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第19戦 VS人間の騎士その2



 バーバリアンのバイオンが戻ってきた数日後。六月も後期に入った。

 雨もあまりなく、晴れの日が続く。



 フィーラ村の外れの鍛冶場で、ドワーフが完成した鉄槍を持ち上げる。

「柄まで鉄だと、やはり重いな」

 平均的な人間よりも小さな体のドワーフ。

 その体格よりはるかに大きなその棒を、筋肉質な腕で縦に抱えて、持ち歩いた。

 建物の入り口は広く、槍が天井に当たる事は無い。


 鍛冶場の外の青空の下、右手に鎖を巻いた巨体の男バイオンにドワーフは槍を手渡した。

「ほれ、修理を終えたぞ」

 無言で受け取った大男は、それを振り上げる。

 バイオンは槍を軽く振り回す。平野の雑草が吹き飛び、風を切る音が辺りに響く。

 それを肩に担いでバイオンは、いかつい顔で笑みを浮かべた。

「でかい体には、よく似合うなそれは」

 ドワーフの男ガラールは、髭を撫でながら感心したように言った。


「それはハルバード、いうなれば槍に斧とピックをつけた、武器だ」

 槍先のその横には斧の刃と、とんがったクチバシの様な鉄のピックと呼ばれる部分が付いていた。

「槍は突き刺す、斧は叩き斬る、ピックは引っかけるし殴るのにも使える。元々は全身鎧の相手を倒す為に作られた槍だ」

 ドワーフは大男を見上げて、説明を続ける。

「槍は他にも刃を横に曲げた戈、外方向の刃をつけて攻撃範囲を広げた十文字、刃の代わりに斧をつけたウォーアックス、ハンマーを付けたウォーハンマー、鎌をつけたウォーサイズ、色々つけたグレイブ、投擲用のジャベリン、捕獲用の二又や魚取り用の三又、わざと折れやすくして相手に再利用されないようにした投げ槍とかも」

「革を巻いてんのか?」

「まあな」

 ガラールの話を聞かずに、手にしたハルバードについて聞くバイオン。ガラールは気にした様子も無く答えた。

「言っておくが持ち手が鉄だと、高熱や冷却がもろに手に来るからな? 本来なら柄は木製が常識なのに、全体を鉄にしやがって。せめて革を巻かせろ」

「いや、持ちやすい」

 そう言ってバイオンは槍を回転させて、振りぬいた。

「お前が良けりゃいいよ。そういやお前さん、その槍を投げて使う事もあるようだな? 投げやすいように中央に重りをつけてる。それでも先が重たいから回転しちまう可能性はあるが」

