執るべき政策
神に宣戦布告した吉宗ではあるが、何かをしようとはするものの、彼の中に具体例は一つも上がっていなかった。
アイディアマンな彼らしくもないことである。
「なあ舞姫、どうしたら、問題が全て解決されるんだろうな」
隣にいる舞姫に、吉宗はそう訊ねた。
意見を求めるどころか、自分は考える気があるのか、と思うほどのざっくりとした質問であった。
「全てを解決だなんて、欲張るからいけないのです。一つずつ、解決していくことになさいませんか? 私は吉宗様に従いますから、最善の選択肢だと判断されたことを、お好きなようになさって下さいませ。それでどのような結末を迎えたとしても、私は吉宗様が選んだ道ならば、……っ」
舞姫があまりに優しくいうものだから、照れてか嬉しくてか、最後まで言葉を聞くことなく、吉宗は唇を重ねていた。押し付けるように、強引な口付けだった。
困ったように微笑んで、舞姫は吉宗の唇を離し、抱き締められた腕の中から逃れる。
出会った頃のような、拒絶とは違う。
けれども彼は、吉宗の唇を拒み、その抱擁をも拒んだのであった。
「ごめん、つい……」
「構いませんよ。これくらいは、もう慣れたものです。だからそんな顔をなさらないで? 笑顔でいて下さいませんか? それが今の私の欲するものです」
受け入れてもらえなかった口付けに、吉宗はひどく悲しそうな顔をした。
心の相当のショックを受けたらしく、思わず謝ってしまったくらいだ。
そんな吉宗の姿を見て、舞姫も悲しかった。悲しくて、ズルいとは思いながらも、吉宗の笑顔を求めた。
「それってもしかしてなんだけど、キスじゃ足りないってこと? キスされたら、我慢できなくなる。あぁ、こんな時間から、情事に耽るわけにはいかないのにっ、ってことなんだよな?」
衝撃の解釈だった。
驚き呆れながらも、彼が本気でそう思っているようなので、舞姫はきちんと訂正をしてやる。
「そうではありません。どうして私がそのようなことを思わなくてはならないのですか? 吉宗様ではあるまいに」
二人らしい会話をして、いつもの雰囲気を取り戻して、無茶でも何でもやってやろうと立ち上がる。
どこかららしくなかったかって、悩んでいるところから、もう既にらしくなくなっていたのだ。そのことに気が付いたからには、もう悩んではいられない。
レッツゴーである。
「では行きましょうか。実際に街に住んでいる人が、街のことは一番よく知っているのです。そして民の意見を取り入れる、目安箱こそ吉宗様の特徴です。ですから、街へ行くしか選択肢はありませんでしょう」
笑顔で舞姫はそういってやる。
「お前はそれを危険だっていいに、俺の腕の中へ入ってきたくせして、よくそんなことをいうもんだな」
珍しく、舞姫→吉宗ではなくて、吉宗→舞姫の嫌味である。
それを舞姫は華麗なまでに無視をして、吉宗に微笑み掛ける。
微笑みを向ければ、吉宗が見惚れて黙ることを知っている、そんな舞姫の戦法であった。
阿保の吉宗は、もちろん引っ掛かり、黙ってしまうのだから仕方がない。
「けれど何を訪ねられるおつもりなのですか? どうしたらこの街がより良いものになるか、なんて、そういったものでは何もできやしないでしょう? 質問だって、具体的なものを用意しておかなければなりません」
その発想はなかったとでもいうような意外顔の吉宗に、舞姫はやれやれと溜め息を吐く。
「だけどさ、あんまり具体的にいっちゃった方が、答えづらくなるような感じもするじゃん」
「吉宗様が考えるのを面倒がっているだけでしょう?」
舞姫の指摘は、的確すぎた。そうではなくて、吉宗がわかりやすすぎた、という考え方もできるが。
とにかくいろいろあって、二人はいつもの見回りへ出掛けることにした。
それが一番、という意見でまとまったのである。それこそ、考えることを放棄している気がしないでもない。
ただ、舞姫からいわなければ、吉宗は気が付かないのだから、永遠に気付かれないだろう。
「まず吉宗様は、どのようにしたいとお考えなのですか?」
第一村人発見までの間に確認しておこうと、舞姫は吉宗にそういう。
対して吉宗は、それさえ考えていなかったというふうで、首を傾げてみせたのだ。
「最も優先すべき重要な課題、それをなんとお考えでしょうか?」
いい直されて、いい逃れられないと知って、吉宗はやっと考え始めた。
そしてぽつりと呟いた。
「お前が俺の笑顔を望んでくれたように、俺もだれもが笑顔になってくれることを望みたい。ただ、それが無理だとしたなら、せめてお前が笑って暮らせる場所を作りたいな」
そういうことを聞いているんじゃなくて、もっと真面目な話をしているんだ。
舞姫は注意しようとしたけれど、吉宗が真面目にいっているものだから、注意などできなかった。代わりに、喜びで満たされていく。
口許に浮かべそうになる笑みを、なんとか抑えて、少し不機嫌な表情を作る。
「……馬鹿」
なんて。
照れ隠しに、そんなことを呟いてみせて。
なんだよこのバカップルは、いちゃつき見せ付けやがって、状態で街の中を歩いていたのでした。ちなみに、この甘々カップルに、進んで声を掛けられる人なんていませんでした。
普段ならば、将軍様を見掛けたなら、多くの人が声を掛けたりするのに。
そして目的を忘れているんじゃないか? そう思うんだが、二人は二人の世界に入っている。
意味のない巡回は、いちゃらぶを見せ付けるだけに終わったという話です。




