているのは、かなりレア度の高い光景なのであった。

「お前は、本当に可愛い奴だな……。あんまり甘えないでくれよ。俺も我慢ができなくなっちまうから」

 わざとらしくも、耳に入るくらいの小声で告げた吉宗。

 珍しく吉宗の罠にまんまと嵌り、舞姫は顔を真っ赤にさせている。

 吉宗が本人の言葉どおりに欲情してさえいなければ、完璧にドキドキモードへ突入したことだろう。

「吉宗様? こっ、こんなところで、何をなさるおつもりです?」

 ドキドキできなかった舞姫は、代わりにちょっとした演技を始めることにした。

 周りに人がいるのをわかっていて、吉宗にそんなことをいってみせたのだ。それも、男を秒殺するような、涙目美少女姿で。

 少女じゃないけど。

「……うぅ、うっ」

 変な誤解を与えるわけにもいかないし、この場は逃げるべきだと脳は判断したのだが、吉宗の理性は残念ながらそんなに強くなかった。

 強くないどころか、あまりに弱くて、蟻が歩いたときに起こる風で吹き飛ばされてしまうレベルだった。

「恥ずかしいから、今は、止めて下さい……。みんな、見ています」

 普段の舞姫からは考えられない態度。

 けれど理性を失った吉宗は、疑うこともなく座り込んだ舞姫に跨った。

 将軍様と姫様が、街の真ん中でそんなことをしていたなら、そりゃまぁだれだって見にくることだろう。

 舞姫の作戦どおり、二人の周りには多くの人が集まっていた。

 何が起こっているのかはわからなくても、それだけの人が集まっているのが見えれば、人は更に集まるもの。

 いつの間にか、数億人の人だかりができているのであった。

「いやぁっ! 恥ずかしい、やめて……」

 吉宗が特に何をしたわけでもないのだが、舞姫は声をあげて泣き始めてしまった。

 そういえば、声を荒げても女性らしい声にできるようになっている。

「私は、吉宗様なんて、将軍様なんて嫌いでございます! もう、嫌です……。いつも、いつも私を虐めてばっかりで、大っ嫌いです! もう、もう嫌だ、全部、嫌だぁ……」

 虐めた覚えはなかったので、舞姫の言葉に吉宗はひどくショックを受けた。

 嫌いとまでいわれてしまっては、上から退かざるを得ないだろう。

「吉宗様はとても優秀で、民想いな方でございます。とっても一生懸命な方にございます。けれど、性癖はクズですっ! 将軍様の正妻として頂き、私は嬉しかった。名もない私を選んでもらえて、なんとしてでも尽くそうと思った。なのに、恥ずかしいことや、痛いことばかりです。それに私は子を儲けたいというのに、そうした取り組みは真っ新ですし。最低、最低にございますっ!!」

 周りなど気にならない様子で、舞姫は吉宗を責める。涙を散らし責める。

 本当は周りを気にしまくっているわけであるが。

 戸惑う吉宗のことなど構いやしない。舞姫の相手は彼の言葉が聞こえている民衆たち。

 将軍の寵愛を独り占めにしながらも、子の一人すら産みやしない。そんな舞姫への不満が、街に現れ始めているのだろうと考えたのだ。

 そこで舞姫は考えた。

 妊娠できないことを吉宗のせいにし、吉宗の相手をすることがどれだけ辛いことかを嘆く。そうして、吉宗だけを悪者に仕立て上げようと考えたのだ。

 とはいえ舞姫だって、吉宗に恨みがあるわけではない。

 一応、褒めているのだから大丈夫だろうということらしい。

「おい何いってんだよ? ちょっ、舞姫、どうしたんだ?」

 明らかに戸惑っているけれど、舞姫は吉宗に容赦などしない。

「そうやってとぼけるおつもりなのですか? ならば、みんなの意見を聞くということでいかがです? それとも、将軍に逆らった罪で、私を殺しますか? それはそれで良いでしょう。私はもう、覚悟ならできておりますから」

 彼の口が止まることはなかった。

 あることないことを、次々に吉宗へと突き付けた。八割ははったりである。

 よくぞまあそんなにも思い付くものだと、感心してしまいそうになるくらいだろう。

 そんなこんなで、もう一話くらいにわけたいと思うので、次回へと続く。

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