「遠距離に投げる気は無いから構わねえ」

「そうか」

 もう話す事は無いと背を向けるバイオン。ドワーフの男はその背に声をかけた。

「……おい、バイオン」

「なんだ? 金か?」

 振り向くバイオンに対し、ガラールは首を振った。

「うんにゃ、金についてはラフター様が用立てすると言っているから大丈夫だ。実は話があってよ」

「剣ならいらんぞ」

 ガラールが何が言う前に、バイオンは切って捨てた。

「……でも斧と槍じゃあ、近距離速度で負けないか?」

「ガントレットでぶん殴る。それに剣を持ってても剣技を知らん俺は使いこなせん、前も言ったが?」

「それ言ったら槍だって槍術が必要だろう?」

「槍は振り回して突き刺せばいいんだよ」

「ふむ、素人には槍を持たせろとは確かに言うな。だがやはり防御性能では槍と斧より剣の方が上で」

「鎧で防ぐ」

 これ以上、話す事は無いとそのまま立ち去るバイオン。

「……うむむ」

 ドワーフのガラールは、納得出来ない顔でバイオンの背中を見ていた。

「お前さんの戦い方に、役に立つと思うんだけどな……大剣」

 遠ざかるバイオンを見ながら、ガラールは考える。これからのその男の戦いを思い、そのドワーフなりに力になりたいと思っていた。

「あと俺らが作った剣が、戦闘で振り回されるのを見てみたい」

 多分にガラールの欲望がそこにはあったが。









 王国カントラル。人間種族を至上とした軍事国家。

 日頃から物々しい雰囲気に包まれているこの国は、夜になればさらにその重厚さが増した。


 この国の首都は高い塀と、統率された兵士達の途切れない監視により、鼠一匹すら入り込めない要塞だった。

 遠距離用のライトが遠くを照らし、クレーンと呼ばれる特殊な機械が壁に並んで立っており、防壁を守っている。

 近づく事は許されず、壁に立ち並ぶ兵士には警告無しの攻撃を許可され、実際に殺された生物は数知れない。


 だがその鉄壁の防御が、一ヵ月前に破られる事となった。

 騎士団長の一人であるミネス含む四人の騎士が、謎の暴漢によって襲撃を受けて重傷を負うという非常事態が起きた。

 最初は塀の中、首都内にいる人間の仕業だと思われた。

 しかし相手は二メートルを超える、恵まれた体躯の巨漢。顔は仮面を被っているとはいえ、隠れられる図体ではない。

 さらにこの国では夜間の出入りを禁じられており、朝から行われた厳重な検問でも捕らえられない。

 国家内の徹底的な調査でも、大男を隠し切るなど不可能であり見つかる事は無かった。

 謎の襲撃者の姿は、夜の闇に消えてしまったのである。

 国の頂点である王からの厳命であったが、男の姿はようとして知れない。

 賄賂を受け取り、見逃した事になった検問官達が牢獄へと送られた。



 夜の首都。

 整列した各々が代わり映えの無い家々。

 明かりがそれぞれの建物を照らすというのに、温かみは一切ない。

 石の家に住んでいるはずの人々の声は聞こえず、誰もが何かを恐れるように声を潜めていた。


 その家の間を全身鎧の女騎士が歩く。名をエクプレネスという。

 肌の露出が無い、隙間を布で隠した鉄の鎧。胸の膨らんだプレートアーマーでかろうじて女性だとわかる見た目だった。

「……」

 彼女は言葉を発さない。

 それは一人だからという事では無い。彼女は言葉を聞かれない限りは発する事は無かった。

 無駄な事も考えない。ただ無心で与えれた仕事をこなしていた。

 彼女を知る物は、”人形”だと彼女を揶揄する。

 無表情、無関心、無感動。それが彼女を表す言葉である。

 何も考えずに使命を行い、何も考えずに戦い、そして何も考えずに殺す。それが彼女の全てである。


 彼女は与えられた仕事を行っている。

 それは少しでも不審だと感じた人を街で見かければ殺す事。

 その姿を周囲に見せる事で、恐怖を人々に与える事。その二つである。

「……」

 彼女は無言で、ただ仕事を行っていた。



 夜の町に、金属音のかすれる音がする。


 エクプレネスは、帯剣していた長剣を右手に抜きだした。

 左手には鉄の小盾を構える。



 左手に槍と右手に斧を持った全身鉄鎧の大男が、夜の町にとびかかる。

 とっさに飛びのくエクプレネス。

 石の地面が、鉄斧によって粉砕された。



 街中に、割れ砕ける地面の石がふりまかれる。

 さらに鉄仮面のバイオンは獰猛な口を開き、女騎士を追撃しようとする。

 エクプレネスは飛びのく際に腰から小さな筒を取り出した。

 そしてそれを前方に投げて、自身は左手の小さな盾を構えた。



 投げつけられた小さな筒に、バイオンは爆弾かと考えて低く飛びのく。

 爆発に対しては低い態勢を取ろうとするバイオン、また鉄斧と両腕で鉄仮面の頭を守らんとした。

 ただ、爆弾だとしてもまだ爆発しないだろうとバイオンは考えていた。

 なぜなら相手の女騎士がそこまで離れていなかったからである。


 ゆえにぎりぎりまで、その目で状況を確認しようと鉄仮面の奥でしっかりと目を見開いてバイオンは見ていた。



 だがすぐに筒は爆発する。

 しかし炸裂するのは爆炎でも爆風でもない、仕込まれた鉄の粒でもない。

 強烈な光だった。



「……ガッ、グァッ、クソォ!!?」

 目を強い光に焼かれ、潰されたバイオン。

 視覚を潰されて鉄仮面を押さえて、大男は苦しむ。

 目を瞑り盾で顔を防いでいたエクプレネスの目には、ダメージは無い。


 閃光弾は目潰しの効果と共に、周囲への照明弾の効果もあった。

 このままだとあと数分で他の兵士達が、援護に駆け付ける事であろう。


 だがエクプレネスはそれを待つつもりはない。

 なぜなら視覚が潰れた今こそが好機だったからという事と、もう一つ理由がある。

 どうやってこの国に侵入し、どうやってその姿を消したか? エクプレネスはなんらかの魔法によるものだと思っていた。

 姿を消す魔法、見た目を欺く魔法、あるいは高位である遠くに転じる魔法か、そのどれかではないかと女騎士は聞いていた。

 八つ当たりに監視兵を牢獄に送り込んだ、この国の王の意見である。 

(……)

