阿保と島根と全国ツアー
しょぼんとしながらも、吉宗は二条城へ向かった。
舞姫に巻き込むなといわれてしまったので、とりあえず舞姫には京都まで来てもらうだけで、実際に二条城へは慶喜と二人で登る。
その間、どうやら舞姫は京都を観光しているらしい。
江戸生まれ江戸育ち、京都なんて修学旅行以来だった。
ちなみにその際、彼は木刀を買ってきていない。そのタイプではなかった。
けれど修学旅行は全力満喫系男子だ。
彼の京都観光録は一旦置いといて、今はまず将軍ズサイドだ。
「大政奉還をするべきだという意見もあるようだけれど、俺はそれをすべきでないと考える。徳川家第八代将軍、徳川吉宗が、だれもが幸せになれる江戸を作る。我が江戸幕府のもとに! だから、まだ終われない」
高らかに吉宗は宣言した。
第八代将軍だとかいわれても、頭がおかしくなったとしか思えないことだろう。普通ならそうだ。
しかし将軍然としているというか、将軍オーラを纏っているというか。
とにかく、その場にいた人にはわかった。
この人は徳川吉宗だ。幕府の危機に駆けつけてくれたんだ、と。
「わたしだけでは今の状況を乗り越えられません。ですから、もう一人いればと、過去の将軍様をお呼びしました。幕府を信じて下さい。異国から、日ノ本を守ってみせますからっ」
本当は吉宗の適当な操作がここへと導いただけだ。
だが慶喜が呼んだということにすれば、それだけで、慶喜が優秀なのだということを思ってもらえる。
そちらの方が都合が良いし、偶然ではなく意図的に、そうできる技術があると思われたなら、まだ捨てたものじゃないと思ってもらえることにもなろう。
異国にだってきっと、過去の人物を呼びだす技術はない。
「長州や薩摩の方では、武装勢力が生まれているのでしょう? それと、土佐の方でもでしょうか。この京へも入ってきて、事件を起こしていると聞きました」
大政奉還しない宣言をして、その場はすぐに解散させる。
そうしてその後は早速、いろいろな問題の対策会議を始めたのであった。
「禁止するばかりでなく、その力を異国へと向けさせれば良いのではないでしょうか。造船や築城ですが、それらの規制も緩和し、無断でなければ許可するようにしましょう」
各藩の力を抑えるために、今まで行ってきたことを、その場合ではないと柔軟に考え、消していこうとする。
今は各藩の力が必要なのだから、抑えてしまっては仕方がない。
冷静に現実的な対応をする慶喜を、隣で見つつ吉宗は不敵な笑みを浮かべていた。
この男は何を企んでいるのか。
舞姫不在のために、吉宗を止めるものはおらず、突如として立ち上がった彼に、みんなは驚いてそちらを見ることしかできなかった。
そして吉宗は叫んだ。
「俺、全国ツアーする!」
はい、お疲れ様な意味不明っぷり。
「札幌、仙台、さいたま、東京、名古屋、大阪、島根、福岡の、全国八か所ツアーしてくる。なんなら、富山辺りを入れても良い」
何をいっているのか、だれにも理解はできなかった。
まず地名からしてどこだよそれ、みたいな状態である。
江戸じゃなくて東京になっている時点で、それはもはや、幕府は終わっているじゃないかという話だ。
そこに降臨したのは天使だった。
「まだ開拓使も置いていませんのに、札幌とは何を仰っているんです? 他は地名を間違っているくらいだから、ともかくとして、合っていたとしても島根は謎ですし。人口ランキング四十七位の鳥取の方が、なんでやねん程度にいけますが、なぜか四十六位の方ですからもっと意味がわかりません」
京都を満喫はしたが、やはり心配で、戻ってきてしまったのだ。
扉をバンと開けてかっこ良く登場すると、華麗なツッコミ術を披露する。
「はぁっ? 島根なめんなし! 島根すごいんだからなっ! なんで人が住まないんだかわかんないくらいだし?」
舞姫の登場に感動するほど喜びながらも、彼のツッコミが気に入らなかったのか、全力で反発する。
一体、彼は島根のなんだというのだろう。
そう思ったなら、すぐにその理由はわかった。
「島根といえば、あの舞姫をお書きになった、森鴎外先生がお生まれになった地ではないか。そこを全国ツアーの地として入れないだなんて、森先生に失礼にもほどがあろう!」
まだ書かれる前の作品。どころか、まだ生まれる前の人の話をしている吉宗だから、他二人には伝わるわけがない。
現代の人はだれでも知っているかもしれないが、当時の人は、森鴎外だれやんである。
だってまだいないんだもん。
「あの舞姫って……?」
「俺から見て、最も美しいと思う存在が、舞姫、つまりお前だ。それを題材に本を書いてくれたんだから、素晴らしい先生に決まっているだろ」
「私を題材にした本などあるのですか?」
「んだよ、当たり前だろ。だって可愛いんだからっ!」
残念ながら彼を題材にした本ではないのだけれど……。
吉宗が本気のトーンで口説きだしたから、すっかり舞姫は納得しちゃったようだし、少し照れたように見つめてくる吉宗から目を逸らしている。
何をいったのかと、慶喜は困ってしまっていた。
「結局、どうすることになったのです?」
甘々な二人に居心地の悪さを感じながらも、話の進まない二人のペースに付き合ってもいられないから、仕方がなく話の軌道修正をする。
吉宗の時代には、江戸のみんなも二人のワールドに付き合ってくれた。
けれど別の時代に生きる人たちは、それに付き合ってはいられない。不可能。
将軍様が真面目な常識人なのだから、周りだってその通り。それにワールドにも慣れてないんだから、無理無理。
それに吉宗が気付かないところも無理無理。
「俺が島根で全国ツアーをする」
「しません!」
騒がしい吉宗を黙らせて、改めて慶喜と舞姫で会議を始めることにする。
落ち着いてしっかりと会議をするために、二人きりの部屋に行ってから。
「ロールキャベツ系男子めっ! やめろーっ!! 大人しそうな顔をして、俺の舞姫を奪うんじゃねーよ、ピ━━自主規制━━━ッ!」
鍵を閉められて、部屋にも入れてもらえなくて、だから大声で放送禁止用語を叫んだ。
そうしたら、ツッコミの神が無視しきれないだろうと考えたからだ。
聞こえない、ということが絶対にないような、馬鹿みたいに大きな声である。
むしろ馬鹿である。本気で馬鹿である。
「なんか、ごめんなさいね。あれは気にしなくて大丈夫ですよ。放っておきましょう? ね?」
「本当に大丈夫なのでしょうか? あの人、本当に将軍なのですよね?」
「ええ、問題ありません。将軍のときはちゃんと将軍していますから。それ以外のときは、ただの変態だと思っておいてくれて構いませんよ。それが吉宗様です」
「はぁ、そういうものですか。失礼でしょうが、わたしはああはなりたくありませんね」




