嫁たる所以
それから吉宗は、今まで以上に仕事をするようになり、今まで以上に舞姫を求めるようになった。
夜の関係は拒むものの、それ以外の頼みなら素直に聞き入れ、吉宗のために舞姫は尽くそうとする。
お互いに想い合う、この時代には見られなかった、恋愛というものを楽しんでいたのだ。
しかしそんな彼らのところに、怪しい影が現れた。どちらかというと、怪しい影のところに、そんな彼らが現れた。の方が近いような気もするけど。
「俺らがこんなに苦しんでいるってのに、女を連れ回していちゃいちゃと、とんだ将軍様だなぁ!」
いつも江戸の中心ばかりだったので、辺境まで行ってみたところ、全てを捨てた男たちに絡まれたのであった。
通称、盗賊。
家族もなく、守るものも何もない彼らは、相手が将軍であろうと頭を下げることはなかった。
江戸の人たちも、あまり吉宗に頭を下げているイメージはないが。
「はっはっは、それほどでも……あるかもな」
一方の吉宗は、さすがに褒め言葉と受け取ったわけではないが、わざと明るく笑ってそういった。
それは、隣で不安げな表情をする、舞姫のための行動であった。
「そんなにも苦しんでおられるのですか。でしたら、具体的にどうしてほしいかなど、私たちに教えては頂けないでしょうか? 参考にさせて頂きたいのですが」
暴力を振るうことすら、迷わないような人たちだと聞くので、怖くて仕方がなかった。
火事と喧嘩は江戸の華とはいっても、実際にはそのどちらにも遭遇したことがない。
見たことはあるにしても、当事者になるようなことは、舞姫の知り合いの中にだってほとんどなかったのだ。
だからこそ、平気で武器を振り回す彼らが、怖くて仕方がないのである。
「具体的にかぁ。そうだな、俺らも女を抱きたい。手っ取り早く、お前は俺らの相手をしてくれれば良いんだよ」
怖くても、平等に民だからと、話を聞こうとした舞姫。なのに男は、そんなことを抜かすのだ。
江戸を、だれにとっても住みよい場所にしたいと、舞姫は素直に思っていた。
それは江戸が生まれ育った地であると同時に、大切な人が治めている地であるから、強い願いになるのであった。
舞姫の思う”だれにとっても”というのは、善人だけが含まれるわけではない。
それほどまでに、彼は平等性や、真の平和たるものを求めていた。
「それは許さないよ。俺の女に手を出そうものなら、どうなったって知らないぞ」
「吉宗様の女ではございませんが、それは認められないご注文ですね。風紀が乱れますし、治安の良化にも、人々の生活の向上にも繋がるとは思えません。別に何かございませんかね?」
抱き寄せようとした吉宗を華麗に拒みながら、舞姫は迫りくる男たちも拒む。
その姿は強かであり、美しくあり、なぜだか威厳すら持っているようであった。
きっと威厳に関しては、落としてしまった吉宗の威厳を、拾ってしまったんだろう。
だとしても、将軍の威厳を纏った舞姫の言葉に、逆らえる存在など存在しない。存在など存在しないのだ。
それと、彼の発言はあまりにも全てが正論だった。
彼がツッコミたる所以の籠る、素晴らしいまでの正論だった。
「真面目系? OKね。んじゃあ、俺らがこんなことをしなくても、食っていけるようにしてくれよ。年貢とか無理だし、武士とか鬼だし、法律とか面倒だし、真面目に全部を守っていたら……生きてけねぇ」
はい、真面目系来たー。ヤンキーって真面目ちゃんの行く末であることも多いんだよね。または、ちょっと悪ぶっちゃってる系?
そんなことを思ってしまうくらいに、切実な願いを述べてきた盗賊A。
意外そうに眼を見開くが、すぐに微笑みを浮かべ直す。舞姫のその表情は、あまりに柔らかく、優しかった。
「わかりました。では、平和な江戸を実現するためにも、このようなことはおやめください。私も頑張りますけれど、ご協力を頂けなければ、私だけでは何もできません。困ったことがあったなら、暴力に訴えず、目安箱に訴えてください。ねえ、少しだけでも私たちを信じて、お仕事をなさってみてはいかがでしょう」
強がって悪ぶって、ということすら不可能なよう。舞姫の言葉に、盗賊たちは素直に頷いた。
まず彼らにとって驚くべき事だったのは、怒られることがなかったことなのだろう。
盗賊なんだから、人のものを盗んでいる。それはもちろん、悪いことだ。そして正義の将軍が訪れたのだから、悪行を裁かれるのだろうと覚悟しながらも、最大限の無礼を働いてやった。
それなのに、それに対する表情としては、舞姫のものはあまりに優しかったんだ。
それにより崩れ掛けていた盗賊たちの心に、舞姫は笑顔で止めを刺してしまったというのだろう。
「これで窃盗事件は万事解決だな。がっはっは!」
大声で笑う吉宗の、この言葉のツッコミどころを整理してみよう。
・少し江戸の中心から離れたところの、人々の話も聞いてみよう。それが当初の目的であり、窃盗事件を解決しに来たわけではない。
・さも自分の手柄かのような顔をしているけれど、ほとんどが舞姫の働きであり、吉宗は何もしていない。
・がっはっはとか、将軍様の笑い方として、少し下品なんじゃないかなぁ。
・ここにいる人の改心は成功したようだけれど、それで万事解決とかいって大丈夫なの?
そんな調子だけれども、吉宗は得意げな顔をして笑っていた。
「いかがなさいます? 年貢が辛いとのことでしたし、四公六民を五公五民に変えるのも、良いかもしれませんね」
帰り道。盗賊たちから姿が見えなくなった頃、ご機嫌にスキップする吉宗に、舞姫はそんなことを提案する。
年貢が辛いという言葉が、この提案の理由だというのなら、中々の鬼畜っぷりである。
「それ良い!」
ろくに脳を働かせずに、そんなことを返す吉宗が悪いといえば、実際そうなのだから仕方がないが。