 手段は何か知らないが、それでも下手に間を与えてはならないのだと女は思った。

 ゆえに視覚が潰れている、この瞬間に殺す。

 女騎士は右手に長剣、左手に小盾を構えて、大男へと飛び掛かる。



『バイオン! 前方からさっきの騎士がとびかかってきてる!』

 バイオンの耳元にドワーフの大声が聞こえた。

 目が見えなくなり困惑していたバイオンだったが、苦しんでいる暇は無いと左手のハルバードを横薙ぎした。

「!?」

 驚いた女騎士は、咄嗟に下がり槍の一撃を避ける。


 さらにバイオンは間を与えないと鉄斧を投げつける。

 適当な片手斧の投擲。それは女騎士とはかなりずれた場所へと飛んで行き、石の地面に傷をつける。

 しかし斧の根元には鎖が付けられており、エクプレネスがいる方向へと鎖を横薙ぎする。

 エクプレネスは、全身鎧とは思えないほどの跳躍力で避ける。

 鎖を避けて地面に着地した女騎士。そしてもう一度、鉄仮面の大男へと走り込んだ。


 両目を瞑り、視界という情報を遮られたバイオン。

 少しの音と、遠く離れた外野の声だけが頼りだった。

『今です! バイオンさん!』

 今度は少女の声。

 いまだに少しパニック状態だったバイオンは、言われるままに槍を振るった。


 小さな鉄の盾は、相手の攻撃を防ぐのには頼りない。

 そのまま攻撃を防げば、重さで倒されるだけである。

 ゆえにガーダーに求められるのは、相手の攻撃を捌く事であった。



 バイオンが横薙ぎに振るったハルバードが、屈んだエクプレネスによって上に逸らされる。

「!?」

 触感で逸らされた事を理解したバイオンは、驚きで思考が飛ぶ。


 エクプレネスは無防備になったバイオンに対し、長剣で突きを放った。

 鋼鉄の札を重ね合わせたラメラ―アーマー、それを貫き胸骨にヒビを入れた。

「ガァッ!?」

(……浅い)

 ガーダーでの捌きが完全ではなく、立ち直りが遅かったエクプレネスは攻撃が弱くなってしまっていた。


 バイオンが反撃に槍を振るう。闇雲に振るった槍は威力が無かった。

 それは簡単にガーダーで捌かれる。エクプレネスは下がり距離を取った。



 バイオンのいまだに戻らない視覚。

(うざってえ!)

 鉄仮面の奥でバイオンは、キレていた。

『落ち着け、バイオン』

 それを察して、ラフターが声をかける。

 しかしバイオンは聞いていなかった。



(……なぜ、こちらの攻撃タイミングを理解している? 音か?)

 エクプレネスはバイオンの左手方向へと移動する。

 そしてバイオンの右手方向に、石を放り投げた。


 石が落ちる音を囮にして、バイオンに向かって走るエクプレネス。


『相手が左から攻撃してきた!』

 ドワーフの大声が、バイオンの耳に響く。

(……うざってぇ!)

 見えないバイオンは、何もかもが面倒になった。


 バイオンは槍を振るわずエクプレネスへと突撃した。

(え?)

 見えないはずの大男が、自身に向かって突然の体当たりを行う。エクプレネスは慌てて、長剣を突き付けた。


 その突きは一撃はガントレットを貫き、鎖の外れたバイオンの右腕を貫いた。

 しかし剣はそこで止まる。

「ああぁああっっ!!」

 気迫と共にバイオンは槍を捨てて、左腕を上から叩き込んだ。

 見えないゆえにでたらめな一撃は、小盾で容易く捌かれる。だがそれでもエクプレネスの動きを封じる事には成功した。

 バイオンは長剣が刺さったままの右腕も、続けてエクプレネスに叩きつける。

 驚きつつもエクプレネスはそれも小盾ではじくが、体を傾けてしまう。


 長剣がずれて、激痛がバイオンの右腕を襲うが動きを止めない。

(後ろには飛ばさねえ、逃がさねえ!!)

 見えない相手への恐怖、それがバイオンから思考を奪う。ゆえに彼は相手に距離を取られる事を嫌がり、自身のダメージを無視して攻撃を繰り出し続ける。

 動かれるよりも先にバイオンは、左腕を上から叩きこむ。

 なんとか小盾で防ぐエクプレネス。

 乗りかかるように右腕を、バイオンは叩きつける。

 痛みも見えない事も忘れ、逃がさない様に素早く拳を振るい続けるバイオン。

 小盾で防ぎきれず、その場でエクプレネスは跪き。そこに拳を叩きこまれて、地面に膝をつける。

「アアアアアッッ!!」

(……!?)

 金属と金属がぶつかり合う音が、夜の町に響く。目の潰れた鉄の巨漢のひたすらな叩きつけるような暴力に、女騎士は動けない。

 何度目かのガントレットによる打撃。

 いつしか全身鎧のエクプレネスは、気絶して動かなくなった。



 兵士達が駆けつけた頃には、壊れた道と倒れた女騎士だけがそこにいた。


 後に監視兵は釈放され、相手がなんらかの魔法を使用しての襲撃であると国は断定した。






 夜のフィーラ村。

 長剣と小盾を戦利品に戻ったバイオンに、ラフターが回復魔法を使用していた。

 ようやく目が慣れてきたバイオンは、鉄仮面を外して話を聞く。

「あのナメクジ液じゃダメなのか?」

 赤い少女のプレゼンは首を横に振る。

「言っておきますけど、お師匠様の回復魔法はずば抜けていますから。本来は回復魔法と言われるのは疲労や痛みを軽減させるものと、その対象の人の栄養を消費して治癒速度をあげるものだけです。細胞を作成して治療する魔法なんてお師匠様以外、見た事ありません」

 プレゼンはラフターを讃える。ラフターは気にせず、バイオンに回復魔法をかけていた。



バイオンは目潰しの存在を知った!

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