二人の表情
「では、今日はここまで。日直、号令~」
棗は出席簿をパタンッと閉じ、日直に号令を指示する。そして、日直の号令の後に続いて礼をする。
それを見届けた後、棗は教室を去っていった。
「あぁ~。やっと終わったぁ~!」
海斗は体を大きく伸ばして立ち上がる。
「それで、遊びに行くとか言ってたがどこに行くつもりなんだ?」
大樹が鞄を背負いながら海斗に問い掛ける。
「ノネットでいいだろ。あそこなら何でもあるし」
「まあ、そうだな」
「ちょっと遠いけど、バスでも使えばすぐに着くしね」
ノネットとは近年完成した巨大ショッピングモールだ。この小さな美波町では名物となりつつあり、最近商店街の人達が難儀している。
唯一の欠点として、ノネットは市境の少し高い丘の上にあるということ。
だからどちらかと言うと、美波町の住人達よりも隣町の住人達の方が主な顧客となっている。
だが、若者の間ではそれでもノネットという娯楽施設はかなりの人気を誇っており、放課後であろうとよく足を運ぶ者が多い。
海斗もその中の一人である。と、言ってももっぱら瑞希か大樹が一緒でないと行くことはほとんどないが。
「ちょうど良かったです~。私も最近ノネット行きたいなぁ~って思ってたんです」
「そりゃよかったな」
教室で少し話していると久留美が大樹の隣までやって来た。
海斗は全員揃ったので、三人を引き連れて六組の教室前までやって来た。
「さて。では、まずは深呼吸をしよう」
「何言ってんの? ごめ~ん。九重さんいる~?」
「知らない教室に何の躊躇もなく入っていく瑞希さん、まじぱねぇッス! 尊敬するッス!」
「誰だお前は?」
海斗が六組の教室に入るのを渋っていると、瑞希はまるで我が家に入るかのような気軽さで六組へと入り、その後を大樹が横目で海斗を訝しげに見ながら続き、その背中をうっとりした目で見つめる久留美も続く。
海斗は一人、俺の感覚がおかしいのだろうか、と思いながら三人の後を追おうとする。
「どこ行くの?」
「……」
今度は声を出さなかった。が、内心は心臓バクバク鳴っている。そして、やはりというかなんというか、後ろから声をかけてきたのは栞だった。
「どこ、って。栞をみんなで迎えに来たんだよ」
「その、みんなはどこに?」
「教室に入ってった。ま、すぐに出てくるだろ」
瑞希達の目的である栞はこちらにいるのだからと海斗は付け加える。と、そんなことを言っているそばから瑞希達が教室から出てきた。
「あっ、いたいた。久しぶり九重さん」
「一日ぶりだな、九重」
「ええ。こんにちは。砂城さんに、山笠君。それと……?」
「じ、自分は、森塚久留美って言います! 以後よろしくお願いしまっす!」
「え、えぇ。よろしく……」
栞と挨拶を交わす三人。そんな中、何故か久留美だけ緊張した面持ちで敬礼までしていた。
「何で敬礼してんだ? しかもそんな堅苦しい言葉使いといい、緊張してんのか?」
「だ、だって! 噂以上の美女だよ?! 崇められてそうなオーラが出てるよ!?」
「そんな、大袈裟よ。私は別に普通」
「くはっ! なら私は一体何者なんですかぁ……」
久留美はよよよ、と廊下に座り込み涙を流す。
だが、あまりにもわざとらしい泣き真似だったので誰一人心配はしていなかった。
「ご、ごめんなさい。私、どうしたら」
訂正。栞は本気で心配していた。
「あ、ボケに素で心配された。恥ずかしいっ!」
「……え?」
「全然平気だって意味だよ。そこまで心配することはない」
「そう、なの?」
海斗の言葉を聞いても栞はまだ半信半疑だったが、久留美が何事も無かったように──いや事実何事もなかったのだが──立ち上がったところを見てようやく胸を撫で下ろした。
「なんか申し訳ないです」
「いいえ大丈夫です。勘違いしたのは、私の方なのだし」
