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君の声  作者: ひなた
3.狙われる姫
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可愛い罪

「舞姫、ちょっと、こっちにきてくんない?」

「どうかなさいましたか?」

 二人、仕事中のこと。

 吉宗に呼ばれたので舞姫が隣へ行くと、突然、吉宗が舞姫の肩を抱き寄せた。

 普段ならすぐに突き飛ばすものだが、吉宗の悲しそうな表情に、そうすることができずにいた。

 明るい彼がなぜそのような表情をするのか、舞姫は首を傾げる。

 しかし自分から問うことはせず、彼が話すのを待った。

「力づくで何もかもを従わせるような、そんな将軍にはなりたくない」

 しばらくすると、ぽつりと吉宗がいう。

「吉宗様のそういうところ、私はよく存じておりますよ。今更、何を仰るのです?」

 大きな吉宗の体に体重を預け、優しい微笑みを浮かべ、舞姫は問いかける。

 その姿はよくできた嫁であり、まさか男だとは思えない美しさだった。

「私情で動きたくない。俺だけを、特別にはしたくないんだ……。だけど、罪にも問わず、放っておきたくもない」

 なんのことをいっているのか、舞姫には少しもわからなかった。

 それでもすぐに説明を求めはせずに、何もかもを包み込むような優しい微笑みで、吉宗の言葉を待った。

 吉宗が何かに悩んでいることは明らかなのだから、彼を励ましてあげたいと、素直に思ったのだろう。

 嫌味っぽさがあったり、暴言を吐いたりすることもある舞姫。

 ときに、吉宗に対する態度は、使用人を扱うようなものになる。

 そんな舞姫ではあるが、彼が吉宗を想っているのは確かなこと。

 躰の交わりは嫌うけれど、舞姫の中に”吉宗を愛している”という気持ちはあるのだ。

 鈍感な吉宗はそれに気が付かない。

 だから、苦しいときや悩んでいるときには、舞姫に甘えようとする。

 二人の中の感情は一致しているし、夫婦という名前を持っている。

 それでも欲望に動かないのは、それが二人の思いやりを、この関係を成り立たせる手段だからなのかもしれない。

 今もまた、吉宗が苦しんでいるから、舞姫が優しく彼の苦しみを和らげてあげようとする。

「大奥の存在は、お前も知っているだろう?」

「ええ。それがどうかなさいましたか?」

 吉宗を不安にさせないためだろうか。

 彼が問いを投げかけると、舞姫はすぐに答えを返す。

 しかし吉宗のことを急かすことはなく、ゆっくりと待ってあげるのであった。

「俺、俺は、将軍なんだ。子を生まなければならないのは、わかっている。女性たちが、将軍の子を産みたいのも、わかっているんだ」

 どんどん、吉宗の声が震えていった。

「だけど俺はもう、舞姫、お前しか愛せないんだよ。お前と出会う前に、男性たちと躰を重ねたあの頃に、子供を儲けられるようにと、女性ともしておくべきだった」

 多少の問題発言が見受けられたが、舞姫はそれを無視して、喜びに頬を緩ませていた。

 お前しか愛せない。その言葉は、舞姫にとって素直に喜べるものだった。

 喜べるような状況ではなかったから、吉宗の言葉の続きを待つことにしたけれど。

「お前は女だと思われている。……だからさ、その、将軍の寵愛を受けているわけじゃん? そんなお前を、良くは思っていないようで」

 怒りか、悲しみか。震える吉宗を宥めるように、まるで甘え上手な猫のように、舞姫は吉宗の肩に頬をなすりつけた。

 ちょっとした、独占欲が働いたのかもしれない。

 自分の香りを吉宗につけて、自分だけのものであると、示してやるという思いも舞姫の中にはあったのだから。

「だからなんですか? 私は大奥など訪れたこともございませんし、そこの女性と会ったこともございません。だれが私をわかりましょう? 襲われでもしないかとご心配なさっているのなら、安心して下さって結構だと思いますよ」

 甘く漂う香水の香りに、吉宗が溺れかけているのを見て、舞姫は強くいった。

 耳元で、わざと吐息を吹きかけて、彼を安心させるように、彼を不安にさせないようにと、甘さの中に男らしさを見せ、いいきってみせた。

「まぁ、もし襲われても、俺が守るから大丈夫だろう。だが、女ってのは陰険なものでな。どんな手を下してくるかわからないし」

 まだ不安そうにしている吉宗を、舞姫は声をあげて笑ってみせた。

「そんなもの、気にする必要もないものですよ。しかし、将軍様に子がいらっしゃらないのは、問題かもしれませんね」

「別に、大丈夫だよ。実子である必要なんてないんだから」

 そう簡単にいわれると、吉宗も少しむっとしたのかもしれない。

 拗ねたような口調でいった。

 しかし舞姫は、再びそれをも笑ってみせた。

「なら尚更、何を気にする必要がありましょう。大奥なんか解散させてやるくらいの態度を取ってしまえば良いではありませんか。吉宗様は将軍なのですよ。何に屈することもありません」

 いとも簡単に、舞姫はそういうのだ。

 吉宗が悩んでいたことを、そう片づけてしまうのだ。

「私たちの子ども、一緒に見つけましょう。吉宗様が養子を取ると仰れば、多くの子が殺到するのではないでしょうか」

「おっ、お前っ! 何をいってるんだ?! 私たちの子どもって、お前って奴は、可愛いなぁ!」

 抱きしめて体を揺すぶられ、それでも舞姫は、逃げることもなかった。

 突き飛ばしたり、手を払ったりばかりの舞姫が、微笑みながらされるがままになっていた。

「子を産めぬ自分に落ち度を感じ、一緒に養子とする子を探そうだなんて、可愛いにもほどがあろうて」

 凹んでいた彼はどこへ消えたのか。デレデレと溺愛笑みを浮かべている。

「そうは言っていません。子を産めたとしても、どうして私があなたの子を産まなければならないのですか。そんなことは断じてございませんので、勘違いはなさらないよう、お気を付け下さいな」

 いつも通りの毒舌を取り戻し始めたが、舞姫はふわりと、花が舞うような美しい微笑みを浮かべているままである。

 冷たい態度を取られることが比較的多いので、今日の舞姫には、吉宗も鼻の下を伸ばすことしかできないでいる。

「本当に、可愛いなぁ。お前のこと、可愛い罪で逮捕したいくらいだよ。あぁっ! 逮捕したい、縄で手足を縛って、調教してやりたい!」

「はぁ?! 何を仰るんですかっ!」

 このときには、さすがに微笑みも崩れたけれど。

 しかしそれは、完全に吉宗の方に問題があったろう。

 舞姫が本当は男だとはいえ、セクハラどころじゃない発言だ。

「まぁ今回は、何もしないけどな。これが伏線だということを、きちんと覚えておくんだぞ? 俺は舞姫を傷付ける奴を許さないし、絶対に、二人の子どもだって手にしてみせる!」

 憤慨している舞姫は気にせず、すっかり戻ったポジティブさのままで、だれに向けてかわからないセリフを吉宗は付け足す。

 そう、今回はこの後起こるであろう問題の、最初の最初に過ぎないのであった。

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