「でも何か今のですごい仲良くなれる気がした! よろしくねしおりん! 私のことは気軽にクルクルとかルミルミとかって呼んでくれていいよ!」
「し、しおりん……? クルクル? ルミルミ?」
久留美は栞の手をとりブンブン振り回す。栞はどこか困ったような、しかし本気で困ってはおらず、どちらかというと楽しそうな顔をしていた。
「あ、それ私も思った。私のこともよろしくね栞ちゃん。私のことは瑞希って呼んでくれていいからね」
「ええ、よろしく。森塚さん。砂城さん」
「「あれっ!? 無視されたっ!?」」
栞はすぐに「冗談」と、笑いながら付け加える。
女三人寄れば姦しい、とはよく言ったものだと海斗は思う。放課後とはいえ、まだ生徒が多く残っている校舎に三人の声が響く。とはいえ、響いているのは主に瑞希と久留美の二人の声だけだが。
「おい。海斗。こんなゆっくり自己紹介してていいのか? 家でセーラさん待たせてんじゃなかったか?」
「あ、そうだ。よく言った大樹」
「いや、忘れてんなよお前……」
俺は大樹のお小言を聞き流し、三人に呼び掛ける。
「お~い。そろそろ行くぞ~」
「あ、はいはい。さ、行こう」
「あの、私どこへ行くのか聞いていないのだけど」
「そういや言ってなかったな。ノネットだよ。知ってるだろ?」
「…………そう。知ってはいるけど、行ったことはないわね」
「へぇ~、意外」
「あそこ、一人で行くような所でもないでしょう?」
栞は少し暗い表情になる。それを察した海斗はすかさずパンッと手を叩く。
「ならちょうどいい。今日もう一人来るセーラって子もこの町に来たばっかで行ったことないから二人まとめて俺達が案内するよ。な?」
「だな。俺は基本ゲーセンくらいしか行かんがな」
「じゃ、男は黙って荷物持ちしときなさいな。それで、私達は四人で買い物するから」
「二日連続で荷物持ちっすか?!」
「たりぃ~」
「あぁ? なんか文句あるの?」
「「いえ! ありませんっ!」」
「あっ、敬礼パクられたっ!」
海斗達の気遣いに気付き、栞はどこか申し訳なく思う。だが、それでも嬉しいと感じた。
「ほら。早く行かないと遊ぶ時間なくなるぞ」
海斗はそう全員に促し、先頭を歩く。瑞希と大樹と久留美もその後を追った。
だから、その時浮かべた栞の表情を、誰も見ることはなかった。
~~~
「はい。……はい。え? いや、私だってそこまではちゃんと辿り着けます! ここからまっすぐ行って角を右に曲がって次に──って、え? ひ、左? ……ち、違います! 言い間違えただけですからっ。…………はいすみません。あまり皆さんをお待たせするわけにもいきませんし、本当に申し訳ありません。はい。はい。では……お待ちしてます」
セーラは電話が切れるのを待ち、切れたのを確認してから受話器を戻す。
セーラは一人、えのき荘の部屋にぺたんと座っていた。勿論のことながらメイド服で。
「うぅ……。また海斗様にお手間を取らせてしまうことになってしまいました。地図が読めない我が身が恨めしいです……。私の方向感覚は一体何処に……?」
セーラは海斗からの電話の後、かなり落ち込んでいた。
セーラは重度の方向音痴だ。地図を持つとか必ず回しながら読むタイプである。
これが勝手知ったる潮凪の屋敷であれば迷子になるようなことはないのだが、ひとたび外に出れば迷子になるので必ず誰か付き添いがいた。
しかし、今セーラに付き添う同僚はいない。海斗の専属メイドはセーラ一人のみである。
「はぁ、早くこの町になれませんと……。あ、でも、この町、大量に猫が徘徊してるんですよね……」
そんなことを呟きながら、海斗が迎えに来るのをただ待つのも忍びないので、既に綺麗に掃除されているはずの部屋を掃除しなおした。
「それにしても、買い物、ですか……。海斗様と、他の皆さんと。楽しみ、ですね」
その時、セーラが浮かべた表情を見ることができたのは、仏壇に飾られている写真の二人だけだった。




